読んだり、書いたり、編んだり 

忘年会

 同居人が飽きたゲームソフトを紙袋一杯売りにいくというので、ついでに書いてしまった年賀状を投函しにゆく。隣の駅で、買い取り計算を頼んでから郵便局と銀行へ行き、あいまに駅周辺の不動産屋をのぞきながら時間をつぶす。ちょっと引っ越したい欲が高まっているのである。同居人が退院してベッドを入れた頃からものすごく手狭な空間にはなっていたけれど、ああもう一部屋欲しいッ、寝るだけの部屋をつくりたいッという状態。まいにちまいにち何かをするたびに平行移動をして場所をつくりながら過ごしているのもええ加減いやになってきた。部屋がもう一つあって、家賃は安く、駅から近く、ベランダ広いところがないものか。

 売り払ったゲームソフトは思っていたより高く売れて、そのお代で帰省土産の一部として「手作り石けん」のセットと絵本を1冊購入。駅前でうろうろしていると近所のOさんに偶然会った。そこで話がまとまり、今晩一緒に食べにいこう、忘年会ネということになる。
 いったん帰って、レトルトカレーで昼ご飯を食べて、また年賀状の宛名書きをする。年賀状を広げていると同居人がクククと笑う。「本人知ってたら笑うヤロー」と笑う。ぜひ手にとった人にも笑ってもらいたい。

 日が暮れて、Oさんちへ行って、そこから駅前の飲み屋へゆく。Oさんは何度か運んだことがあるというが、ワレワレには初めての店。暮れで材料を切らしているのもあったが、お造り盛り合わせ、天ぷら盛り合わせ、小芋煮付け、鶏の唐揚げ、蛸酢、白子饅頭など。締めに雑炊とお茶漬けを食べて、ずいぶん前のネコの世話のお礼だからとOさんにご馳走になった。

 帰って、風呂を沸かすのがめんどくさくて、またパス。頭がカユイ。布団で図書館で借りた高田喜佐の『靴を探しに』を読む。高田喜佐の本は初めて読むのだが、これはどこかで読んだことのあるよーーな文体である。何と似ているのであろうか…クロワッサン文化人てやつか?

うつらうつら

 同居人は今日が仕事納め。私は朝からゴミをまとめて捨てて、掃除機をちょろっとかけて、洗濯して干して、皿洗いをして…それでちょっとくたびれたので、布団でうつらうつらした。少々セイリ痛もあり、気がついたら昼になっていた。

 昨晩印刷した年賀状の宛名書きをする。途中でまた布団にもぐって酒井順子の『トイレは小説より奇なり』など読みながら、うつらうつら。なんとなく一日中NHKをつけていたら、再放送番組の合間に紅白と新撰組(来年の大河ドラマらしい)とてるてる家族の宣伝が入りまくる構成になっていて、とくに紅白については「よくこれだけ自画自賛を続けられるなア」と同居人が言うほどであった。私は「小林幸子と美川憲一の衣装対決ってのがあるのか(知らんかった)」と思った。
 うとうとしながら再放送の「高専ロボコン」と「小学生ドミノカップ」をまた見た。応挙も流してたなあ。

 結局ウチで一日すごし、晩ご飯は同居人が買ってきた「湯葉鍋セット」を食べた。湯葉入りのうどんすき、みたいなやつ。

イヌの世話

 ウチで夕方までたらたらすごす。遅めの朝ご飯は白粥と味噌汁と漬け物など。遅めの昼はもらいものの四国のうどんをゆでて、シメジと白菜をダシでたいて、タマゴを落とす。ダーーーーッと汗が出る。うまい。

 目標は年内発行!だった「ブックマーク」も年内につくれそうにないので(暮れもおしせまると印刷する場所が閉まってしまう)、代わりに年賀状つくるかという気になって、パソコンでくいくいと絵をかいてみる。ノートパソコンのタッチパッド部分で線を引いていくのはなかなかむずかしい。サル~さる~ウキキーーという気分の絵である。同居人に「タッチパッドでそんなんようかけるなあ」と言われながら、オモシロイのでサル風にした同居人の絵もかいてやった。

 去年の暮れに作成した年賀状は字だけのやつだったので、よっしゃーこの絵で年賀状つくろーという気分が盛り上がる。同居人が「絵」に字を入れたりフォントをあれこれ試してみたりして、私のピンで出すやつと、ユニット版とをつくる。 

