読んだり、書いたり、編んだり 

11月に読んだ本

11月に読んだ(読み終わった)本のリスト:
○南伸坊『シンボーの人間模様』講談社文庫
○諸星大二郎『栞と紙魚子』(1~3)ソノラマコミック文庫
○南伸坊・南文子(写真)『歴史上の本人』朝日文庫
○陣内雄次、荻野夏子『NPO法人解散』とちぎ市民文庫ブックレット1
○西村佳哲『自分の仕事をつくる』晶文社
○南伸坊『李白の月』マガジンハウス
○内田樹『私の身体は頭がいい 非中枢的身体論』新曜社
○小栗左多里『ダーリンは外国人』メディアファクトリー
○赤瀬川原平『ゼロ発信』中公文庫
○内田樹『ためらいの倫理学』角川文庫
○きら『シンクロオンチ! 2』クイーンズコミックス
○奥田均『データで考える結婚差別問題』解放出版社
○木下直之『世の途中から隠されていること 近代日本の記憶』晶文社
○柴田昌治『なぜ会社は変われないのか 危機突破の風土改革ドラマ』日経ビジネス人文庫
○川添裕『江戸の見世物』岩波新書
○青木るえか『主婦でスミマセン』角川文庫
○佐伯啓思『「市民」とは誰か』PHP新書
○内田樹『こどもは判ってくれない』洋泉社
○柴田昌治『実践ガイド なんとか会社を変えてやろう 企業風土改革の進め方』日本経済新聞社

引き続き不調

 調子はあまりよくない。雨はあがって、曇り空。とりあえず洗濯して干す。ちょっと咳が出るほか、ハナが出る。布団で内田樹の『子どもは判ってくれない』(洋泉社)を読みながらウトウトする。
 時々起きていただきもののみかんをたくさん食べる。朝、広島の瀬戸田から友人Tが送ってくれたのが届いた。このみかんがウマい。去年もみかんを送ってもらって感激して食べたものだ。「ことしは雨が多くて味はいまいちかも…」とメールが届いていたが、どっこい、ウマいっす!!!!

 それからまた布団にもぐってウトウトする。ときどきテレビをつけると、ニュースはロケット打ち上げ失敗とイラクで外交官2人が死んだということを伝えている。こんなときに内田樹を読むと、「正論を説くこと」いうのは「誰にも届かない」形式で語られているだけではなくて、下手をすると「世の中をわるくする」のだなとつくづく思う。

▽…まことに不思議なことである。
 国防の喫緊なることを説く人間がもっとも望んでいるのは、「国防の破綻」という事実である。同じように、経済政策転換の緊急であることを説く人間がもっとも望んでいるのは、現在の経済政策がはなばなしく失敗することである。性差別・人種差別解消の必須であることを説く人間が求めてやまないのは、差別の事実が「あそこにも、ここにも遍在する」という証拠である。
 正論家の正しさは「世の中がより悪くなる」ことによってしか証明できない。したがって、正論家は必ずや「世の中がより悪くなる」ことを無意識に望むようになる。
 「世の中をより住みやすくすること」よりも「自説の正しさを証明すること」を優先的に配慮するような人間を私は信用しない。
 私が正論を嫌うのはたぶんそのせいである。(68-69ページ)

 こないだ読み終わった佐伯啓思とは少々論のすすめ方は違うが、「市民」ということについて、オルテガなどを引いて、キビス(civis)のことを語るところは似ていた。「対立者を含めて集団を代表する」ことが「市民」の責務であると内田はいう。佐伯のいうことはもうちょっと違っていた気もするけど、似たようなものかもしれない。

 もう一つ内田本のおもしろかったところ。
▽…「愛する」というのは「相手の努力で私が快適になる」ような人間関係ではなく、「私の努力で相手が快適になる」ような人間関係を築くことなのである。…(145ページ)

 ぎくぎく~

400円以下の文庫本

 どうも風邪症状がぶりかえしてきたもよう。おまけに日々冷え込んでくるのだが、はめ殺し窓(南向き)の職場は暑いのか寒いのかよくわからん空間で(ちょっと厚着をすると汗をかく)、たいへん乾燥していて、風邪にはよくない。

