FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

本買って、コロッケ食べて、映画見て(I)

 昨日は書類かきは時間内に終えたものの、ロビーに並べるチラシの仕分けと設置に時間がかかってザンギョー1時間半。へろへろと帰宅。職場で外を見たときは雨は降っていなかったのに、電車に乗って、駅まで戻るとぽつぽつ雨が降り出していた。買い物して帰宅。
 晩ご飯はタイ焼きそばby同居人。それからビール。
 布団に入って、『海辺のカフカ』を終わり近くまで読むが、眠気がやってきて、あとすこし残して就寝。

 今朝はぽつぽつと水の音がしていて、雨がほんのすこし残っていた。布団で『海辺のカフカ』を読んでしまって、ゆっくり起きて、バナナ食べて、ぜんざい食べて、コーヒーを飲む。

 『海辺のカフカ』で出てくるナカタさんというおじさんに、ホシノ君という若者が語りかける。ここを読んで、「変わる」ということを考える。変わらない、変えられないと思っていたことも、するりと変わることがあるのかもしれない。

▽「俺は思うんだけど、その中でもいちばん不思議なのは、なんといってもおじさん自身だ。そう、ナカタさんだよ。なぜおじさんが不思議かってえとだね、おじさんは俺という人間を変えちまったからだ。うん、このたった10日のあいだに、俺は自分がすごく変わっちまったみたいな気がするんだ。なんていうのかね、いろんな景色の見え方がずいぶん違ってきたみたいだ。これまでなんということもなくへろっと見てきたものが、違う見え方がするんだよ。それまでちっとも面白いと思わなかった音楽が、なんていうのかね、ずしっと心に沁みるんだ。で、そういう気持ちを誰か、同じようなことがわかるやつと話せたらいいなとか思っちまうんだ。そういうのはさ、これまでの俺にはなかったことだ。それでだね、どうしてそんなことになったかというとだね、それは俺っちがずっとナカタさんのそばにいたからなんだ。そしてナカタさんの目を通してものを見るようになったからなんだな。もちろん何から何までをナカタさんの目を通して見ていたわけじゃねえよ。でもさ、なんていうのかごく自然に、俺っちはおじさんの目を通していろんなものを見ていたんだね。どうしてそんなことをするかというとだね、俺はおじさんが世界を見る姿勢みたいなのをけっこう気に入っていたからだ。だからこそ俺っちは、このホシノくんは、ずっとここまでおじさんについてきたんじゃねえかな。

天災は忘れられたる頃来る(II)

 そして、寅日子宗匠の俳句論。
▽「…感じと表現とは区別する必要がある。自然に対してある感じを得たとする。その感じそのままを十七字に並べるのでは俳句にならない。その感じの原動力となるものを発見してそれを適当な修辞によって表現し、読む人に同じ感じを起こされ[ママ]るのがartsとしての俳句であります。…」(松本哉、212ページ)

 これは、若い二人の弟子(湯本清比古と中谷宇吉郎)にあてた長い手紙のなかにあるという。

 寺田寅彦といえば『柿の種』くらいしか読んだおぼえがないので、他の本もつるつる読んでみたく思う。そして、似たニオイのする熊楠やら魯庵をまたそろそろ読みたくなる。

 今日は定時で終わって帰宅。駅前ビルにできた生協が今日から開くので、帰りにのぞきにいく。生協だけが今日から開くのかと思っていたら、もう他の店もあらかた開けていた。ぐるぐると買い物かごを持ってまわって、いろいろおいしそうなので買い込む。

 晩ご飯は前菜に焼き空豆。それから、フグの干物にご飯、白ネギとブロッコリーと能登岩のりの味噌汁、汲み豆腐、ホウレンソウの胡麻和え。フグの干物でご飯がすすむすすむ。しかしWeの原稿はすすまず。

天災は忘れられたる頃来る(I)

 晴れているが、昨晩から気温がやや低く風が冷たい。寝かたがおかしかったのか、左の肩が痛む。行きの電車で、同居人は杖を見て席を譲られていた。
 出勤のときと昼休みで『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』を読んでしまう。帰りの読みモノがないないと思いつつ、紙片を挟んだページをはじめから眺める。この本、出典が十分明らかではないが(索引もついているが今ひとつ;新書だから調べたいなら自分で確かめればよいのだけれど)、寺田寅彦の書いた文章を随所に引用していて、それがやはりおもしろい。 

▽「子供から青年までの教育機関はあっても中年、老年の教育機関が一向にととのっていない。しかし、人間二十五、六まで教育を受ければそれで十分だという理屈はどこにもない。死ぬまで受けられる限りの教育を受けてこそ、この世に生まれて来た甲斐があるのではないかと思われる。現在ある限りの学校を卒業したところで、それで一人前になれるはずがない…
 …中年学校、老年学校を設置して中年、老年の生徒を収容し、その教授、助教授には最も現代的な模範的ボーイやガールを任命するのも一案である。
 子供を教育するばかりが親の義務でなくて、子供に教育されることもまた親の義務かもしれないのである。」(松本哉、15-16ページ)

