読んだり、書いたり、編んだり 

8月に読んだ本

8月に読んだ(読み終わった)本のリスト:
○赤瀬川原平『じろじろ日記』ちくま文庫
○茅田砂胡『遙かなる星の流れに(上) デルフィニア戦記17』中央公論社
○茅田砂胡『遙かなる星の流れに(下) デルフィニア戦記18』中央公論社
○波津彬子『異国の花守』小学館(PFコミックス)
○波津彬子『花の聲』小学館(PFコミックス)
○吉野朔実『お母さんは「赤毛のアン」が大好き』本の雑誌社
○吉野朔実『弟の家には本棚がない』本の雑誌社
○矢沢あい『NANA-ナナ-』(1~8)集英社(りぼんマスコットコミックスクッキー)
○波津彬子『雨柳堂夢咄』(其ノ一、其ノ二)朝日ソノラマ
○波津彬子『唐人屋敷』朝日ソノラマ
○酒井順子『観光の哀しみ』新潮社
○赤瀬川原平×山下裕二『雪舟応援団』中央公論新社
○矢島新/山下裕二/辻惟雄『日本美術の発見者たち』東京大学出版会
○波津彬子『雨柳堂夢咄』(其ノ三、其ノ四)朝日ソノラマ
○長新太『子どもの本諸国漫遊記』理論社
○赤瀬川原平『背水の陣』日経BP社
○赤瀬川原平『芸術原論』岩波同時代ライブラリー
○赤瀬川原平『名画読本 日本画編』光文社カッパブックス
○波津彬子『雨柳堂夢咄』(其ノ五~其ノ九)朝日ソノラマ
○赤瀬川原平『日本にある世界の名画入門 美術館がもっと楽しくなる』光文社カッパブックス
○赤瀬川原平『ニャーンズ・コレクション』小学館
○山下裕二編・監修『雪舟はどう語られてきたか』平凡社ライブラリー

ブックマーク印刷完了!

【ブックマークについてのお知らせ】

 版下完成。印刷完了。あとは折って、封筒につめて、宛名シールと切手を貼って、ふたして投函…。

 順次投函していきます。

 *****

 「ブックマーク」の葉月発行!を目標にしてきただけに、なんとか今日印刷までこぎつけようと、版下を仕上げ、印刷にでかける。今回は24ページ建て。紙を購入したら、重いのなんの。小一時間かかって200部ぶん印刷し、30部ほど組んで、あとは紙のまま持って帰る。重い重い。

 帰ってひとやすみしてから80部ほど組んで、晩ご飯を食べてから封筒に切手を貼り、つめていく。これでやっと半分ほど。できたぶんだけ近所のポストに投函して、今日はさすがにこれで終わり。明日からせっせと投函していくことになる。

 外食のつづいた一週間だったので、今日は気合いを入れて、昼はカマスの干物を焼いて、もやし・貝割れ・ゴーヤのおひたし、ご飯。晩ご飯は、ゴーヤちゃんぷるー、人参と紫タマネギのマリネ、トマトサラダでビール、締めにキムチ入り焼き飯。夜のおやつは黄金桃。ウマかった~

 今日は図書館へ本を返し、リクエストしていた赤瀬川本を一冊借りる。『名画読本』のシリーズである。印刷にでかけた行き帰りに半分ほど読む。一昨日から、これも図書館で借りている赤瀬川本『利休 無言の前衛』(岩波新書)も読んでいる。

 図書館で検索してみたら、赤瀬川本はかなりある。まだまだ楽しめそうである。そして8月も終わり。明日から9月。

発掘された日本列島2003(III)

 三島というよく知っている地のことであり、またついさっきそれら発掘された埴輪の復元をいくつか見たところでもあり、話はとにかくおもしろかった。
 空腹感は絶頂でかなりくるしかったが、最後まで講演を聞いてから、もう一度展示会場へもどって今城塚古墳から出た形象埴輪の復元をじっくり見た。こういう話を聞いてからだと、がぜんおもしろいし親しみがもてる。