 原稿を書こうとするが、ビミョウに調子がわるいこともあってなかなか筆が進まず、回覧でまわってきた読み物をせっせと読んでみたりする。

 帰りに最寄り駅でふらふらと本屋へ入ったら、来年の手帳に「文庫手帳」(ちくま文庫)を買おうという気になり、それが580円。財布の中には図書券が千円分あったので、なにかその範囲でもう1冊買いたい気分になって、「400円以下の文庫本」を物色してまわる。
 こんな基準で本を探すことは滅多にない(そういえば最近行ってないが、ブックオフで100円文庫しか買わないという方針はよくもっていた)。文庫本の背表紙にある値段を見ながら本棚をうろうろすると、「400円以下で買える文庫本」はあまり多くなくて、むむむむむと思案。「400円以下で買える文庫本」は、かなり古い名作(の薄いやつ)か、新しいものでも薄いやつ。しかし、薄さからすると「オマエは400円以下ヤロ!」というのが、なぜか600円も700円もしたりすることもあって、値段設定はよくわからん。

 うろうろした挙げ句、しばらく前に「週刊文春」の「文庫本を狙え!」by坪内祐三で取り上げられていた青木るえかの文庫に照準を定める。青木るえかの文庫は二冊並んでいて、その坪内連載で出ていたのと違うほうのもう一冊が381円だった。それと文庫手帳を買って帰宅。

 トマトシチューの残りで晩ご飯たべて、ハナをかみかみ早めに布団に入り、そこで青木るえかの文庫を結局読んでしまう。鼻血ブーの話に大笑い。あの中村うさぎをして「私よりスゴイ女がいる」と言わしめた人物である。最初のうちはついていけない気がしたが、けっこうオモシロかった。

エンカイ

 鼻水だーだーの影響であろう、朝から鼻声に変身。咳では近辺の席の人をビビらせるだけだったが、鼻声は目立つのか事務所内の多くの人に「だいじょうぶー?」と案じてもらえるのであった。

 夜には同僚さん4人と私とウチの同居人と、地中海料理屋へくりだすことになっていたので、それだけを楽しみに昼間の仕事をこなす。店へいくと「また風邪ですか?」と言われてしまう。6人もいると、多数注文してイロイロ食べて飲むことができた。私は鼻声状態のために、料理の味がやや分かりにくくちょっと残念であった。でも飲み食いして笑いまくって楽しくすごす。

 帰ってキモチいいまま早めに寝る。

調子わりー

 雨の土曜。残念ながら出勤指定。昨日に引き続きハナが出る出る。喉付近が炎症状態で、調子わりー。
 出勤したものの、動くのがイヤなくらい調子わるく、午後の受付当番もかなりキツかった。昼に「手がめっちゃ熱いけど、熱あるんちゃう?」と言われたりして、調子わりー気分がもりあがってしまうのであった。

 最低限の仕事だけして帰宅。晩ご飯は「おたのしみ、おたのしみ、ウヒウヒ」とシェフ同居人が台所にたって、出てきたのは「牡蛎の土手鍋」!締めは「ほうとう」だった。「牡蛎を3パック入れた」とかで、すくってもすくっても牡蛎だらけで満足。

 早めにごろごろと寝る。 

眼福(II)

▽さて、幕末から明治へと時代が変わると、ますます多くの動物が日本にやってくる。動物も一種類ではなく、複数を同時に見せる形式が次々とおこなわれるようになる。
 例えば次の引札(図29)は、明治24年3月の大阪での興行を描いたものだが、ヒョウ、トラ、ラクダ、ヤマアラシ、オウムの動物バラエティからなり、檻のかたちからしても、動物園まであと一歩の印象が強い。実際、上野動物園は明治15年にすでに開園しており、京都市立動物園が明治36年、大阪の天王寺動物園が大正4年の開園である。
 ところが、明治以降の動物見世物では、ご利益の吹聴はさっぱり聞かれなくなり、「教育資料」としての価値を訴える傾向があらわれる。教育的になって現世利益と現世享楽が減った分、見世物としては平板になった感は否めない。これが明治末から大正にいたると、いわゆる「見世物」の名で見せる興行では、動物の種類までが平板になってくる。かつての大型動物は見られなくなり、蛇、動物の奇形や剥製を加工したもの、芸をする犬などが、以降の特徴だろうか。
 舶来の大型動物の居場所は、はっきりと動物園やサーカスの世界に移り、いわゆる「見世物」とは好対照な発展ぶりを示す。その意味ではむしろ動物園とサーカスを、新しい時代に生きる見世物と呼ぶことができるだろう。(124-126ページ)

 見世物ひとつとっても、そこから「子連れの娯楽」の話があったり、「見るだけでエエことがある」というご利益観がみえたり、明治以降はそのご利益吹聴がさっぱり減るなどという教育史の本では出てこないような話があったり、ここからまだいろいろと話は続いていきそうで、おもしろいッ。

