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読んだり、書いたり、編んだり 

演奏会

 結局今週は毎日ザンギョーしてしまった。ヘトヘトである。仕事のあと係長といっしょに音楽団の定期演奏会へゆく。一緒に讃岐うどんを食べて、それからてくてくとフェスティバルホールまで歩く。

 音楽方面の作法はよくわからないし、楽器や曲についての知識もほとんどなくて、舞台に出ている珍しそうな楽器がなんなのかも分からなかったが、ナマはいいなあ。また演奏を聴きにきたいと思いながら、ロビーでCDを1枚買って帰宅。帰って早速聴いてみる。

 今日舞台に出ていた楽器、どういうふうに音をだすのか、どんな音が出るのか、名前はなんというのか…そんなところを知りたくなった。

 今日は朝からきもちがわるいほどなまあたたかく、11月も下旬だというのに本当にへんな気候である。

やる気レス

 昨晩の上司の発言の影響もあって、朝からずーーーーっとやる気レス。このところためてしまっていた回覧書類を午前中は読んで、午後は会議。チラシやポスターの整理、学習相談の対応などで結局2時間近いザンギョーになってしまった。

 帰りは雨が降り出して、最寄り駅についてウチへ電話をかけようとしていたら、後ろから同じくザンギョーしてきた同居人が現れる。スーパーの惣菜売り場で鰯の甘露煮、中華風酢の物、サラダを購入して帰宅。仕掛けておいたご飯と、埼陽軒のシウマイを温めて晩ご飯。やはり買ってきたものはしょっぱい。
 

ムカつくーーー

 仕事帰りにインド料理屋へ同僚+上司でカレーを食べにいく。散会まぎわの上司の一言にちょームカついて、しゅうぅぅぅぅぅぅと仕事に対するやる気を失う。ヨッパライ相手に反論することさえ虚しく感じられて、そのまま帰宅。こんな上司のもとで働くことに嫌気が差す。先日買っていた『なぜ会社は変われないのか』(柴田昌治、日経ビジネス人文庫)を途中まで読みつつ寝る。

 行きも帰りも傘を持ちながら一度も開かず。細かい雨が昼間に降ったらしい。

冷え込む朝

 今朝はずいぶん冷え込んだ。「さむーっ」と思いながら出勤。昼間はあたたかかったらしい(はめ殺し窓の事務所では十分わからなかったけど)。
 行きの電車で『ため倫』の付録やら解説なども読み終える。2読めもやはり小難しいところはあったが、おおむね読後感はヨイ。

 職場は休館日で来館者対応がなく、気楽な一日。職員会議のほか、片づけやら何やらで時間がすぎて、パソコンの設定変更を手伝っていたら1時間ほどのざんぎょーになった。かなり疲れたが、同居人の会社に電話してみるとまだすぐには終わらないというので、買い物して帰宅。タイ焼きそばと、野菜3品(ホウレンソウの胡麻和え、大根の甘酢和え、モヤシと人参のナムル風)。同居人はビール自粛、私は缶ビールを1本あけて、ふなふなと眠くなる。ウトウトしながら木下直之の『世の途中から隠されていること』(晶文社)を読む。

夢みる葡萄

 天気はよく、洗濯日和な一日(しかし洗濯できるわけではなくて、出勤である)。南側の事務所は少し暑いくらいだ。

 ちょっとだけザンギョーして、図書館経由で帰宅。晩ご飯は、豚キムチ炒め(人参とニラ入り)、大根の甘酢和え、胡麻豆腐、ご飯。最近「なにか腹の中に入ってるヤロ」というくらい腹の出てきた同居人が「晩のご飯の量を減らす!」宣言をして、今まで使っていた小さい丼サイズの茶碗から、フツーの大きさの茶碗にかえた。「ご飯が少なめだから、よくかんで食べる」とよくよくかんで食べて満足感を得ようとしている。ほぼ同じものを食べているのに、なぜか同居人のほうは会社の健診で「高脂血症」と出て、コレステロールやら何やらが基準値をこえていた。私はいつもどおり赤血球の数がちょっと多めで、赤血球の体積がちょっと小さめだったくらいで、とくに問題なかった。ひとりご飯のときに食べるモノが分かれ目になっているのだろうか。