 これは『猫の穴掘り』という本に載っているらしい。

▽「自分は高等学校のとき先生から大変にいいことを教わった。それは、太陽や月の直径の視角が約半度であること、それから腕をいっぱいに前方へ伸ばして、指を直角に曲げ、視線に垂直にすると、指一本の幅が視角にして約二度であるということであった。それでこの親譲りの簡易測角器械さえあれば、距離のわかったものの大きさ、大きさのわかった物の距離のおおよその見当だけは目の子勘定ですぐつけられる。
 これも万人が知っていて損にならないことであるが、樹を見ることを教えて森を見ることは教えない今の学校教育では、こんな『概略な見当』を正しくつけるようなことはどこでも教えないらしい。高価な精密な器械がなければ一尺と百尺との区別さえもわからないかのように思い込ませるのが今の教育の方針ではないかと思われることもある。これも考えものである。」(松本哉、151ページ)

 これは寅彦の最晩年、昭和十年の一~五月『中央公論』に連載された「自由画稿」の十五回目「視角」のなかにあるのだそうだ。

遅番

 初めての遅番である。午前中は洗濯して干して、NHKの教育テレビをつけっぱなしにしながら、Weの次の原稿を途中まで書く。

 昼から出勤で10時前まで。夕方からの受け付け当番がまずあって、これも初めてである。電話が鳴るとビクビクし、受け付けに人がくるとドキドキする。貸し室の予約電話やキャンセル電話、当日の貸し室利用への対応、貸し室利用の料金支払い等々。集中するときには電話が2つ鳴って、受け付けに人が来て、また人が来て、前の書類を途中まで書いての応対、ああどこまで書いたっけ…なかなか忙しなくて大変である。

 無事に夜間の貸し室も終了し、施錠等の見回りをして、閉めて出る。飲んでもいないのに10時過ぎにターミナル駅を歩くのが新鮮である。 

 『海辺のカフカ』は上巻を読み終えて、下巻へ。『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』も終わりが近づく。
今日は昼に出勤のとき、時間に余裕があったので途中でぶらっと画材屋へ寄って、久々にスケッチブックを買った。スケッチブックを手にするのはほんとに久しぶりである。なにかかきたくなるなあと思う。

ザンギョー

 朝は雨。出る頃にはなんとかあがっていて傘なしで出勤。夕方には晴れてきていたようだ。定時で終わるつもりが、タイミング悪く電話、それを係長に取り次いで、それで…などとやっていたら、2時間もザンギョーになってしまった。超過勤務がちゃんと(?)つくのは新鮮だが、ザンギョーせんですむように、とっとと仕事をすませなければ。

 同居人の帰宅から半時間余り遅れての帰宅。結局外食でK飯店。

 もうすぐ読み終わる『海辺のカフカ』と、通勤の供になった松本哉の『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』(集英社新書)と、どちらも早く続きを読みたいが、バタバタとする毎日。

 明日は初めての遅番。シフト制に慣れられるかどうか。
 

クシャミ連発

 昨日の快晴ぷらぷら散歩のおかげか、今日もまた天気がよかったからか、朝からクシャミ連発。花粉症らしさバクハツ。「風邪ですか?」と聞かれもする。

 新しい職場の建物のなかは、ブラインドが下りていて、天気がいいのかどうかもよくわからない。「クソッ、こんなエエ天気の日に…」と思わなくてすむのはいいような、さびしいような。
 まだ慣れずとにかくくたびれる。終業時刻が待ち遠しい。

 晩ご飯は前菜に昨日のソラマメをむいてグリル焼き。ウマイ。そして干物を焼いて、ジャガイモと人参の味噌汁、切り干し大根とすき昆布の酢の物、ご飯。
 NHKの「ちゅらさん2」を見ながらの夜のおやつは、土曜から仕込んだぜんざい。思っていたよりあっさりした甘味に仕上がっていた。

 『海辺のカフカ』は上巻をもうすぐ読み終わる。血なまぐさい感じの描写が折々に挟まれる。

快晴・花見の散歩

 昨日まで2日間の雨と寒さがウソのように朝から晴れて、洗濯日和。もちろん洗濯。今日は気持ちよく乾きそうだ。洗濯物を干して、コーヒーを飲んで、どこへ行くどこへ行くといいながら昼近くなって花見の散歩に出かける。外は初夏の陽気といってもいいくらい、よく晴れてあたたかい。町行く人の服装を見ていると、昨日までの冷え込みのせいか、気候のわりには若干厚着。

 同居人の手引きで、O駅を起点に桜を見るコースでぶらぶらと歩く。ぞうの公園の桜→墓場の桜(これはうつくしい風景だった)→高校玄関の桜(しだれ桜が満開)という具合に歩く。桜は咲いてはじめて「ああここに桜があったのか」と気づかせてくれる木である。何度か通ったことのある道でも、桜が咲いていると新しいものに感じられた。暑すぎず寒くもなく、散歩にもちょうどいい。

