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映画・散歩(III)

 今日は昼ご飯を父ちゃんちで食べる約束で、軽く朝ご飯を食べて、モノレールに乗って父ちゃんちへ向かう。最寄り駅から20分ほどぶらぶら歩いて父ちゃんち着。妹2号も合流。父ちゃん手製のピッツァなどで昼ご飯。この2年ほどパン焼き器を買ってまでパンを焼き続けた父ちゃんもさすがに飽きてきたらしい。これからしばらくはピッツァをつくると言っていた。

 食後、苺と林檎を前に、紅茶をいれてしばらく4人でしゃべる。ひとやすみしてから、父ちゃんちを出て、妹2号も一緒に散歩がてら駅まで歩く。最寄り駅ではないが、私と同居人がかつて住んでいたアパート近くを通って、この数年のあいだの’変化’に驚きつつ(変化のあった場所の多くはマンションになっていた)、40分余りの散歩。この数年はクルマやバスで通っても、歩いてみることは少なかっただけに、驚きが多かった。

 2駅乗って妹と分かれ、さらに3駅乗って、J書店をめざす。まずコーヒーでひとやすみ。それから同居人といったん分離して、私は本屋へ、同居人は電器屋へ。ふだんはネットの本屋で検索して買うことが多いため、たまに本がたくさん並ぶ書店へでかけると、ああこんな本もあったのかと新鮮だ。哲学・思想の棚付近であれこれ立ち読みをして、エリック・ホッファーという哲学者の本に興味を持つ。帯や短評から察するに、ヴェイユのような人であるらしい。去年が生誕100年だったので、長く品切れになっていた本もいくつか復刊されたり新装版で出ているということらしい。どれかを買おうか、どうしようかとその付近でしばらく立ち読みをして、ホッファーは別の日に買うことにして、今日は残っていた図書券で内田樹と鈴木晶の『大人は愉しい-メル友おじさん交換日記』(冬弓舎)を購入。同居人と合流して、帰宅。風は冷たいが、冬の寒さではなく、昨日も今日もセーターを脱いでの外出だった。
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映画・散歩(II)

[中略]

 私は、中国へ旅行に行った時、中国人の前で『ねこふん』を弾き拍手かっさいを浴びたことがある。「あなたは音楽家なのか」とまで言われた。同じくアメリカでホームステイしていた人も、ホストファミリーに『ねこふん』を披露し、大騒ぎになったそうだ。少なくとも中国・アメリカの2大国の人は『ねこふん』を知らない。何かの時にハッタリかますのに覚えておいても損はない。

 「教育」の機構に組み込まれていたわけでもないのに、日本人が『ねこふん』を両手で弾けるその割合の高さは驚異的といえる。現在では、邪道とされ楽譜もなかった『ねこふん』をちゃんと教育として取り入れるピアノ教室も多いと聞く。楽譜もある。楽譜ってのを一見すると結構音符が細かくてちゃんとした曲のように素人には見える。もう『ねこふん』は民間伝承の域を脱したのか。ちょっと寂しい。(163-166ページ)

 映画は「T.R.Y.」という作品。私がタダ券を1枚もっていて、同居人は障害者手帳の提示で1000円になる。2人で500円ずつの娯楽。映画をみるのは本当に久しぶりだ。映画館内はよく暖房が効いていて、映画がつまらなければ絶対寝るだろうという状況だったが、ウトウトすることもなく、なかなかおもしろく見物。織田雄二演じるペテン師・伊沢の話。20世紀初頭の上海を舞台に、騙したつもりが騙され、さらに敵を欺くにはまず味方からを実行する伊沢、と寝るヒマなく楽しめた。’井上尚登のベストセラー小説を映画化’したものらしいが、全く知らない。いつか読んでみるかな。

 つめたい雨はまだやまず、最寄り駅まで帰り着いて、K飯店へ行こうとするも行列する満員で、焼鳥屋へ進路変更。カウンターをはさんで、マスターとあれこれしゃべりながら12時頃まで過ごす。いつもながらおいしくて、その上びっくりする安さ。

映画・散歩(I)

 昨日の午後は、つめたい雨のなか、図書室経由で映画見物に。リクエストしていたナンシー関の『何はさておき』(世界文化社)が入っていたので、それを行き帰りの道中読む。「ねこふんじゃったの謎」がおもしろい。

▽<b>「猫のひたいで流行るモノ」?--ねこふんじゃった 1993年</b>
 ギターを弾ける人とピアノ(キーボード)を弾ける人の「意味」は違う、と私はかねがね思ってきた。ピアノを弾けるということは教育を受けたということだからだ。

 ピアノを弾けない者にとっては「両手を使って弾く」ということが、「弾ける」ということに関しての認識点である。右手人さし指1本で『チューリップ』を弾けたところで、それは「弾けた」には数えない。両手を別々に動かしながら弾く姿をもって、初めて「弾ける」とするのである。
しかし、「弾ける人にも弾けない人にも弾ける」という不条理が成立しているのが、御存知『ねこふんじゃった』である。

 どうしてみんな『ねこふんじゃった』だけは両手で弾けるのだろう。それも、習ったわけでもないのに。『ねこふんじゃった』の弾き方を後世に伝える意志が世の中にあるとは思えないのに、どうしてちゃんと伝わっているのか。今月は「民間伝承の巨星・ねこふんじゃったの謎」に迫りたい。

 まず不思議なのは、誰もが口を揃えて「習った覚えもないし、いつどうやって弾けるようになったかわからない」と証言する点である。まさに民間伝承。ピアノを習っていた人に聞くともっと興味深い答えが返ってきた。「ねこふんじゃったの楽譜というものを見たことがない。私もいつの間にか覚えたが、ピアノの先生に”ねこふんじゃったを弾いてはいけない”ときつく言われていた」と言うのだ。ある時期の全国のピアノ教室では「ねこふん禁止令」がそれぞれ言い渡されていたらしい。フォームが崩れるから、が理由だそうだ。禁止しなければ弾いてしまう。ピアノの先生も邪道とは言いながら『ねこふん』の底知れぬ不気味な伝播力を無視できなかったのであろう。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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