 あまりの空腹に博物館近くのスーパーで少し補給して駅まで歩き、京都へ戻ってから豚カツを食べた。さすがにくたびれて、帰りのバスではぐうぐう寝て帰宅。夕立のような雨が降って、かなり蒸し暑い。

 帰ってから、同居人が「そういえば今晩あったはずや」と番組表を調べると、タイムリーにもNHKスペシャルでこの今城塚古墳のことをとりあげていた。その「史上初 大王陵・巨大はにわ群発掘」を見る。CG再現された埴輪の並びは、昼に講演で聞いたあとだけに、「そうかー、こんな具合かー」とおもしろく、映像でみると発掘現場のようすや古墳の現状も分かりやすかった。ただ、昼に聞いた森田説=殯宮説は出ず、王位継承儀礼をあらわしたという説と、古代の王宮の様子をあらわしたものだという説が紹介されていた。

 まあでも、今城塚古墳も、とりあえず「天皇陵ではない」ということになっているから、こんなに発掘もできるわけで、当分のあいだは茶臼山古墳が天皇陵なのだとしておくほうが、考古学としては絶対におもしろいだろう。

発掘された日本列島2003(II)

 年代順に整理された展示は、ポイント解説もわかりやすく、写真やレプリカもうまくつかってある。「へー、こんな風に出てくるのか」「よう、こんなもんが残ってたなあ」と感嘆しつつ、ところどころにある想像図には「見たんか!」とツッコミを入れつつ、見物。こんかいチラシの写真で見て「これはぜひ見てみたい」と思っていたのが、群馬県・小八木志志貝戸[こやぎししかいど]遺跡の「人物付土器」である。これが手塚治虫のかいた”ヒョウタンツギ”のようで、ワレワレの合い言葉は「ヒョウタンツギ見に行こ!」であった。
 そのほかにも、削り落とされた破片を継ぎ合わせ、そこに出来る空間を型取りして石器を復元あるいは石器製作の手順を推測するという気の遠くなるような作業の展示や、幼くして死んだ子の足形を取ったと思われる「足形付土版」、未盗掘で発見された闘鶏山[つげやま]古墳のもようなど、じつにじつにおもしろかった。

 おまけに、今日は昼から講演会「継体大王の埴輪群像」があり、「おなか減ったな、講演はもういいか」と言いながら、結局講演会へすいこまれてしまった。講師は高槻市立埋蔵文化財センターの森田克行さん。高槻市の今城塚[いましろづか]古墳から大量に出てきた形象埴輪、その配列をどう読み解くかという話。継体天皇の陵墓は現在のところ茨木市の太田茶臼山古墳がそれだとされ(その根拠というのは「ちゃんとキレイに残ってるから」程度のテキトーなものらしい)宮内庁が管理しているそうだが、埴輪の規模(日本最大の家型埴輪もあるし、とにかく埴輪が大量にある)墳丘もリッパ(過去の地震でグズグズになってしまっただけ)というような事情からこっちの今城塚古墳のほうこそがモノホンの継体天皇陵ではないか、という考えは早くからあったという。

 今城塚古墳のめずらしいところは、墳丘の周囲の内濠-さらにその周りの内堤の部分に「張出」が付設されていて、そこのところから埴輪が大量に出てきたということだ(フツーは墳丘のメインのところに埋めてある)。さらに、その張出部分を4つのブロックに区切る「門」と「柵」の埴輪が並べられていたこと。
 さらに巫女、動物、力士、武人、鷹匠、大刀、蓋、家の埴輪などの文様、ヘラで刻まれた絵などをあわせ、森田さんは「殯宮(もがりのみや)」と読み解く説を唱えた。つまり、これらの埴輪群は葬送儀礼のもようを表したものだというのである。

発掘された日本列島2003(I)

