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読んだり、書いたり、編んだり 

掘り出しもの(I)

 日曜美術館が始まる前に起きる。今日はシチリアの掘り出しものの話。海から引き上げられた「踊るサテュロス」の躍動感。もしかしたらこれは群像だったかもしれない、まだ海底に似たような像があるかもしれないというワクワク話。このサテュロス像がこの土曜から東博にきてるらしい。見てみたい。テレビで見ているだけでも、(え、こんなに大きいのか)と途中でハッとするような大きさだった。背は2メートル以上あって、重さは100キロ以上あるらしい。最初にうつったときには、机の上に載るくらいの大きさかと思ったよ。
 島の中心部に残る古い別荘もすげえ。4千平米もあって、いまだに発掘中、まだ全貌が明らかになっていないという。出てきた建物の壁や床はぎっちりモザイク画がほどこされていて、これも見る機会があるなら現物を見てみたい!

 同居人が灯油を買いにいって、クリーニングを出しにいって、それから神戸の博物館へ向かう。外へ出ると昨日よりさむい。いつものように空港バスで、しばらく本を読んでいたが、ほどよい振動、ほどよい暖かさにいつの間にかきもちよく眠っていた。三宮着。山沿いで天気が不安定なのか、バスを降りるとはらはら水が降ってくる。雨?

 さんプラ地下のベトナム料理屋へ入って、まず昼ご飯。私は付け麺のセット、同居人はフォーのセットを頼む。生春巻きがうまい。フォーの出汁もうまい。なつかしいような味。広島に住んでいたころ、毎週のように通ったベトナム料理屋の味を思い出すかんじ。満足して出る。

 そのまま神戸市博の「発掘された日本列島展」へ。こんどは雪が舞っている。さむい。神戸会場は今日が最終日。夏にきたフランドル何とか(フェルメールの「画家のアトリエ」がきてたやつ)を見にきたときはアホほど込んでいたが、この企画展示はマニア向けか。がらーんとしている。展示室へ入ると、そこそこ人はいた。地域展示では、95年の震災とその後の復興工事等の際に、いろいろと掘り出しものが出てきたのが並べられていた。2メートル掘っただけで、遺跡が出てくるところもあるのだ。
 いま暮らしているこのすぐ下に、かつて人が住んだ跡、社会をつくった跡が残っているのかもしれないと思わせる。縄文や弥生の時代がどうだったか、これまで書かれてきた歴史を書き換えるような内容もあるようだ。

 骨だけでなくて脳みそが残っていたというやつ(鳥取の遺跡)にビックリ。こんなん残るんや。

土曜出勤

 久しぶりに土曜出勤。朝から猫3匹の世話に寄って、それから出勤。昨晩の雨はあがって、なんとなく明るいのだが、昼からまた雨が降るという天気予報。

 受付当番がすんでから、やはり「修正できないという文書を見せられた」ことに納得がいかないので、昨日の文書の件でX係長と所長宛に「同意できない点」を書いたメールを送る。こいつらの言語能力や理解能力の低さが分かってきただけに、書いても徒労かもしれん…と思うが、このままではイヤなので書いて送る。ついでに他の同僚にも、「私は同意していない」と送りたい気分。それが受け入れられるかどうかは別問題だが。

 指摘メールを書いたり、チラシを置いたり、予約受付をしたりで、また今日も1時間ほどざんぎょうになる。朝は晴れていたのに、雨。

 同居人にカエルコールをしたら、買い物に出ていないので買い物タノムと言われる。人がいちにち働いているというのに、何いいいいと思うが、雨も降っているので言われた物を買い物して帰る。帰ったらすぐ食べられることを期待していたが、甘かった…

 晩ご飯は同居人作の味噌煮込みうどん。ご飯がすんで、ひさしぶりにNHKスペシャルを見る。新球団・楽天ができるまでを追いかけた内容。年俸交渉のなかのインセンティブの使い方、こういうのを一番効果的な使い方というのではないだろうか。
 『物は言いよう』を読んでしまって、一風呂浴びて、そろそろ寝るか。