ミニミニ

 どうもまた喉が痛く、風邪がぶりかえしている?また鼻水も出る。冷え込んできたせいか。3日ぶりに出勤したら、チラシやポスターがテンコモリになっていた。

 月末までと頼まれた原稿がなかなか書けず、別室へこもって途中まで書くが、合間に仕事のことなど係長と話し込み、今日書いてしまうぞーと思っていた原稿は書き上げられず。

 同居人が帰りにミニミニのホットカーペットを2つ買ってきた。去年から台所に一枚敷いているのと同じような50センチ四方くらいのもの。これを各自で足元なり尻の下なりに敷いて暖を採ろうという計画。足元が暖かいとやはり違う。喉にきたのも、昨日の晩どうも冷えたせいらしい。

 本読み風呂で、昨日持って帰ってきた佐伯啓思の『「市民」とは誰か』(PHP新書)というちょっと古い新書を読んでみる。買ったのは97年のようだが(常勤の職についた最初の年である)、たしか読んでいなかった。
 「市民とのナントカ!」だの「市民がどうのこうの!」というのが相変わらず(?)流行りの今日このごろ、こういうのを読んでみるのもおもしろいかなーと思う。
 羽仁五郎の『都市の論理』ってのはベストセラーだったのかぁ…と、隣の係長がよく羽仁五郎がどうのって言うけど、これのことか?と思う。この羽仁本も(1968年のものらしい)読んでみるかな。

眼福(I)

 土曜出勤だったので指定休。朝はまだ雨が残り洗濯日和とはいえず。疲れているのか同居人が出勤したあと布団にもぐって本を読んでいたら寝てしまった。そしてキツい夢を見てしまった。人が死んだことを知らされるという夢だった。

 昼前に起きた頃には雨もあがっていたので、本を探しにちょっと前の職場へ出かける。探していた本は見当たらず、仕方ないのでその他の本を物色し紙袋一杯もってかえる。
 晩ご飯は冷凍庫で眠っていたシチューにキノコと水煮トマトを投入してトマト?シチュー。それとホウレンソウのサラダ。なかなかウマかった。
 
 返却期限のきた川添裕の『江戸の見世物』(岩波新書)を読んでしまう。見世物とご利益のことを書いたところがおもしろい。

▽…見世物の動物はみな霊獣、聖獣、神獣なのであって、そのご利益は諸般におよぶ。さきのヒクイドリのように、動物の体にふれ、その一部を手にすることも効能の一パターンだが、より一般的なのは、とにかく「見る」ということがご利益になるという、文字通り眼福の例である。なかでも、悪病払い、疾病除けはその眼福の中心で、もっとも強調されるのが、小児の疱瘡、麻疹への効能であることは明らかだろう。
 したがって当の子どもが見世物小屋へ足を運べば、自然と恩恵にあずかれたわけで、動物見世物の場合、他の見世物よりも、幼い子どもづれの観客の比率が高かったことが予測される。こうした小児の疱瘡を軽くする、疱瘡払いをするという点でいえば、「鍾馗さま」をはじめとする近世の民俗信仰の水脈が想起される…。(98-99ページ)

木下直之『世の途中から隠されていること』晶文社

▽「本日休館・近日開館」
東洋民俗博物館 あやめ池のほとり
九十九豊勝のコレクションを公開、1928年~
(237-238ページ)

ハシゴ

 土曜の遅番出勤。そのまえに、Mさんと(もとは母ちゃんの知り合い)昼ご飯を一緒に食べる約束をしていて、梅田で待ち合わせ。イタ飯屋へ入って1時間半ほどおしゃべりしながら食べる。そもそもは、母ちゃんが書いたもの(その頃母ちゃんがつくっていた地域の新聞「T」のことらしい)を、Mさんがたまたま知人のところで見かけて、「この人に会ってみたい!」と会った、というのが最初らしい。Mさんのように「ブックマーク」の読者で、母ちゃんのほうのツテの人は、どういうご縁なのか私が知らない人も多く、こういう話を聞くと、(母ちゃんはそういう人でもあったのだなア)
と思う。

 午後から「みちまちね」という街あるきイベントに参加するというMさんと分かれて、そのつぎは、やはり母ちゃんの旧友・Oさんが絵を出展しているギャラリーDへ向かう。母ちゃんの友だちをハシゴ。梅田から肥後橋をすぎて本町の近く。木曜よりは風が冷たいけれど、歩くのにはちょうどいいくらい。
 案内のハガキを何度も見て、ようやくギャラリーの入っているビルを発見。ちょうどギャラリーには当番でOさんが出ていたほか、同じグループのほかのオバさんも母ちゃんを知っているのだと紹介された。「学生さん?」と言われてしまい、やはり年齢不詳な感じを与えているのだろうかと思う。

