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読んだり、書いたり、編んだり 

校正

 朝からさる原稿の校正にいそしむ。今週中に戻さなければならないのでちょっとあせっている仕事だ。校正といっても、話し言葉から文章になおすので、原稿直しに近い。昼まで校正をして、昼からは授業に出て、そのあと学部生のレジュメを読んで、日暮れ近くなってからまたしばらく校正をする。話し言葉は話をしたときの場で通じても、その場を離れると、必ずしもそのまま読んでわかるものにはならない。書き言葉へ移していくというのは、言葉が文脈を失うということなのだなあと思う。

 水曜の午後の授業では今、クリストファー・ラッシュの『エリートの反逆』(新曜社)を読んでいる。数年前に訳本が出たとき、この本を紹介する原稿を書くことになって、そのとき3度ほど読んだ。そのせいで本がボロっちくなってしまった。ラッシュの文章は、さらっと読んで分かるものではないけれど、スルメ本であって、読みながらあれこれのことが浮かんでくる。今日読んだのは8章の「公立学校」と、9章の「失われた論争術」。この本のなかでも最もおもしろいところ。「失われた論争術」の話を読みながら、宮本常一が書きとめた「村の寄りあい」を思い出し、現在の(americaの)公立学校の基礎をつくったといえるホレース・マン批判の文章を読みながら、清水真砂子が語った「戦争を生きのびるより、平和を生きのびるほうが難しい」ということを思い出していた。おそらく、清水真砂子がこう言うことに対して、戦争がいいというのかといった強い批判をする人(結構多いらしい)がホレース・マンのような人なのだろうと思った。

 すっかり日が暮れて、冷たい風が強く吹く中を帰宅。玄関近くなって仕事帰りの同居人と会う。今晩は夜介護で同居人は留守。ひとりご飯は、トックを浮かべた水餃子。生姜と葱を散らして、スープ仕立てにして、よーく暖まってから、洗濯をした。先の週末に洗濯物の山を半分しか崩せず、同居人のワイシャツと防寒肌着のストックが尽きたため。

 久々に本読み風呂にして、『忘れられた日本人』を読む。行き帰りのモノレールでもおもしろくて止められないくらいだった。前に読んだときよりも、自分が興味をおぼえるところが増えているような気がする。人の暮らし方がどう変わってきたのか、どういうことがあって変わってきたのか、変わらぬものは何か、そんなことを考える。

 帰って続きをと思っていたが、校正には手をつけられず。
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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