ざんぎょう(II)

 終わるが、(修正できんのやったら、見せんな!)と思う。私が怒っていることを、私が働く権利の侵害であり名誉を傷つけるものだったと言い続けている問題を、抗議してなお、このアホ所長は「心の傷」と書く。心構えや感覚の問題に勝手にするなと言いたい。対処チームをつくる、そこにはカウンセリングの専門家を入れるつもりだと書いてある。まったくもってアホ。まず入れるべきは、労働問題の専門家、人権問題の専門家だ。

 問題認識が根本的にズレていて、きっかけとなったバカ課長のメールと同じくらい腹立たしい。
 そして、私の同意していない文書が、こんなところで変に急いで(そもそも私が管理職に相談してから1カ月以上放置していたくせに)職場のほぼ全員にメール送信された。アホの上塗り。ほんまムカつく。追いかけるように別の係長が「職場内の文書だから取扱注意」などと脅しのようなメールを送ってくるところが、またムカつく。おまえら、私が15日に抗議したこを何も分かってないヤロ。

 朝受けた相談への回答ファックスをつくって、チラシを置いてまわっていたら久しぶりに2時間近い残業になった。つかれた。帰りはもう雨。けっこう降っている。近所のOさんが旅行なので、猫3匹の世話にいく。エサやって、エサ入れ洗って、水かえて、トイレを掃除して。他の猫のエサ入れから食おうとする猫は、やはりいるなア。それから買い物して帰宅。

 お茶飲んで一服しつつ『女が映画を作るとき』を読んでしまう。同居人も残業で遅く、10時頃からちょっとビールも飲みながら、四川風スープ餃子(ニラ入り)、ホウレン草のサラダ、モズク豆腐、漬け物などを食べる。ちょうどテレビで「藤沢秀行と藤沢モト」の話をやっていて、見ながら食べる。藤沢モトの『勝負師の妻』をこんど読んでみるかな。生け花にも興味をもった。ちょっとやってみたい。

 遅くなったし風呂はパス。『物は言いよう』をちょっと読んで寝る。

ざんぎょう(I)

 空は明るい。が、昼から雨が降るのだという。昨日休んだので、昨日受けることになっていた人権研修を振替で今日受ける。それが午前中。どういう目的でこういう話をしているのか、がイマイチ掴めず。資料の冒頭にあった社会調査の結果からの数値の引用の仕方は誤解をまねくのではないか?と思い、途中でたずねる。口頭で訂正はあったものの、こういうのがひょいと孫引きされたりして一人歩きするんやろうなアと思う。趣旨の違う社会調査で似たような問いがあった場合に、参考としてそれらを比較対照するのはアリだとは思う。が、出典も示さずに、結果の数値だけを並べるような出し方は、ギリギリ…私としては止めとけと言いたい。

 資料のなかの変な誤字を数カ所みつける。「我が国国有の同和問題」とか。誰も質問しないので、さいごに質問をしてみる。受け答えイマイチ分からず。

 昼ご飯を食べて、午後からは相談員研修。今日は、聾者のSさんが講師として来られ、自己紹介を含めた話と“ミニミニ手話講座”。研修室内にSさんがいるのに、途中までは口頭による連絡が続き、(いまの状況分からないのってイヤかも…)と思う。思いながら、“通訳”できるほど私も達者ではないので、Sさんが紹介されて輪に入るまでは、そのまま何もできずにいた。

 初めてという人も多いなかで、まわりの反応を見ていると、「手話っておもしろい、奥が深い」という人と、「とにかくおぼえられへん、むずかしい、すぐわすれるわー」という人と、大きく二手に分かれるなと思った。研修のあとでSさんとちょっと話す。話しながら、手に物を持ってると手話をやりづらい!ということが身にしみる。

 研修がすんで、休んだあいだにたまったチラシを設置、ポスターの貼り替え、それから朝一番で電話できいた相談への回答をつくる。その合間に、X係長からちょっとと呼ばれて別室へ行くと、これを全員に通知するのでと所長が書いたという文書を見せられる。一読して、やはり所長はアホやと思う。

