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読んだり、書いたり、編んだり 

スッポン鍋(III)

 Ka女子大の明日の授業をにらみつつ、久しぶりに松本修の『全国アホバカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(太田出版)を読む。『アホバカ分布』を読むのは、もう三度目か四度目だ。美術館見物の帰りの電車で柳田國男の『毎日の言葉』(新潮文庫)も読んだところで、コトバの変化は不思議な規則性をもっていて、オモシロイとつくづく思う。そして、それを調べ、記録し、考察していく深さ。

 柳田國男は「ヨマイゴト」という項でこのように書いている。

▽・・・はっきりそれだとまでは私には言い切れませんが、中国地方には今でもヨーマという語があるのです。・・・その語の感じはどういうことであるのか、広島県出身の方たちに思い出していただきたいのですが、私は是を「ようもまァそんなことが言える」という文句を、わかり切って居るので省略したものと解して居ります。関東の方では今日はむろんようまアとは言いませんが、それでもまだ古風な物のいい方をする人たちは、「よくもまアそんな云々」と、文句の中間にまアを挿むのが普通であり、今日も女の人たちが盛んに用いて居られるマアという間投詞などは、その大半が是と同系統の、軽い驚きの感じを示して居るのであります。東北に行って見ますと、この「まァ」をマズ・マンズと発音して居りまして、是が「先ず」即ち何よりも此点に心を引かれるという感情の、表白であったことが認められます。人の物言いや行為を批難する為に、以前はこのヨーマーを器械的に、頻繁に用いる時代があって、それがヨマウという動詞を発生せしめたのは、京か大阪か、とにかく西の方の都会地であったのが、既に動詞になってから後に、段々と東の方へ普及して来たのでは無いかと、私は想像して居ります。(61-62ページ)

 このように推論する柳田は、ヨマイゴトに「世迷言」などという奇妙な漢字を宛てるのは少しも当てにならないと書いている。

スッポン鍋(II)

 展示品と同じくらい面白かったのが、図録や資料類の置かれたホワイエに並べられていた、大正年間のこれら「クラブ石鹸」「クラブ白粉」等の新聞や雑誌の広告のコピーである。中山太陽堂の広告のほかにも、コピーされた紙面には「仁丹」「福助足袋」「花王石鹸」「藤澤樟脳」「森永キャラメル」等々の今もある商品の広告が並び、早稲田大学や関西大学ほか学校の募集広告(受験案内)や、「コエタ男女に云々」を初めとするコンプレックス広告など、見ていて実に面白かった。この広告のコピーが欲しいなあ、コピーさせてもらえんのかなあと言いながら、同居人とファイルをいくつか見ていた。大正年間の紙誌のコピーは個人で集めるにはけっこう面倒だから、これはいいなあ、コピーさせてもらえるものなら欲しいなあと思った。残念ながら企画展の図録にはこうした広告のコピーは収録されていない。

 もう一つの常設展「女性を写す―中山岩太―展」もよかった。若き日の、乙羽信子や淡谷のり子のポートレイトがあり、同居人は「淡谷のり子って若い頃すんげぇ美人やったんやなあ」と見入っていた。

 見物がすんだら、えらくお腹が減って、駅前まで戻ってパンを買って食べて小腹を満たし、梅田でデパ地下などをうろうろ。いまひとつピンとこず、そのまま帰る。近所のスーパーで「スッポン鍋セット」を発見し、これ!これ!と同居人が目を輝かせて言うので、今晩はスッポン鍋。
 水からスッポンを入れて炊くと、えらくアクが出たが、それを掬ってしまうと澄んだスープになった。このスープがうまい。じつにうまい。ちゅるちゅるとスッポンの「部分」を食し(いったいスッポンのどの部分を食っているのやら)、甲羅のゼラチン質もせせって食べ、あとのスープは雑炊に。スープのあまりのうまさに、スッポンの「ガラ」を集めて、二番だしもとる。

スッポン鍋(I)

 昼まで寝る。朝ご飯のような昼ご飯を食べて、コーヒー一服してから、芦屋市立美術博物館へ「モダニズムを生きる女性 阪神間の化粧文化」を見物にでかける。先週、逸翁美術館でポスターを見かけ、それで行こうという話になっていたもの。
 初めて降りる阪神芦屋駅から、だいたいの見当をつけた方角へ歩く。住宅街のなかに、この美術館と図書館と谷崎潤一郎記念館とが並んでいる。美術館が建ったのは、バブルぶりぶりだった頃(1990年)に建ったものらしく、奇天烈なデザインと色使いの建物である。やや悪趣味に近い気もする。

 企画展はかなりおもしろかった。
▽明治36年に神戸花隈において設立された中山太陽堂(現、株式会社クラブコスメチックス)は化粧品雑貨を扱う一企業という枠を遙かに超越し、大正モダニズムを体現する文化の中心としてのイメージがあります。明治末年から戦前にかけての文化、特に女性の文化を考える上で、阪神間は欠くことのできない場所であり中山太陽堂はこの阪神間にあって華やかな活動を繰り広げた文化の結晶とも言える存在であったのです。
 「利益の社会的還元」を標榜する中山太陽堂社長・中山太一の視野は時代の先端を見つめ、リードしました。彼の、天才的な広報宣伝活動や出版事業に対する援助、中山文化研究所に見られる特異な活動など阪神間を中心とした知られざる側面を詳細に紹介します。華麗なパッケージデザインや、プラトン社の『女性』・『苦楽』などの出版物、幻のプラトン文具をはじめ、華やかな宣伝広告の全貌を一堂に展示します。(美術館のプレスリリースより)

 今でも使われている「双美人」のシンボルマーク(花を頂いた二人の美人が並んだ図)が大正の頃からもうパッケージに定着している。その石鹸やクリーム、白粉などのパッケージやポスターの原画は、今でも十分通用するような、当時としてはおそらく”最先端”だったろうと思われるものだった。

見舞い

(11/23)
 朝から介護。いつもより早めにあがらせてもらい、妹2号のところへ見舞いに行った。金曜の朝から急に具合が悪くなって、ずいぶん吐いたらしい。うちの鍋の残りのスープ状のものと、お湯を注げば飲める、葛湯やココアなどをとりあえず持参。妹2号はずいぶん弱々しかったが、金曜よりは体調はよくなったようで、安堵。持参したスープを鍋で一度温めて、葱と生姜を刻んで用意し、冷蔵庫が空に近いので一っ走り買い出しに。リンゴ、みかん、ミニトマト、ホットレモン、ヨーグルト、ゼリー、ミニサイズのカップ麺など、すぐ食べられそうなものを見つくろって買っていく。帰ってリンゴを剥いたら、食べられるようだったので、お茶など一緒に飲んで、しばらくしゃべって、帰宅。
 
 晩ご飯は久々にK飯店で食べた。夜は介護調整会議。私は夜中過ぎに帰り、同居人は朝まで徹マン。ものすごく眠い。

(11/22)
 仕事がすんでから、TKちゃんと落ち合って、晩ご飯を一緒に食べる。お互い借りていた本やCDを交換するため、TKちゃんちへ上がり込み、1時間半ほどうだうだしてから帰宅。『OL進化論』の最新刊を借り、ずいぶん前にTKちゃんに貸したものだという内田春菊の『南くんの恋人』を返却してもらった。同居人が夜介護で、静かな夜。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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