 妹2号が一日でかけるそうで、イヌの世話を頼まれていたので、同居人とも夕刻より世話にゆく。餌をやって、ウンコの世話。半日以上放置されているせいか、ワレワレが到着するとイヌ2匹は大コーフンで吠えまくり、雑巾をぴらぴらみせると「イヌが釣れそうなくらい」飛び跳ねてくいついてくるのであった。
 餌をやって、イヌが落ち着くまでワレワレも茶をのんで一服し、ウンコとシッコの世話をして、床を拭いてから帰る。帰りに郵便局へ寄って年賀ハガキを買い、正月の石川行きのキップをとり、靴下などを買い物してから帰途につく。昼が遅めだったとはいえ8時をまわるとさすがに空腹感をおぼえ、なんかかんたんなやつーということで、シェフ同居人作の「納豆マグロ丼」。
 閉店間際で半額になったマグロの柵と青ネギ、挽き割り納豆。マグロを刻んでネギ、納豆とまぜてご飯にかける。サカナと発酵食品を合わせた「ウチのメニュー」はすでにいくつかあるが、この納豆マグロ丼もランクイン。

 晩ご飯のあと、年賀状2種をそれぞれ印刷。われながらヨイ出来だ。笑ける。色もつけたいのだが、色鉛筆を職場へ忘れてきてしまった。 

ぷち断食

 休日である。冷え込むうえに、天気はイマイチで洗濯日和とは言えず。バラバラと何かが降っている音がする。

 2晩も続けてハライッパイ食って、胃腸も疲れ気味。ということで、同居人は昨晩から「ぷち断食」宣言。水分をとりながら、ビール酵母(粒)を食っているらしい。私はふなふなと布団のなかでテレビを眺めてはうつらうつら、眺めてはうつらうつらとして、ようやく1時(昼)頃に起床。さすがに胃腸が疲れ気味なので、私も軽めに、とりあえずミカンを数個食べて、熱いお茶を断続的に飲む。
 図書館の年内開館日は今日だけなので、予約リストと貸借リストを確認して、酒井順子の『働く女に福来たる』(角川書店)を読む。去年だったか一度借りて読んだように思うが、またするすると読む。

 4時になって、図書館へゆく。2冊返したら、リクエスト本がちょうど2冊届いていたので借りて、そのまま散歩がてら空港へゆく。風が冷たく、さむい。耳が冷える。

 お年始用の「なにか」を物色するために空港の売店をぷらぷらと冷やかしていたら、ウマそうなものが多すぎて空腹感がつのってきた。いくつか購入してから、うーはらへったはらへったと帰宅。熱いチャイをいれて飲む。

 それで一息ついて、ぷち断食を敢行すると主張する同居人はほっといて、自分用にお粥を炊く。白粥に紫蘇とか味噌とか残りモノの鶏などをのせてずるずる。はぁーウマい。テレビではラーメン特集をやっていて、これがまたウマそうである。「行列してまでラーメン食いたいか」と同居人がブツブツ言っている。できたら行列せんと食いたいな。

 ひとやすみしてから、また熱いチャイをいれて(インスタントではなくて、インド土産の茶葉からいれて)、浅草キッドの本を読んでみたり。

 皿洗いして、青汁を飲む。  

洗濯

 終日だらだらと過ごす。天気がよいので洗濯して干して、洗濯して干して、後はごろごろしながら本を読んだり、ウトウトしているうちに日暮れになる。
 
 買い物がてら散歩に出て、スーパーを3つハシゴ。晩ご飯は同居人が「焼肉丼をつくる」というので、おまかせ。

 同僚iに借りた『公務員というお仕事』と『人権相談ワークショップ』という本を読む。『人権相談ワークショップ』は、まわりくどいのか文章が下手なのか、なにを言いたいのかよくわからず、自己満足気味の本に思えた。
 ついでに図書館で借りていた『「ここがおかしい!」と言えるサラリーマンになる!』も読む。著者検索でひっかけて借りたけど、タイトルだけなら借りんかったやろうなーという本である。共感しないことはないが、さすがに何冊も読むと飽きてきた。

