読んだり、書いたり、編んだり 

11月に読んだ本

11月に読んだ(読み終わった)本のリスト:
○山本夏彦『編集兼発行人』中公文庫
○永倉万治『大熱血闘病記』角川書店
○山本夏彦『日常茶飯事』中公文庫
○林真理子『女文士』新潮文庫
○林真理子『ミカドの淑女』新潮文庫
○林真理子『天鵞絨物語』新潮文庫
○全国郵政女性管理者の会編『郵政れでぃーすへの応援歌』郵研社新書
○深見じゅん『ぽっかぽか?』集英社
○橋本治『生きる歓び』角川文庫
○三本章『肉じゃがは謎がイッパイなのだ!』小学館文庫
○岩崎久美子、中野洋恵『私らしい生きかたを求めて 女性と生涯学習』玉川大学出版部
○朝比奈大作『図書館員のための生涯学習概論』日本図書館協会
○黒田勇『ラジオ体操の誕生』青弓社
○高橋秀実『素晴らしきラジオ体操』小学館
○秋月りす『OL進化論 19』講談社
○内田春菊『南くんの恋人』青林堂
○柳田國男『毎日の言葉』新潮文庫
○松本修『全国アホバカ分布考 はるかなる言葉の旅路』太田出版
○宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫
○宮本常一『空からの民俗学』岩波現代文庫
○内田春菊『愛のせいかしら』文春文庫
○外川正明『教育不平等 同和教育から問う「教育改革」』解放出版社

自転車で図書室へ(II)

 晩ご飯の後、借りてきた別の本、外川正明の『教育不平等 同和教育から問う「教育改革」』(解放出版社、2002年)を読みかける。あまりおもしろくないような、ツッコミを入れたくなるような、そう気合いが入る本ではなく、途中でやめようかと思いながらも、たらたらと読み終えてしまう。

 教育を受ける重要性という筆者の話は、ところによっては「文字文化に親しめるようになって、単純労務者にならないこと」のようにも読める。そこのところ、筆者の意図とは違うのかもしれないが、私には「教育を受けて、成り上がる(成り上がれる)ことに気づくことさえできない(奪われてきた)部落の文化」という風にも読めて、コトバ足らずなのかなあと思えた。

 また「部落出身者のなかの安定層の拡散(部落の外へ出ていく)と生活困難層の部落への凝縮(部落に吹き寄せられてくる)」という話は、感覚的には分からなくもないのだが、この人の用語として、「部落」とは場所を指すコトバであり、かつ、「部落出身者」とは血筋を指すコトバのようである。前者については、これがお役所用語としての「同和地区」ならば、あれは区域を線引きした箇所を指しているからな・・・と思い、とすると、やはり「部落」の出身であるというのは、血筋のことを指すのだろうかと考える。どうなのだろうか。

自転車で図書館へ(I)

 朝から同居人が鼻をかみ、咳をしている。風邪気味らしい。
 同居人が昼介護にでかけて、私は洗濯物を干してから、自転車で2駅向こうの市立図書館へゆく。さすがに歩いてゆくには遠いが、自転車だと程良い距離だ。近所の図書室が2週連続で土曜休室のため、出かけることにした。

 調べてあった本のメモを忘れてしまったので、記憶をたどって図書館でもう一度検索する。近所の図書室は、絶対ウチより本が少ない、としか思えない場所なので、本棚を見てまわれる十分な余裕のあるここの図書館で、久しぶりにぶらぶらと本をみてまわる。あれこれ9冊借りて、4冊をリクエストした。帰路方面へ自転車をこぎ、小さい古本屋の前を通ってワゴンをのぞいたら、帰り道のやや大きいもう1軒へも寄りたくなって、図書館で借りた本を背負ったまま、古本屋をまたうろうろする。結局3冊買った。「1冊買ったら1冊減らす運動」はなかなか難しい。

 帰りに少し買い物をして、帰ってから、まず借りて帰ったガイドブックをさらっと眺め、休憩がてら内田春菊のマンガ『愛のせいかしら』(文春文庫)を読む。タイトルは知っていたが、未読のもの。マンガを読んでいたら、速達で先日送った校正の「2校」が届いた。マンガを読み終えてから、2校に半分くらい目を通す。おそろしいことに先日の初校では本文にばかり気をとられていて、参考文献リストがかなり怪しくなっていたことに気づいていなかった。なんと2冊の本の情報がへんな具合に合体して1行になっていた(気づいてよかった)。
 