(8/28)
 飛び石の休みをとると、休んだ翌日に仕事がたまる。
 夜は職場の同僚と「肉を食す集い」。トマト冷麺とトマトキムチが珍しかったほか、肉も各種あり。劇的なウマさとは言えないが、楽しくすごす。
 
(8/29)
 インターン生の一人が実習終了、ということで昼ご飯は係で繰り出す。近々監査が入るとかで、書類のチェック(一部はつくりなおし)が続く。
 同居人は夜介護で不在(今週はほとんど一緒に晩ご飯たべてない)につき、一人しこしこと「ブックマーク」の版下作成にいそしむ。あと少し。
 『雪舟はどう語られてきたか』(平凡社ライブラリー)をようやく読み終える。去年の雪舟展のまえに予習用にと購入した『芸術新潮 特集 ほんとうの雪舟へ!』を出してみると、その解説をブイブイ書いているのが山下裕二だった。雪舟展は本当にえらい込みようで、人の頭を見物したような展示室もあって、それでも図録を買ってきたので、あらためてじっくり眺めよーっと。 

(8/30)
 まえまえから行ってみたいと思っていた「発掘された日本列島」展へ出かける。これは”新発見考古速報展”というサブタイトルの通り、過去1年に発掘されたモノ、その調査の成果を集めた展示である。まいとし全国を巡回してやっている。このたびは近畿では園部文化博物館へ巡回がやってくるが、「園部=遠い、無理か」と思っていたら、じつは京都からJRで小一時間というロケーション。しかも招待券もゲット。これは行こう、行きたい、行くしかない。
 京都までいつものように空港バスに乗り、JRの嵯峨野線へ乗り換え。JRでも嵐山へ行けるということを初めて知る。沿線はだんだん緑が濃くなってゆき、保津川を挟んだトンネルをいくつも抜けて亀岡、そして園部。

 地図によると、博物館までは園部駅から歩ける範囲。陽差しはほとんどなく、少し蒸しっとした風が吹くなか、駅からぷらぷら半時間ほど歩いてゆく。電車でおやつに食べた「おたべ」のおかげで空腹感もあまりなく、「さくっと見てしまおか」と博物館へ入る。

名画鑑賞というと

赤瀬川原平『日本にある世界の名画入門 美術館がもっと楽しくなる』カッパブックス

…鑑賞というのはゆっくりした気持ちで見てこそのもので、能率本位の事務的な「検索」とは違うのである。でも、あの物凄い列にもかかわらず参入していく様子を見ていると、鑑賞と検索とを取り違えているんじゃないかと思われてくる。
 では原画を見るのは諦めるのか。
 そんなことはない。日本には美術館はたくさんあるのだ。日本国民の勤勉と納税貯蓄のおかげで、最近の美術館にはたくさんの世界の名画が入ってきている。
 展覧会というと企画展ばかりが目立つが、美術館にはそれぞれの収蔵品がいつも常設展示されているのである。こちらのほうはひっそり静かで、ゆっくりと落ち着いて、存分に鑑賞することができる。
 名画鑑賞というのは、あれを見たこれを見たということだけで終わるスタンプラリーではなくて、それを見ることで自分の目が変化したり成長したりすることを楽しむ行ないである。名画はそういう自分の目のための道具なのだ。
 そういってしまっては名画に悪いようだが、なに、いまは名画となっているけど、もともとはその画家が、自分の目の変化と成長を楽しんで絵具を塗っていたものなのだ。…
 一人の人間にとってもそうだが、人類にとっても、その時代時代に描いている絵は、通して見ると変化発展していく。
 一つの描き方でずうっと描いていけばいいじゃないかと思うのだけど、いざキャンバスに向かって描く人間にとってはそうはいかず、新しい絵を描きたい、新しい絵のスタイルを自分でつかみ取りたいというのは、人間の業のようなものだ。
 とくに現代、画家それぞれのオリジナルの追求ということが、激化して、鑑賞に堪える堪えないというより、鑑賞ということを離れた表現にまでいってしまって、現代美術ではいったいどこに絵があるのかわからないという様子を見るにつけ、新しい表現を求めてしまう欲望というのは、つくづく人間の業だと思わざるをえないのである。
  (4-5ページ)