 こぢんまりとしたギャラリーDは、一昨年の会場と似た名前だと思っていたら、同じギャラリーが移転したのだそうだ。窓から見える銀杏の木がキレイで、出展されている絵もたのしめ、さらに展示していない別の絵まで見せてもらえて、ラッキーだった。

 ギャラリーで小一時間すごしてから、折り返し梅田まで歩いて出勤。日・月のイベントの下準備を手伝い、あれこれクルクルと働く。くたくたになって帰宅。

思わぬ雨

 昨日よりは早く起きて(空腹のあまり暗いうちから目がさめた)、洗濯する。曇り空で数日前よりは明らかに寒く、冬の曇天という感じ。冷え込んできたこともあり、防寒衣料の買い物に出ようとかホットカーペットを買おうとか(昨冬が終わる頃にホットカーペットがこわれた)散歩がてら歩こうとかあれこれと言いながら昼前に出かける。雲は多いが晴れ。

 図書館のポストへ返却だけでもと思っていたら、今日は休館だと思っていた図書館が開いていた。祝日休がどういうルールで適用されているのかいまいち分からない。リクエスト本が確保できているというので帰りに寄ることにする。2駅乗って、O駅で降りたら同居人が「コーヒー飲みたいッ」と言い出して、商店街の2階にある喫茶店に入る。同居人はここへ以前も一緒に来たことがあるはずだと言うのだが、思い出せない。そこからぶらぶらと歩いて衣料品店にて防寒肌着とズボンを買う。さらにてくてく歩いて(かつて同居人の職場だったあたり)定食屋で少し遅い昼ご飯。

 食べて外へ出たら雨が降り出した。隣の本屋で雨宿りをして様子をうかがうが、半時間ほど経ってもやみそうになく、あきらめてコンビニでビニール傘を買い、駅まで20分ほどの道のりを歩く。駅でまた別の喫茶店へ入ってコーヒーを飲む。スターバックスやシアトルズベストのようなチェーンのコーヒー屋ばかりが増えているけれど(東京はもうそういうところばかりだという)、昔ながらの喫茶店は静かで落ち着けてやはりいい。

 帰りに図書館でリクエスト本を借りて、買い物をして帰宅。雨は降り続き、せっかくの洗濯物もしっとりしていて、底冷えがする。晩ご飯は、「ご飯を食べる量を減らす」という同居人につきあって、質素に。ご飯、しじみの味噌汁、ホウレンソウの胡麻和え、納豆、シウマイ。食後にお茶と今川焼き。

 今日返した木下直之『世の途中から隠されていること』(晶文社)のメモ。
▽…さてここにいたって、小出楢重の「Nの家族」(大原美術館蔵、1919年)を眺めると、隔世の感に打たれない人はいないだろう。十九世紀の日本人には描きようがなかった日本人一家の姿がそこにある。ああこれは西洋の帽子をかぶった日本人一家の肖像だなと思うことがある。西洋美術を学ぶということは、こういう絵が描けるようになること、あるいは、こういう絵を描きたくなることだったのかとも思う。(172-173ページ)

12時間睡眠

 起きたらもう昼の1時前であった。ほぼ12時間の睡眠をとった(途中で薄目をあけて「新・日曜美術館」を見たけど)。とりあえずバナナを食べて、昼ご飯?にチャンポンを食べて、コーヒーを飲んで、出かける支度。

 晩ご飯は父ちゃんちで妹1号、2号も集まって一緒に食べるのである。父ちゃんちの最寄り駅のY駅前にビルが建ってえらいこと変わったようだというのでそこを偵察にいくため早めに出る。久々のモノレール。

 モノレールを降りたら新しい駅ビルがつながっていて、入ってスグのかなり面積の広い本屋がうらやましい。主立った新書はほとんど揃っていて、岩波やちくま、講談社学術の文庫もかなり在庫がある。ウチの最寄り駅にできた駅ビルがシケているので、いっそううらやましさがつのる。スーパーも広くて充実していて、こういう駅ビルが歩いていける距離にあるのはエエなあと父ちゃんがうらやましい。

 駅ビルをひととおり見てまわってから、花と梨を手土産に買って、父ちゃんちへ。晩ご飯はかきあげテンプラだった。揚げてもらって、揚げたてのテンプラはウマかった。
 帰りにもまたY駅前で本屋をうろついてから帰宅。早い晩ご飯だったので空腹感がやってきて、焼き芋を食べてみたりする。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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