 私が火曜の職員会議で抗議したことを(それはその後しぶしぶながら撤回され、謝罪された)まったく受けとめていない。しかも、修正してもらえないのかときくと「修正はできない」とX係長は言う。同意できない箇所をX係長に伝えて終わる。

いたた

 雨まじり。気温はそう低くない。茉莉婆を読み読み出勤。再読の『記憶の繪』。
 昼頃になっても雨は降ったりやんだり。夕方になってセイリ痛がひどくなってきて、くるしむ。かなり痛い。いたた、と言いながら足のツボを押してもらう。それでちょっとラクになったのだが、帰り道はまた痛くて参った。道端で横になりたいと思うくらいだった。図書館で返して借りて、買い物して、ソッコー帰宅。手話サークルは休んでしまった。
 とりあえず布団に入って寝る。ウトウトしながら2時間半ほどして同居人から電話がかかる。ザンギョーしてて、これから帰るというので、近所で落ち合ってうどんを食べる。一眠りして痛みはちょっとマシになったので、風呂であったまる。同居人は夜介護に出かけた。
 
 図書館で借りてきた山田ズーニーをだーーーーーっと読んでしまって寝る。やはり痛い。

生理休暇

 ストレスなのか寒いからか、昨日の夕方からずっと痛みがひどいので生理休暇をとって休む。夜中にも痛くて目がさめた。今回はきつい。職場に休みの願いと仕事の連絡メールを書いて送り、昼すぎまでこんこんと寝る。それでだいぶマシになる。

 昼からも休養。本をながめたりしてすごす。日が暮れてようやく「頭のフタ」原稿を仕上げて送る。

 晩ご飯に粕汁をつくったら、今日は自分でもイマイチだと思う出来。あまりうまくなかった。鯖のこんか漬けを焼いて、いただきものの白菜の漬け物を出して、質素な晩ご飯。昼すぎまで寝たわりに、ねむい。

怒りの方法

★辛淑玉『怒りの方法』
…しかし、毎日食べるご飯は、いつもと変わりなくうまかった。
 いくらひどいことをされても、太陽は毎日ちゃんと昇ってきた。
 自分の気持ちを素直にストレートに表現して、それで周囲がすべて私から離れていったとしても、むちゃくちゃな誹謗中傷が寄せられても、誰も助けてくれなくても、それでもこの世の終わりではなかった。
 朝鮮人という存在自体が、この社会では嫌われているのだから、発言すれば叩かれるのは当たり前。発言して好かれようというところに無理がある。
 マイノリティが声を上げれば叩かれる、それだけのことだ。
 あえて、私と他者との違いがあるとすれば、「嫌われてもいい」と思っていることだ。
 いくら好かれようとがんばったところで、こちらの思うように相手を変えることなどできない。
 ある被差別部落で、女性が家の周りを一生懸命掃除していた。
 「きれいにしておかないと差別されるからな」と彼女は言った。
 しかし、きれいにしていても差別はされる。
 差別とはそういうものだからだ。
 差別はこちら側の問題ではないのだ。

 …私はこう思う、という基準が体験のなかで一つずつ積み上げられてきて、初めて怒ることができるようになる。
 この基準があいまいだったり、確信がもてないと、怒りを感じても「ひょっとしたら自分のほうが間違っているのかも知れない」と怖気づいて、その怒りを率直に他者に表現できなくなる。

 「怒る」は、言葉で自分の感情を表現すること。

 「怒る」は、人間関係を築き、つなぐためにするもの。

 ニセモノの見分け方は簡単だ。自分はその問題にどう関わるのかを、明確に表現できているかどうかで判断しよう。自分の問題として捉えて、どう関わり解決しようとしているのかが見えるか見えないか。…関わり方のレベルはまちまちだ。それでも、他人事ではなく、その問題を解決していこうとして主体的に向き合っているかどうかが大事なのだ。