ウエスト・サイド・ストーリー(III)

 同居人は夜介護の水曜、ひとり晩ご飯はキムチと餃子をのせた煮込みうどん(先週と似ている)。阪神が甲子園に戻って巨人に勝ち、それを見終わってから今日借りた『ニャーンズ・コレクション』(小学館)を読んでしまう。猫がはいりこんだ世界の名画について赤瀬川がいつものようにコメントしたもの。「最後の晩餐」や「オランピア」にも猫がいたのだなア、と気づかされる。

 「カイコやクモが糸を作る時、大気中から二酸化炭素(CO2)を取り込んでいること」が実験によって明らかになったそうだ。光合成をする植物やら微生物の一部だけが二酸化炭素を取り入れることができる、というのがこれまでの話だったはずで、まさに「生物学の常識を覆す発見」。どーなるのでしょうか。

 
 「ブックマーク」はもうあとひといきで版下完成。これができたら印刷して、折って、封筒に入れて、切手を貼って… … …

ウエスト・サイド・ストーリー(II)

 ミュージカルを見慣れていないせいか、スラングまじりのエイゴについていきかねたせいか、(さすが主役を張る俳優の声量はたいしたもんやなー)とか、群舞の場面では(あ、あの人ちょっとテンポずれてるんちゃうん)という感想がのこった。とはいえ、前から4列目の中ほどの席で音楽も俳優の歌声もよく聞こえ、俳優の表情も動きもよく見えて、(ナマを近くで見ると迫力あるな~)と思った。

 「ウエスト・サイド・ストーリー」も今では”お約束の古典”という位置にあって、忠臣蔵のような楽しみ方をおそらくするのだろう。その楽しみ方に自分がまだ慣れていない、という気がした。
 父ちゃんのほうは、歌はレコードやCDで全部もっているといい、それは全部よくわかったと言っていたが、一幕目は「ちょっとつまらなかった」と言うだけあって、隣でときどき舟を漕いでいた。私の前に座っていた人も舟を漕いでいたので、そうだったのかもしれない、と思った。

 終演後「コーヒー飲みたい」と思っていたが、父ちゃんの辞書購入につきあっていたら時間をくって(結局父ちゃんは活字の大きな国語辞典を一冊購入)、退勤ラッシュになるのはいやだと主張する父ちゃんが早く帰りたがったので、またもやあきらめて駅で父ちゃんと分かれた。

 最寄り駅の喫茶店でコーヒー飲もうかなと思っていたが、先にツイ買い物をしてしまって、それから図書館へ寄ったら日が暮れて、コーヒーは飲まずに帰る。図書館で「赤瀬川原平」を検索してみたら、ずいぶん所蔵があり、その中で最寄り館にあるうちの2冊を借りた。『ニャーンズ・コレクション』(小学館)と『千利休 無言の前衛』(岩波新書)である。図書館から借りた本では赤瀬川原平の文章も含む山下裕二が編・監修の『雪舟はどう語られてきたか』(平凡社ライブラリー)を今よんでいるのだが、テンポのよい赤瀬川モノに比べて、かなり眠くなる文章もあって、3分の2ほど読んだところ。これは冒頭の橋本治による2文がオモシロかった。

 さらに図書館で料理本のコーナーをうろつく。昼が蕎麦だけだったので、空腹感もつのってきて、じゅるじゅるしながら料理本をいくつかめくる。うろうろした挙げ句、『新グッチ裕三のこれは旨い!』(ブックマン社)を発見してこれも借りた。

ウエスト・サイド・ストーリー(I)