 住宅地を抜けてH公園へ出てみると、ここは家族連れイヌ連れグループ等々でいっぱいである。公園近くの豚カツ屋で弁当を買う予定が、折悪しく品切れ。仕方ないので近くでビールとソーセージを買って、休憩がてらH公園でちょっと座って飲む。陽差しが強く、ビールを飲むとほかほかしてきた。

 人が多いH公園に深入りはせず折り返しS駅へ向かって歩く。途中のお菓子屋で同居人がプリンとシュークリームを買い、それをまた近くの小さい公園のベンチで食べる。見上げると、青空に桜が映えて、きれいだ。ビールにおやつで小腹も満たされ、S駅→Y駅→J駅→T駅と、2人とも定期があるのでちょこちょこ乗り降りして移動。Y駅でコロッケ!J駅でお焼き!と同居人が計画していたのだが、これもY駅のほうは店が休み、J駅のほうは店がなくなっていて実現せず。どちらもぶらぶらと商店街を歩いて楽しむ。結局、小腹がすいてT駅でタコ焼きを食べた。

 よく歩いて、さすがに少々くたびれて帰宅。帰ってからもう一度洗濯。朝干していった洗濯物はすっかり乾いている。ついでに風呂掃除。晩ご飯は買ってきたレトルトカレー。空豆も買ってきたが同居人が手抜きで焼かず、明日まわし。

 読みかけだったナンシー関の『天地無用』(文藝春秋)を読んでしまう。『週刊文春』に連載していた「テレビ消灯時間」の最後をまとめたものだ。それから少しウトウトしながらこちらも読みかけの『海辺のカフカ』を読む。

新年度

 4月1日から新しい職場に移った。
 通勤時間は同じくらいだが、出勤はこれまでより少し早い。しょっぱなから遅刻しても、ということでとりあえず30分早く起きている。
 途中の駅までは同居人と一緒に出る。1日は「信号故障」があったそうで電車が遅れ、ちょっとあせった。

 まだまだ慣れず、キンチョー感もモリモリで、かなりくたびれる。まわりの人がしゃべるコトバに、私にとっての”ジャーゴン”が多く含まれていて、何のことやろか?と思うことも多い。

   
 今日は昨日に引き続き雨。菜種梅雨である。しかも気温が低く、「さむい」。石油ファンヒーター用の灯油はもうなくなって買い足していないし、つい先日ホットカーペットが壊れてしまった。暖房器具がまったくなくなって、さむいときには布団乾燥機をつけている状態。

 31日の月曜まで前の職場、1日から新しい職場と、激動の一週間。歓送迎会など宴会も続き、疲労蓄積。今日は久しぶりに昼近くまで寝た。

 夕方になって雨もあがり、近所まで買い物に。風が冷たく、同居人は「雪が降ってもおかしくない」とまで言っている。暖房器具なしでこの冷え込みはこたえる。

 晩ご飯は「とり野菜味噌鍋(ピリ辛)」に、豆腐、ビール。晩ご飯を食べながら、NHKアーカイブスで1982年放映のNHK特集「一年生になりました・五つ子・6年間の記録」の再放送を見る。五つ子という世界でも珍しい多胎児たちの成長の記録、という色合いが濃い番組で、これはこれで同じ日に生まれ、同じような環境で育った子どもたちに芽生えてくる個性、といった興味のもてるものである。
 が、多胎妊娠が生じたのはこの頃保険適用になった排卵誘発剤によるものだということは明白で、「子どもがほしい」と思っていた”不妊”の夫婦が、一転していちどに5人もの子どもをもつことになった、というところを突っ込んだ番組も見てみたいと思った。

 このNHK特集はむかーし見たことがあるような気もするのだが、今回見て印象に残ったのは、この極小未熟児のケアがきっかけとなって、産婦人科と小児科が連携し、妊娠中の母体から生まれた子どもまでを一貫して見ていくというセンターができたことだった。

4月に読んだ本

4月に読んだ本(読み終わった)本のリスト:
○毛利子来『新編 小児科の窓口から-育児の反省-』ちくま文庫
○上前淳一郎『フレッシャーのための読むクスリ ベスト・セレクション』文春文庫
○ナンシー関『天地無用 テレビ消灯時間?』文藝春秋
○村上春樹『海辺のカフカ(上)』新潮社
○松本哉『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』集英社新書
○村上春樹『海辺のカフカ(下)』新潮社
○吉田秋生『ラヴァーズ・キス』小学館
○毛利子来『子どものからだ・子どものこころ 小児科先生の子育てないしょ話』PHP文庫
○横川和夫『降りていく生き方 「べてるの家」が歩む、もうひとつの道』太郎次郎社
○宮本みち子『若者が《社会的弱者》に転落する』洋泉社新書y
○中村和恵『降ります さよならオンナの宿題』平凡社
○木田元『闇屋になりそこねた哲学者』晶文社
○中島梓『ベストセラーの構造』ちくま文庫
○橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』ちくま新書
○三好春樹『元気がでる介護術』岩波アクティブ新書
○群ようこ『生きる読書』角川oneテーマ21

九分咲きの桜

 4月4日、ハハの命日。あれから4年。
 桜は九分咲きで、あの日に似ている。

 終日雨で、肌寒い。
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