 今日は晩ご飯当番のはずの同居人がすっかり日が暮れても帰ってこず、どないなっとんじゃああと思い始めた頃に「遅くなってゴメンナサイ」と帰ってきた。やはりパチスロに引っかかっていたらしい。晩ご飯はトムヤムクンとタイチャーハン。久しぶりにスパイシィな食卓になった。

読み終わるのがもったいない

 いろいろと用事が立て込み、日が暮れてからも打ち合わせなどがあり、職場を出るのがいつもより遅くなった。同居人の帰りの時間とほぼ同じくらいになりそうだったので、駅の改札でしばらく待っていた。落ち合って、今日はなんか食べて帰ろという話になり、もう一度電車に乗って、隣駅の沖縄居酒屋へゆく。久々。

 ミミガー、ジーマミ豆腐、島らっきょ、ラフテー、たら白子ポン酢、スヌイ(沖縄もずく)、ゴーヤサラダ、ソーキそば、スヌイ雑炊に生ビール。同居人は2杯目に焼酎のウコン茶割り。職場のことなどちょろちょろ話して、来週のKa女子大の授業のネタについて相談し、おなかがふくれてから早めに切り上げる。同居人は昨日は合同セミナーというものがあって忙しかった(し、肉体疲労もあった)というが、今日は「ゆるかった」らしい。「ゆるゆる」と言って、にこにこビールを飲んでいた。私は今日はいろいろと精神的に疲れた。

 ワレワレが座っていたカウンターの後ろの、男女5人ほどのグループがえらくうるさく、とくにその中の20代前半とおぼしき女性の物言いが耳についた。「あれって、典型的な”男がいる場でのしゃべり方”やで、うるさいわ、女ばっかりやったら絶対あんなしゃべり方せーへんねんで」と同居人に言うと、「ウチの職場なんか圧倒的に女の人が多いから、もうスゴイ」と言うのだった。

 11月もあと1日。もう週末。1週間がほんとうに速く過ぎてゆく。行き帰りにも読んだ『空からの民俗学』を帰ってからも読み続けて、終わってしまった。読み終わるのがもったいないような、でもどんどん先を読みたいような、そういう感じは久しぶりやなあと思う。

 居酒屋の帰りに、本屋で(買わずに)ぶらぶらと本を眺めていたら、沖縄でかつて起こった「赤ん坊の取り違え事件」を取材したノンフィクションがあった。読んでみたいなあとも思い、そのうち手にいれようかと思いながら、買わずに帰った。

一段落

 昨晩は『忘れられた日本人』を読んでしまって校正に手をつけられず、今日は朝からせっせと原稿直しを続ける。夕方までかかって、ようやく一段落つき、取り急ぎメールで校正原稿を送る。少し仕事が遅れた分、向こうの負担も減らせるからと、送ってもらったテキストファイル上で直接修正していたのだ。さて、次はどの仕事を片づけるべきか・・・

 今日から通勤の供はひきつづき宮本常一で、『空から見た民俗学』(岩波現代文庫)である。航空会社の月刊誌に書いた原稿らしく、空から撮した各地の写真とともに、その写真から読みとれることが記される。木の植え方、住まいの込み方、田のかたち・・・そんなところから、生活のしかたが分かるのだ。そして、文章に挿まれている各地の白黒写真を、宮本の文章と行き来して眺めながら、世界を見るにはこういう見方もあるのだなあと思う。

 晩ご飯はブリの照り焼き、ジャガイモと人参と厚揚げの味噌ニンニク炒め(テキトーにつくったおかずだがなかなかいけた)、ナメコの澄まし汁(スッポンの二番だし利用)にご飯。今日は「合同セミナー」があったそうで、めっちゃ疲れたと同居人が帰宅。椅子や机を運んだりというのは、あの足ではやはりきついようだ。

 同居人の母上から「初めての絵手紙」だと、まねき猫を描いた葉書が届く。母の絵を評して「最近はじけてるなあ」とは同居人の弁。

校正

 朝からさる原稿の校正にいそしむ。今週中に戻さなければならないのでちょっとあせっている仕事だ。校正といっても、話し言葉から文章になおすので、原稿直しに近い。昼まで校正をして、昼からは授業に出て、そのあと学部生のレジュメを読んで、日暮れ近くなってからまたしばらく校正をする。話し言葉は話をしたときの場で通じても、その場を離れると、必ずしもそのまま読んでわかるものにはならない。書き言葉へ移していくというのは、言葉が文脈を失うということなのだなあと思う。