 昨日は明け方にざんざか雨が降り、(出勤時にはあがってくれえ)と思っていたらちゃんと雨はあがり、昼間はどちらかというと晴れていた。夕方からまた雲が出て、また強い雨。
 夜には「施設ボランティアコーディネーターのネットワークなんとか」という集まりへ係長と一緒に出てみた。20人余り集まったのは特養や老健などいわゆる福祉系の施設の人がほとんどで、施設ボランティアに関する悩みといってもイロイロやなあと思う。が、「ボランティアの交通費をどうしてますか」「困ったボランティアを断るには」という話にはそれなりの共感も持てた。アイスブレイクの誕生日順並びと他己紹介をやったところで時間がきておひらき。その後チョットだけ飲みにいって、「べてるの家」の話が出たりして、おー通じる人がいた!
 この会場への行き来のときにはずいぶん雨がひどかったのだが、最寄り駅まで帰ってくるとあがっていた。赤瀬川の『日本にある世界の名画入門』(カッパブックス)を読んでしまう。あいかわらずオモシロくてハマる。

 一日出勤して今日はまた休みをとる。父ちゃん孝行で、一緒にミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」を見物。昼前に待ち合わせて、蕎麦屋でかるく蕎麦を食べ、まだ時間があるからとジュンク堂の辞書コーナーでぶらぶらする。父ちゃんの辞書好きも筋金入りで、先日は古本屋で漢和辞典の大きいのを買った、などと言いながら、コクゴ辞典と漢和辞典の棚のまえで、うろうろと物欲しげにしている。
 「買うにしても、帰りにしよーや」と、ミュージカルの会場・フェスティバルホールへ歩く。えらい人である。まだちょっと時間があったので、コーヒーでも飲もかと喫茶店を物色するも昼時ゆえいっぱいで、「人が多すぎる」と人混みダイキライの父ちゃんが拒絶するので、コーヒーをあきらめる。それでさくさくとホール内へ入る。えらい人である。その人出対策もあるのか、かなり寒い風が惜しげもなく吹きつける…と感じられるほど効いた冷房。寒かった。

蝙蝠という吉祥柄

 キャンプの翌日は休んどけ、ということで同居人とも休みをとった月曜日。いつもよりゆっくり寝て、洗濯日和にて2度の洗濯。今日も温風が吹いてよく乾きそうである。午前中からじわじわと暑くなってくる。

 ちょっと遅い昼ご飯はキムチ入り焼き飯に人参とキュウリのサラダ。2時をまわってから、大阪歴史博物館へ出かける。「韓国のこころと暮らし」という特別展をやっているのである。
 図書館を経由して本を返して、借りる。今日借りたのはリクエストしていた2冊、赤瀬川原平の『日本にある世界の名画入門』(カッパブックス)と天野祐吉・安野光雅『ことば・把手・旅』(暮しの手帖社)。赤瀬川本を電車で読みつつ行く。

 谷四の駅をずーっと端の出口まで歩いて上がったら、歴博があった。難波宮跡の公園が道をはさんだ向こう側。もう4時前だったので特別展だけぶらぶらと見る。並べてあるのは高麗大学校博物館所蔵品だそうだ。特別展会場の6階まであがるエレベーター内で、サービスなのか??と訝しく思うような怪しい音楽が流されていて不気味。

 特別展。どこでも似たようなモノがあるのだろうが、吉祥の柄というのがおもしろかった。蝙蝠(こうもり)が図案化されたものが、戸棚の引き手デザインになったり、枕の柄になったり、祭事用のあれこれに刺繍されたり…していた。とにかく「コウモリがたくさんあった」のである。コウモリがめでたいのかア、日本にはないような気がするなーと思う。