遅番

 遅番で、午前中は返却期限のきた本をがががっと読む。読みながら、係長にシゴトの件でメールを送る。先のことがほとんど見えないシゴトは、やっていてツラい。1週間ほど前の職場研修で聞いたことが思い出され、「本気で言ってんのか?」「管理職は何か考えてんのか?」と感じられてならない。

 昼前に図書館へ行って、返して借りて、いったん帰って昼ご飯を食べ、それから出勤。年末も近づいてきたせいか、夜間の貸室稼働率はいつもより低く、受付当番もわりとヒマだったので、たまっていた回覧文書を読む。「入院している子どもに遊びを届けるボランティア」についての報告書がおもしろかった。

食い納め

 昼前に1時間半ほど係長と話をする。4月以降の担当業務のことについて。午後に管理職会議があるというので、そこで話をしてほしいと要望する。

 定時で終わって、隣の席の同僚iと同僚Mさんと一緒に地中海料理屋での食い納めに向かう。現地でT子とHちゃんという後輩2人とウチの同居人が合流。26日で閉店のためか、いつもより込んでいる。サングリアのピッチャーとワイン2本を空け、料理もあれこれ食べ(一度も頼んだことのなかった「チョコレートピザ」を初めて頼んでみた)、デザートはクリスマス盛り合わせ。

 後輩T子はいま理学療法士の養成校へ通っている。「理学療法と作業療法の違いって何?」という話になり、そのココロの違いを聞く。「理学療法は不自由なカラダの自由度を取り戻すもの(たとえば関節の可動域が10度だったのを20度にする)」で、「作業療法はその人のカラダで生活がしやすくなるようにするもの(たとえば手を動かしづらいなら太い柄のスプーンや角度をつけた食器を用いる練習をしてご飯を食べやすくする)」である。理学療法はつきつめていけばオリンピックの思想(より高く、より速く、より長く云々)で、作業療法はQOL(Quality of Life;生活の質)の思想だといえるかもしれない。理学療法は今あるカラダを変化させることで適応しようとし、作業療法は今あるカラダでどう暮らしていくか、そのよりよい方法を考える。
 手足や身体を好きに動かせるほうが、うまく動かないよりは生活はしやすい。けれど、ある程度(もしくはかなり)の不自由さをもったカラダで生きていくことのほうがおそらく多い。どちらがよくてどちらが悪いという話ではなく、めざすところの違いがあるのだ。母ちゃんも病気になってから理学療法と作業療法を受けていた。

 理学療法と作業療法の話をしていて、その違いは日本語教育と識字教育の違いに似ているという話になる。「あいうえおの五十音表をおぼえても、いつも使う駅の名がよめなければ生活には直接役に立たない、だからといって五十音表のベンキョウが無意味だというわけではない。」

 込んでいたためか料理がゆっくり出てきて、10時閉店の店なのに結局11時前まで飲み食い。さいごに店のお兄さんと一緒に写真を撮っておいとました。あーもうこれで最後、もう食べられへんねんなーと思うと残念である。いつもよりちょっと飲みすぎたし、食いすぎた。ちょっとくるしい。

たこ唐草

 地中海料理屋でいつもより食いすぎ、かつ飲みすぎでモタレ気味、おまけに同居人も年休とっているので(経過観察で通院のため)、私も午前半休をとる。半休をとるのは初めてである。9時過ぎまで布団ですごしてから、職場へ電話し、また布団に戻ってすごす。

 テレビでは器や盆栽、散歩という趣味の話がながれていて、「たこ唐草」という名を初めて知る。が、「たこ唐草」柄の器はウチにも実はあるのだった。唐草模様に吸盤のようなぷちぷちが生えたのが「たこ唐草」という柄。盆栽屋にうまれた女性が自分も盆栽家になっていて、盆栽の見方、たのしみ方を説明していた。むかし母ちゃんと行ったことのある六義園が映っている。
 
 ちょっと遅めの朝ご飯をがっつり食って、昼前まで本を読んでから出勤。ナンシー関の『信仰の現場』は何度読んでもおもしろい。とくに「クレヨンハウス」の話(ぷぷぷ)。今回読んでいて初めて気づいたのは、これがナンシー20代終わり頃のシゴトだということ。

 まだ明日もハタラク人はいるが、私のシフトは年内最後のシゴト日。「ま、いっかー年明けで」といくつかは積み残しで定時終了。それから同僚数名プラスαの8人で「牡蛎食いツアー」へ出かける。ウチの同居人も同行。