 水曜の午後の授業では今、クリストファー・ラッシュの『エリートの反逆』(新曜社)を読んでいる。数年前に訳本が出たとき、この本を紹介する原稿を書くことになって、そのとき3度ほど読んだ。そのせいで本がボロっちくなってしまった。ラッシュの文章は、さらっと読んで分かるものではないけれど、スルメ本であって、読みながらあれこれのことが浮かんでくる。今日読んだのは8章の「公立学校」と、9章の「失われた論争術」。この本のなかでも最もおもしろいところ。「失われた論争術」の話を読みながら、宮本常一が書きとめた「村の寄りあい」を思い出し、現在の(americaの)公立学校の基礎をつくったといえるホレース・マン批判の文章を読みながら、清水真砂子が語った「戦争を生きのびるより、平和を生きのびるほうが難しい」ということを思い出していた。おそらく、清水真砂子がこう言うことに対して、戦争がいいというのかといった強い批判をする人(結構多いらしい)がホレース・マンのような人なのだろうと思った。

 すっかり日が暮れて、冷たい風が強く吹く中を帰宅。玄関近くなって仕事帰りの同居人と会う。今晩は夜介護で同居人は留守。ひとりご飯は、トックを浮かべた水餃子。生姜と葱を散らして、スープ仕立てにして、よーく暖まってから、洗濯をした。先の週末に洗濯物の山を半分しか崩せず、同居人のワイシャツと防寒肌着のストックが尽きたため。

 久々に本読み風呂にして、『忘れられた日本人』を読む。行き帰りのモノレールでもおもしろくて止められないくらいだった。前に読んだときよりも、自分が興味をおぼえるところが増えているような気がする。人の暮らし方がどう変わってきたのか、どういうことがあって変わってきたのか、変わらぬものは何か、そんなことを考える。

 帰って続きをと思っていたが、校正には手をつけられず。

歯を抜く(III)

 
 抜歯経験者に何人か聞いたところでは、「あっという間に、30秒くらいですんだ」という人もいれば、「1時間余りもかかって麻酔が途中で切れてえらいめにあった」という人もあり、自分の歯を抜くにはいったいどれくらいかかるのかと思っていた。
 はじめは、尖ったようなものを入れて、歯をぐりぐりやっていた。(これで抜けるのか?)と思っていたら、入れ替わりにヤットコ風のもの(ペンチ?)が口に入り、(お、いよいよか)と思うと、どうもぐいぐいといじっているだけでまだらしい。再び尖ったものが口に入って、ぐりぐりと歯を刺しているような感じがして(麻酔も効いていて、何をされているのかよくわからなかったが)、(おおおお、これで抜かれるのか?)と身構えていると、それもまだで、(もしかして抜けにくいのか?時間かかるのか?速い人はあっという間にメリメリッと音がしたら抜けていたと言っていたのになああ~)と顎を掴まれながら思っていたら、最後はヤットコ風のもので、ぎりぎりギシギシぐいぐいした挙げ句、ころりととれたようだ。 

 止血のためだろう、クスリのようなものを塗って、ガーゼを噛まされた。そのまま10分は強く噛んでいてくださいと言われ、口のまわりの血をぬぐってもらって、終了。左頬の側が麻酔のせいで変な感じである。うまくしゃべれず、来週の予約をとるのにも、「今日ぐらいの時間で」と言ったつもりが「ヒょうふラィのひはンで」と言ってるようであった。ガーゼを噛みしめながら、雨が少し強くなった中を帰宅。

 10分と言われたのを20分ほど噛んでいたガーゼを、帰って吐きだしてみたら、血は少しついているだけで、拍子抜けした。むかし妹1号が抜歯したときに、ガーゼを詰められて、血がどくどくして帰ってきた印象が強かったので「血染めのガーゼ」が出てくると思っていたが、クスリがよくなったのか、私があまり出血しなかったのか。

 もう麻酔もとれた。左側がしびれたような感じは残るが、明日には引くだろう。人によっては熱が出て寝込むとも聞くけれど、それも大丈夫なようだ。保険診療とはいえ、麻酔して、レントゲンをとって、歯を抜いて、化膿止めのクスリが出て、それで今日は810円。歯医者さんにとって、これは割に合うのだろうかと思う。 