 晩ご飯を食べて、NHKの連続ドラマ「夢みる葡萄」を久々に見る。林真理子原作(『本を読む女』)のこの話、百年も前のことではないのに「女が本を読みふけっていたら叱られることもある」という時代があったのだなあと思う。そして「肺病(結核)」が死亡率一位だった時代なのだなあと思う。父方の祖父も確か結核でこの話の時代に亡くなっている。原作も久々に読みなおしたくなった。11時からは先週から始まった連続ドラマ「百年の恋い」(原作は篠田節子)を見る。こっちの原作は読んだことないけど、『女たちのジハード』を書いた人でもあるし、読んでみたい気がする。

 引き続き『ため倫』を読む。そういえば、前にこれを読んで、カミュの『異邦人』を読んだっけなー。

ゴロゴロ

 天気は下り坂と言っていただけあって、土曜の晩にはぱらぱらと雨が降ったが、今朝はもうあがって晴れていた。ので、同居人がせっせと洗濯。私はテレビの「日曜美術館」など見ながら、ウトウトと寝つづけて、結局昼近くまで布団でゴロゴロしていた。
 朝昼兼用のようなあんかけラーメンを食べて、マラソン見つつ、本を読みつつ、またウトウトする。ゴロゴロしすぎでちょっと背中が痛い。あまりにもゴロゴロしてばかりなので、日が暮れてから散歩がてら買い物に出る。

 晩ご飯はシェフ同居人による焼き餃子とチヂミだったが、これがどちらもうまく焼けず、失敗作。とくにチヂミはまずかった。こんな失敗も珍しいが、がまんして食べる。

 文庫で買った内田樹の『ためらいの倫理学』を再読。そうよな~と思うところが多い。

 

山崎、天王山

 咳が出なければ、もうすっかりスッキリしたような気になる。テンコモリの洗濯物をとりあえず3分の1ほど崩して洗って干して、同居人と昼前に出て、京都の山崎へ。
 待ち合わせ時間まで30分ほどあったので、喫茶店でコーヒーを飲む。味噌ピーナツがついてくるのが珍しい。山崎は、なーーーーーんもないところ、と思っていたがいつの間にかいろいろ店ができていて、JRの駅前はちょっとだけ賑やかになっていた。
 フェミックスのNさんとその息子(小6)と落ち合って、4人で山荘美術館へゆく。天気は下り坂と言っていたが、とりあえず晴れていて、歩いていると暑いくらいあたたかい。ほんまに11月なのか。
 山荘美術館は3度目か4度目。母ちゃんを乗せてクルマで来たこともある。館内をうろうろとしたあと、2階のテラスでシードルを飲む。寒くもなく暑くもなく、気持ちよくのんびりできる。雨も降らず眺めもいい。ぼけーーーーーっと過ごせるのがよい。「気持ちがいいねえ」と言いあって、新館もみてから、駅まで戻り、次はサントリーのウイスキー醸造所へ向かう。醸造工程の見学をしたら試飲もあって、有料試飲ではスゲーうまいのが飲めると以前行ったことのある同居人から繰り返し聞かされていた。そのスゲーうまいのを飲みたい。
 山荘美術館もけっこう人が多かったが、醸造所はさらに多く、団体さんでは酒造会社の見学も来ていた(さすが)。ワレワレも見学を申し込んで、グループに分けられて「ウイスキーの醸造工程」を学習。ニューポットという、できたてのウイスキー(未熟成)はアルコールッという液体で、これがオークの樽で眠るうちにあの色になるという。不思議である。