 人間は何のために怒るのか。
 「私が私として生きるため」。

豆カレー

 今日も指定休。土曜のシフトを代わったので4連休だ。4日も休むと落ち着く。明日からの出勤がちょっとブルーになるが。

 朝は空腹で明け方から目が醒めてしまった。ううううううハラヘッタ。同居人は出勤していき、天気もいいので私は洗濯して干す。豆カレーをつくる(晩ご飯用)。本の箱を集荷にきてもらう(職場へまた寄贈4箱)。郵便局から再配達の書留を待つ。…ハーブティーを飲みながら、そういう用足しをしていたら昼になる。
 昼ご飯を食べて、天気もいいし散歩にでも行こかと思っていたが、しばらくしたらねむううくなってきて、昼寝。朝はやいこと目がさめたせいでダルかったのが、この昼寝ですっきり。

 それから図書館へ行き、借りた茉莉婆の本を読みながら梅田まで向かう。せっかく借りた本だが、文庫オリジナルという寄せ集め本で、よそで読んだのが多く、あああ読んだことないのを読みたいともだえて旭屋へ入り、岡留の『「噂の真相」25年戦記』を買う。ときどき「噂の真相」を買っていた同居人も読むであろうと言い訳付きで買う。

 晩ご飯は豆カレーと、ホウレン草とモヤシのサラダ。久々に自分でつくったカレーはなかなかうまかった。まんぞく。同居人が会社の人からもらってきた「ガトーショコラ」を半分もらって食べる。うまいなあ。同居人は他にもチョコレートをもらってきていた。いろいろお世話をしているらしい。私のところへも毎年いただく方からチョコレートが届く。かわいいチョコレートで、どっから食べようかと迷うような。

 『物は言いよう』と『…25年戦記』を交互に読む夜。

森達也、姜尚中『戦争の世紀を超えて その場所で語られるべき戦争の記憶がある』講談社

虐殺のメカニズム

姜 さっき森さんが言った、イエドヴァブネの息子と同じ年ごろのユダヤ人の子どもを虐殺した父親というのは、私たちが言うところの「普通の人」です。彼の名かでは、日常の活動とそういうおぞましい行為とが、そのときはやはり連続していたわけですね。これは精神分析家の野田正彰さんも指摘していることですが、太平洋戦争であれだけ大量に人を殺した後に、復員した人間がなぜ日常生活に戻りうるのかという問題と同じです。僕は前からそれが不思議だった。
 あの時代、血で血を洗うような陰惨なことに手を染めた人たちが、現在好々爺になって孫を可愛がっている。それこそ孫を抱いて人生の終わりを迎えようとしている人もいる。そんな好々爺にかつて狂気に満ちた殺戮があったという事実、それと日常の連続性を考えると、あまりにショッキングなことだから、普通の生活から完全に隔絶された出来事のように思ってしまうのじゃないでしょうか。

森 そこには二つのメカニズムが働いています。一つは、事後にそれをなるべく思い出すまいとする働き。過去をリアルなものとして、自分の中で再現したくないという忌避のメカニズム。意識的な忘却ですね。
 もう一つの理由は、戦場や虐殺の場では何かの回路が駆動するのではなく、停まっているからこそ、この感覚は後になってもうまく再現できないんです。この回路は、一人称の主語を保つことでもある。その瞬間に回路が停まり、つまり主語を喪失してしまっているからこそ、リアルな感覚が欠落して、今の自分からは隔絶してしまう。

姜 なるほど。ただ、その一人称の主語が停止するという場合、そこに至るプロセスには、軍隊内の規律=訓練的な権力による身体の馴致の積み重ねがあると思いますね。それがなければ、人を殺すところまで「普通の人」を駆り立てることはできないのではないかと思います。 (42-43ページ)