 冬の間だけ開けているというその牡蛎屋は、4階建て(もしかしたら5階建て)のビルで、思っていたより大きな店構えだった。酢ガキ→土手鍋→カキフライ→カキ飯というコースのみ。これが大変テンポよく出てきて、しかもウマいので、多少は飲みながらもみんなすげえ勢いでたいらげていく。こんなにテンコモリの牡蛎は初めて見たぞーというくらいの量が出てくる。最後のカキ飯を食べおわるまで1時間半もかからなかった。そこでウダウダする店ではないので、ハライッパーーーーイと騒ぎながら出て、駅の喫茶店で2時間余りをすごす。

 いろんな職場があって、いろんな人がいるなア…と思う。

柴田昌治『40歳から会社で何をするかどうするか』講談社

…考えるということは、…もともと自分の中で自分と対話しているということなのです。ただ、自分だけでそれをやっているといつの間にか堂々めぐりをしてしまう。対話の相手をほかの人に担ってもらうと、はるかに対話がやりやすくなることは事実です。とくにお互いが対話のやり方の基本技術を身につけているとしたら、その効果はさらに上がります。
 お互いに意見交換を上手にできれば、整理する糸口が見つかる可能性もはるかに増えます。「ああ、こういうことを自分はいいたかったのだ」というのを、人と対話する中で見つけだしていくのです。対話を通じてなら、自分で自分のいいたいことをはっきりさせることができる、という経験をもつことは大切なのです。ひとりでいくら考えてもなかなかはっきりしてこないことでも、ほかの人とやりとりすることで明確になりやすいということはたくさんあるからです。自分でも何が本当にいいたいのかがまだよくわからない、ということを相手にはっきりと伝えながら対話をスタートできるような関係があると最高です。
 その際、気をつけておかなければならないことのひとつは、自分のいっていることが「事実」なのか、それとも「感想」なのか、それとも「意見」なのか、それとも「判断」なのか、それとも「仮説」なのかなどを、そのときどきに意識することです。いま自分のいっていることはいったいどういう種類のことなのだろう、ということを意識しておくことが、頭の中の整理には大切だと思います。…
(129-130ページ)

マイ加湿器

 咳がおさまりそうでおさまらない。いまだに寝入りばなにコンコンコンコンコンコンと咳き込んだり、通勤時に歩きながらゴホゴホゴホゴホと咳き込んだり、くるしい。
 職場があまりにも乾燥しているのも大変よろしくないと判断し、ウチ用に買ったのと別にもう1台コンパクト加湿器を購入して職場へ持ち込んだ。机の上に載ってた書類を床へはたき落として、机上に設置。蒸気をしゅぽしゅぽのぼらせて一日すごす。職場環境に対する自衛策である。
 それでもまた夜になって咳は出るのであった。

 昨晩から読み始めた姫野カオルコの『ツ、イ、ラ、ク』(角川書店)を行き帰りの電車でずっと読む。こういうのは成長小説というのだろうか。姫野カオルコの小説はたしか去年『ひと呼んでミツコ』という面白いのを読んだ。『ツ、イ、ラ、ク』は友人Mちゃんから教えてもらって図書館で借りていた。400ページ超の小説を結局1日で読んでしまう。
 長編小説を書き出すと姫野カオルコはすごいことになるらしい。あとがきにはこんなことが書いてある。

▽…長編小説を書くと寝食を忘れて集中してしまうため、前回『整形美女』では耳管のそばを通っている運動神経が過労で切れてしまい、顔が地震でズレた地層のように半分へしゃげてしまった。やっとズレだけはなんとかましになったと思っていたのに、今回は手の甲から肘にかけて神経が切れてしまい、アル中の人のようにぷるぷる震える手でキーを打った。よく切れる神経で困る。…(426ページ)

 神経って切れるもんなんや…。

 昼の弁当は、昨日の法事のあとに食べた折りに入っていたおかずを詰めていった。晩ご飯は、同じく法事の折りに入っていた鯛の塩焼きに、おみやげにもらった竹輪(まさに竹輪)と、ご飯と味噌汁(白菜、大根、人参、里芋、鶏肉入り)。
 