 試飲では「山崎12年」をタダで飲ませてもらい、その後、有料試飲のカウンターで「ザ・ウイスキー」という同居人によだれが出るほど聞かされていたのを飲んだ。朝も昼もテキトーだったので、実にヨッパライらしくなってしまって、ふわふわときもちがいい。のーーんびりできて、暑くもなく寒くもなく、イイ時間である。
 夕暮れの近い時間になって、ほどよくできあがった状態でNさん親子と分かれ、電車ではぐうぐう眠りこけて帰る。イタ飯屋で晩ご飯を食べて帰宅。ヨッパライのせいか、ねーむーいー。

へなへな

 また朝からえらい咳でコンコンコンコンとくるしむ。
 晩ごはんつくるのがシンドイので外食。いつもの地中海料理屋でデザートまで食べて帰って、でろんと寝る。

コンコン まだ続く(II)

 帰って、『ダーリンは外国人』(メディアファクトリー)という借りた漫画を、ぬふふふふふと笑い続けて読む。「やれああしろこうしろ」の「やれ」って何?「ぶん殴る」ってなんで「ぶん」なのかなー?…こんなことを聞かれたら、オモロイだろうが、毎日だと少し疲れるかもしれん。いや、とりあえず読むだけならスッゲーおもしろかった。

 昨日の晩は南伸坊のマンガまじりの『李白の月』(マガジンハウス)を読んだ。しばらく貸出の旅に出ていた『仙人の壺』が環流してきて、『李白の月』は持ってないの?と聞かれたので、図書館で借りてみたのである。「…そんな風にして私が、手あたり次第に食べてきた、おもしろい話のいくつかを、同じように味わっていただける人に出会いたくて、私は、それらを漫画にしました。」というスタンスが好み。

 シンボーが読んだ原作方面のひとつ、『和漢三才図会』、熊楠がおぼえてきて書き写して自分用のをつくったというアレ、ちょっと読んでみたくなる。

コンコン まだ続く(I)

 咳がいつまでも取れず、くわえてハナをじゅびじゅびかむ毎日。今日の朝も職場で咳が止まらなくなってくるしい思いをした。はぁ…

 昨日の晩はめちゃくちゃな眠気がおそってきて、とにかく眠く、気がついたら寝ていた。帰りの電車でも、読んでいた本を落としてガクーーーンと眠り込んだ。今日も眠かった。咳疲れか。
 このところ天気はイマイチ。今日も朝から暗く、雨はほとんど降らなかったが、さむくなってきて冬だなーという感じ。

 帰りの電車で返却期限のきている内田樹『私の身体は頭がいい』
(新曜社)を読んでしまって、返して帰宅。やはり内田樹の『ため倫』文庫版を買ってもう一度読もうかなー。今日は押し売り本も売れたしー。
 「形の稽古」というのがあることくらいは、妹1号が空手をやっていたことがあって知ってはいた。しかし、形を稽古するというのがどういうことなのか、まーーーったく分からなかった。ホンバンというのは難しいし危なくてそうそうできないから「フリをする」練習なのだ、ぐらいに思っていた。
 全然違う。

▽…形稽古は、「心理的には反応せず」しかし「身体的には反応する」という木人的な動きを身体に刷り込んでゆくために工夫された身体訓練法である。…
 つまり、形稽古の目的は、心理的負荷をゼロにしておいて、身体的な反応速度の縮減だけに100パーセント集中すること、つまり「何の用か」を省いて、いわば「右衛門」「あつ」の応答だけを反復練習することにある。澤庵のいう「石火の機」のタイミングを、反復練習を通じて会得し、身体に刷り込んでゆくこと、これが形稽古のねらいなのである。…(木人花鳥、128-129ページ)

▽…胆力をつけるというのは、「危機に臨んで肝を潰さない」ための訓練のことである。
 私たちが学問研究をし、武道の稽古をするのは、煎じ詰めれば、「胆力をつける」ためである。
 「この現実とは違う現実の可能性」についてつねに想像をめぐらせ、「そうありえた現実の可能性」をできるだけ多く列挙しうること、これは学術的知性の条件である。…(胆力について、176ページ)