 帰ってからちょっと調べてみると、蝙蝠の「蝠」が「福」に通じるから縁起がいい、というのが中国にあるらしい。それと同じなのやろか。

 特別展を見てから、歴博と隣接するNHKのBKプラザを見物する。仁鶴の生活笑百科や4時です上方倶楽部の収録風景が見えた。売店で『グッチ裕三の早うまレシピ』という本を買ってしまって、晩飯の一品はそのなかから「じゃこピーうどん(ちりめんじゃことピーマン入りの焼きうどん)」が選ばれる。シェフ同居人作。もう一品はサムギョプサル(もどき)。それにビールをちょこっと飲む。

 昼間あれだけカンカン照りだったのが、夜になって雨のニオイがするなと思ったらけっこう降り出した。明日から数日は雨まじりらしい。
 明日から仕事。久々という気もしてしまう。

現在の視点から(II)

 特別展「眼の革命 発見された日本美術」のテーマは、世間を覆う既成の価値観に縛られることなく、自分の眼を信じて新しい価値観を世に発信することの困難と、それを成し遂げたことの偉大を検証することにあったが、展覧会を通してそれを確認したと同時に、柳や岡本たちに未開の地が残されていたことの幸運も、思わずにはいわれなかった。…
 …細分化され専門化が進んだそれぞれの領域において、過去のフィルターにとらわれることなく新たな眼で作品を見つめ直し、たとえ小さなものであっても、新たな価値を見出す努力を怠るわけにはいかない。…
 柳の説いた「直下に見る」精神を、今一度肝に銘じたいと思う。

  (130-132ページ)


「『眼の革命』--日本美術の発見者たち」矢島新
 1 柳 宗悦--民芸の発見
 2 岡本太郎--縄文の発見
 3 辻 惟雄--奇想の系譜
 4 近世宗教美術の発見(円空と白隠)
 5 赤瀬川原平--超芸術トマソンの発見
 6 「眼の革命」から日本美術の構造を考える
   結びにかえて--現在の視点から

現在の視点から(I)

矢島新/山下裕二/辻惟雄『日本美術の発見者たち』東京大学出版会

…どのような視点で過去の作品を見るべきか…
 過去の美術作品を考える際、作品が制作された当初の状態を想像し、それをその当時の価値基準で評価する立場がまずあるだろう。(頭の中で)古色を取り去り、金箔や彩色を復元し、現在は作品が失われてしまった分野や時期についての考察を加え、当時の状況をできる限り再現し、当時の基準で評価する。それは歴史上の真実を追究しようとする姿勢であり、学術研究者の立場と言える。歴史の神様には誉められるに違いない。
 別の立場もあり得る。過去に制作された作品であっても、現在それを見る者に感動を与える存在ととらえる、すなわち現在の視点で作品を評価する立場である。円空や木喰の仏像に近代の木彫に通じる要素を認め、展覧会を開催した近代美術館の例は分かり易いものであるが、本稿で取り上げた眼の革命の多くは、そうした現代を生きる人間の視点に立脚するものだったと言ってよいだろう。岡本の、「かんじんなのはわれわれの側なので、見られる遺物のほうではない」という発言が、その立場を雄弁に語っている。
 どちらの立場が正しいかと問うことは、あまり意味がないだろう。それぞれの立場があり得る。ただ、優れた作品というものが、たとえそれが何百年前に造られたものであっても、今現実に存在し、見る者に感動を与える生きた存在であるのは忘れてはならない。どんな学術研究も、そこから出発しているはずである。もちろん感動の質は様々であって、平安仏画を見る時と白隠の大達磨を見る時、天平の仏像を見る時と円空仏を見る時、あるいは春信の美人画と国芳の戯画を見る時のそれは自ずと異なるが、われわれの視覚を現実に刺激する点ではかわりがない。古美術と呼ばれてはいても、作品は現在を生き、見る者に感動を与えてくれるのである。逆に言えば、見る者にインパクトを与える力を持った作品でなければ、美術館に展示する意味は薄い。そのような意味において、展覧会の企画に携わるわれわれ学芸員は、現在生きている者にとって価値ある造形をこそ、展覧会に取り上げるべきなのではないだろうか。

 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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