 布団に入ってから、同僚iに借りた忍足亜希子の『女優志願』(ひくまの出版)を読んでしまう。「映画“アイ・ラヴ・ユー”主演女優募集! 年齢30歳前後・容姿端麗なろう女性…」という広告に応募した聾の忍足[おしだり]亜希子のこれまでを本人の手記とその母の手記でまとめたもの。聴者の俳優が聾者を演じるのではなく、聾者が聾者を演じる、しかも主役を演じるという初めての映画、だったらしい。同僚iからはその忍足主演の「アイ・ラヴ・ユー」ビデオも借りてきたのだが、うちのビデオの具合がわるくて見られない。残念。

尾道日帰り

 父方の法事で尾道へ。父ちゃんの母ちゃんとばあちゃん、私からするとばあちゃんとひいばあちゃんの三十三回忌と五十回忌である。といっても、ひいばあちゃんの五十回忌は5年先、ばあちゃんの三十三回忌は年明けなのだが、寺の都合やこちらの都合で、できるときにまとめてということだ。
 伯母ちゃん(父ちゃんの姉ちゃん)ちに泊めてもらうという話もあったのだが、こちらから父ちゃんとワレワレ3姉妹とウチの同居人と5人が行くとなっては大変で、ちょっと慌ただしいが日帰りということになった。

 新大阪から福山までは一時間ちょっとで着く。福山は広島勤務の頃にはしょっちゅう乗り換えた駅で、なつかしい。そこから山陽本線10分乗った駅まで伯母さん夫婦とイトコがクルマ2台で迎えに来てくれた。2台に分乗して尾道駅前の寺へ。土曜は福山あたりも雪が舞い、かなり冷え込んだらしい。

 お参りは半時間余り座布団に座っただけで慣れないためか足がしびれてしまった。先月の丹後でのお参りや同居人の里・石川でのお参りと違って、坊さんだけがお経をよむ。

 お参りのあと墓参り。それからまたクルマに乗せてもらって伯母さんちへ向かう。このうちへ来るのは私も数年ぶりである。
 仕出しの折りをみんなで食べて、みんなで写真をとって、やはり日帰りではゆっくりできんなあと思いながら、駅までイトコに送ってもらう。助手席でイトコと四方山話をしていると、「ここ、ここ、ここのワッフル食べてほしかったなあ」と駅の近くでイトコが言う。「そうかあ、残念やなあ、こんど来たときにはぜひ」と通り過ぎ、駅で降ろしてもらって電車を待つ。10分ほど待って到着した電車の扉が開こうというときに、駅の階段をイトコが駆け下りてきた。「これっ、食べて」と、ワッフルの箱を2つ渡される。
「もし間に合わへんかったら、どうしたやろなあ、ひとりで全部食べたんかなあ」と言いながら、妹たちと分けて帰る。このワッフルがほんとにウマかった。カスタードが甘すぎず、ほどよい大きさで2つ、3つはぺろっといけそう。

 朝、行きがけに買った酒井順子の『少子』(講談社文庫)を行き帰りで読んでしまう。去年か一昨年、古本屋で単行本を買って読んだが、文庫になって内田春菊の解説がついて、数日迷っていたが図書券が一枚あったのも手伝って購入。どこがどう違うとうまくいえないが、最初に読んだときと印象が違う。

原因を過去に求めない

 図書館で借りた『「会社を変える」人材開発』(光文社新書)を読んでみる。

 「発想のスタンス」

1) 自分はどうしたいのか(=ビジョン)を常に意識する(一人称でしゃべる)
2) データに基づいて定量的に考え、発言する(データでものを考える)
3) 現状の問題をはっきりさせた上で対策を考える(応急処置で終わらせない)
4) 問題解決に際し、原因を過去に求めない(過去の管理者を悪者にしても解決しない)
5) 有能な人材とは1) ~ 2)の能力の高い人をいう(よい仕事ができる人をめざそう)
(136ページ)

 これは、この本のなかで架空事例として記されている「再生ストーリー」のなかで「管理職に求めていること」として書き出してある項目である。
 来週は、「問題」の現状分析にあてて年末のしごとにしようかと思う。
 
 昨日も寒かったが、今日はさらに冷え込み、朝から小雪が舞い、ときに雨になり、つめたい風の吹く一日だった。各地の積雪のおかげで新幹線が遅れているらしい。明日は日帰りで尾道ゆきだが、大丈夫だろうか。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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