遅い

 夢のように「ブックマーク」の発送がすみ、あまりにもはやくすんだので、ホンマやったんかなあという感じ。「ブックマーク」疲れがビミョウに残るが…

 週明けということもあって、週末にすんだチラシを引いて、また大量のチラシを置いていき、ポスターを貼り替える。合間に本の購入予定リストをつくる。出張報告書も書いてしまおうと思うが、なかなか終わらない。

 帰りに図書館へ寄って、ぎりぎりまで本を見て、それからぶらぶら買い物して帰宅。雨が降り出して寒い。同居人から「終わらん」と残業予告メール。ご飯を炊いて、酒粕入り味噌汁をつくって、豆のサラダをつくる。ぜんぜん終わりそうにないらしいので、先に食べ始める。

 同居人がようやく帰ってきたのが11時前、夜介護にすぐ行かないかんというのでとりあえずおむすびをつくって持たせる。週明けから大変だのう…。

遅番

 遅番。冷たい雨が残り、洗濯できんなーと思いながら、なかで広げて干せばいいやとセーターを洗う。軽く脱水して、ヒーターの前にバスタオルを敷いて広げていく。即席の加湿器状態。
 冷凍庫にあった鶏胸肉を解凍してミンチにして、鶏団子スープをつくる。これは昼ご飯のサイド。しばらくごろごろと本を読んですごす。『万病を治す冷えとり健康法』を読んでしまう。冷えとりはいいが、さいごのほうは神霊治療がどうのこうのになっていて、(信じる者は救われるのか?)と思う。冷えるなという主張にもいろいろある。私が知っていたのは“首のつくところ(首のほかに手首、足首)を温めろ”というやつだったが、この本では手首は冷やしておけと書いてある。首もすーすーさせておけと書いてある。でもやはり首がすーすーするのは私はつらいので、あっため方式でいくか。

 昼ご飯を食べて、図書館へ寄って返して借りて、出勤。職場で購入する本のリストをつくるため(現物確認のため)、昼からしばらく本屋へ行く。ここの職場をちょっとでもベターな状態にするために、何が必要か?と考えつつ本を見る。
 夕方からの遅番の受付はバタバタと忙しくてくたびれた。なぜか帰りに胃がツキツキと痛くなってきて、へろへろになって帰りつく。同居人は豪勢にステーキの晩ご飯を食べていた。腹が痛くてしばらく横たわる。つかれた~ 腹いて~

送別会

 職場の管理職(とくにてっぺん)のアホさ加減にいらだつ。また「僕、そんなこと言ったっけ?」と別の人に言っているらしい。百歩譲っても、「そうとられるような言動をあなたはしているのだと自覚しろ」と言いたい。確かにあなたはそう言ったと、目の前で言ってる相手に対して「そんなこと言ったっけ」と否認する態度には、信頼感ゼロ。「問題があれば僕は放っとかない」と言うに至っては、あなたはいったい何をしたのかと、どの口が言うかと、問い詰めたい思いだ。このアホの相手をするときには、録音しとかなあかんのか。

 職場をベルサッサで出て、送別会へゆく。前の職場の同僚だった人たちが10人ほど集まるので、なんとかシフトを代わってもらって出た。ほとんどの人はもう別の場で働いていたりする。

 どういう働き方がいいのかなーと思ったりもするが、その場その場でベターなものを求めていくしかないのかもしれん。2次会には5人。元同僚で、大学の同期でもあるMが、さいきんスワンベーカリーに関わっているのだと聞く。ヤマト福祉財団の関係するパン屋のはず。助成金、補助金、募金頼みでいいのか、働いて生活できる賃金を得られる場を…というようなココロザシでつくられたパン屋だったと思う。実際の運営はなかなか大変らしい。またもっと話を聞かせてくれーと思う。

 2次会の店で食べた料理がどれもウマくて、満足。遠くへ行く人とはなかなか会えなくなる場合もあるが、近くまで来るときには会おうと約束できる程度の仲なら、かえって遠くにいるほうが年に1度でも会える。3月には関西出張があるというので、ものすごい名残惜しさなどは無し。

 日付が変わるころに帰宅。一風呂浴びて寝る。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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