 この本のタイトルになっている「私の身体は頭がいい」というのは橋本治の『「わからない」という方法』にあったらしいのだが、まったく思い出せない。もういっぺん読むかな。

また今日も雨

 またまた今日も雨である。朝起きたら外はまっくら。とても洗濯するような天気ではないので、残念だが洗濯は見送る。遅番なので、朝のあいだにシチューをつくって、昼ご飯にはそれを食べて、昼過ぎに図書館経由で出勤。マイナーなところから出ているようなので、とりあえずと図書館へリクエストした本が相互貸借ではなく、購入で用意されていた。陣内雄次、荻野夏子による『NPO法人解散』(とちぎ市民文庫ブックレット1)で、100ページほどのブックレットである。行きの電車で半ばすぎまで読み、職場で受付当番の合間に読んでしまった。

 なかなかナマナマしい話で、もともと雑誌で紹介されていたときには“協働の失敗例”というコピーがついていた。似たような失敗例は少なくないのではないか…と、読みながら思い、やはり自分でも入手しておこうかと考える。で、帰りの電車では図書館で借りたばかりの古谷雅樹『植物は何を見ているか』(岩波ジュニア新書)を読みかける。こないだブルーバックスで読んだ『植物的生命像』の著者の新しい本である(去年の夏に出ている)。「オーキシン」なんてコトバを読んで、なつかしーーと思う。こういう本を中学か高校の頃に読んでいたら、わくわくドキドキしてもしかしたら別の道にすすんでいたかも。

 帰ってから、西村佳哲の『自分の仕事をつくる』(晶文社)を読んでしまう。この本、晶文社らしいイイ本なのだが、どうも脱字がある。

 雨はまだ降るらしい。咳がなお残って「べつの病気ちゃう?」と職場でいわれる。そうやったらどないしょう。

五十回忌(II)

 土曜の晩も、泊まった宿まで叔父叔母と母ちゃんそれぞれの「かつての同級生」が七人も訪ねてこられ、エンカイだった(ワレワレは大量のカニをせっせと食べた)。泊めていただいた宿のおばさんがこれまた母ちゃんたちと同じ分校に通った人で、さらに十年ほど前までは大阪に住んどられて、話を聞くと私や妹が学童保育でお世話になった先生や子どもの頃に近所で世話になったおばちゃん、おっちゃんたちと知り合いであることが分かり、世間は狭いのうと思う。

 ワレワレ3きょうだいは、小学校の頃に家族で海水浴に来たときと、二十年近く前に母ちゃん、ばあちゃんと一緒に祖父の墓参りに来たときと、丹後へはこれまで二度来ている。そのときにも母ちゃんは、小学校時代のかつての同級生とむかしの担任だった先生とに会っていた。病気になってから一度、今回も来てくださった同級生のおばちゃん3人が大阪へ母ちゃんに会いに来られたこともある(まだ学生だった私はそのときクルマであちこち送り迎えをした)。

 母ちゃんやばあちゃんやじいちゃんの昔の話、知らなかった話などをいろいろ聞くこともできて、母ちゃんが行けなかったのは残念だったけど、いい経験だった。それにしても、子どもが五十回忌のお参りをするというのは、じいちゃんは若くして死んだんやなと思う。明治37年うまれ、生きていたとしたらことし98歳。

 網野は、同じ日本海側ということもあるのだろうが、ことばや習慣など同居人の里(石川)と似た感じのところがあって、おもしろかった。例えばカニ、松葉のメスを丹後では「こっぺがに」と言い、加賀では「こうばこ」という。今でこそ高いものになったが、どちらも昔は子どものおやつだったもの。また、お寺さんのお参りのときには経本が配られて、坊さんだけでなく参会者がみなでお経を唱える(石川で最初に経験したときには、こんなやり方もあるのかと驚いた)。京都からも似たような距離だからか、ことばも似たような印象を受けた。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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