歯を抜く(II)

▽さて、こうした時間の再編成過程で、それを人々にもっともリアルなかたちで示すことになったのはラジオであった。ラジオ放送によって、はじめて日本中の時間が単一に、そして普遍性をもって時を刻んでいることがリアルに認識できるようになったといえる。(108ページ)

 宮本常一が「小学校へ行ってる子のある家なら」と書いているところは、黒田が「日本中の時間が単一に」なっていったことにラジオが大きく与ったのは一九二〇年代、一九三〇年代という話からすると、やや不思議にも見える。けれども、「ラジオも新聞もなく土曜も日曜もない、芝居も映画も見ることのない生活」が「昭和二十五年頃」にはまだ日本のなかにあった、ということは宮本の筆からすると確かなようだ。

 午前中はエイゴの予習、昼過ぎに事務仕事をすませて、エイゴの本を読む。最後の章の最後の節を読んでいるところ、代名詞がなにを指しているのやらよく分からないところが増え、誤植とおぼしき箇所もあり、「なんとなく意味は分かるが、ブンポー的にはどうやろかなあ」といくつもの行を思案しつつ読みすすむ。でも、今日も最後までは読めず。歯医者へいく時間をにらみ、いつもより少し早く帰る。駅からの帰り道、ぱらりと雨がかかる。

 いったん帰って、軽くパンと牛乳をおなかに入れて(麻酔して抜歯するとしばらく食えないらしいというので)、歯磨きをして、自転車で歯医者へゆく。ぽつぽつと雨がかかるが、予約時間も迫っているのでそのまま向かう。日が暮れたこともあり、空気が冷たい。

 眼鏡がいっぺんに曇るような歯医者へ入って、しばらく待つとよばれた。まず「歯茎の表面の麻酔」というのをやられる。何かを吹き付けているか塗っているらしい。少しするとセンセイが出てきて、「今日は歯を抜くつもりで来てもらってますね」と口の中を診る。口を開けろ、閉じろ、もうちょっと開けろと言われながら、しずしずと歯茎に麻酔を打たれる。やや痛いが、思っていたほどではない。「歯茎の表面の麻酔」というのが効いているのか。
 それから、歯のレントゲンを撮られる。歯の根の部分が股分け状態になっていなければ抜くのがラクだという、その確認。麻酔が効いてくるまでしばらく待ち、レントゲンによると撮影した向きからは少なくとも歯の根は分かれていないと言われる。

歯を抜く(I)

 朝から曇り空で昨日より冷える。同居人は傘を持って出勤していったが、雨は降っていなかった。いつもより早く出勤した。昨日で『アホバカ分布』を読んでしまったので、今日からは久しぶりに宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読む。一度読んだことのある本だけれど、柳田國男を読み、言葉の変遷について、メディアによる心身の変化について読んだあとには、これがまた面白く思われる。

 対馬をたずねたときの「対馬にて」という文章で宮本はこんなことを書きとめている。
▽・・・実は昼飯をたべていない。対馬でも宿屋へとまるのならば朝昼晩と食事をするが、農家へとめてもらうと、朝と晩はたべるけれど、とくに昼飯というものはたべないところが多い。腹のすいたとき、何でもありあわせのものを食べるので、キチンとお膳につくことはすくない。第一農家はほとんど時計をもっていない。仮にあってもラジオも何もないから一定した時間はない。小学校へ行ってる子のある家なら多少時間の観念はあるが、一般の農家ではいわゆる時間に拘束されない。私は旅の途中で時計をこわしてから時計をもたない世界がどういうものであったかを知ったように思った。(28ページ)

 先週読んだ黒田勇の『ラジオ体操の誕生』では、「時間の再編成」「ラジオ体操と時間規範」という節があって、こんなことが書かれていた。
▽現代のわれわれが当然のように考えている時間の流れやその区切りは、客観的事実でもなければ自然現象でもなく、きわめて人為的で、それぞれの時代あるいは文化によって異なる、まさに社会的制度である。・・・
 ・・・この[中世のベネディクト会修道院の]時間の細分化と厳密なスケジュール化は、厳密な時間の計時を必要とし、ベネディクト会は機械時計を導入する。この機械時計導入は、西洋における時間秩序一般の発達に対する貢献とされる。
 この時間の細分化とそれに基づくスケジュール化は、その後十七世紀には工場や学校で実行されるようになったという。
 そして、こうした時間の再編成や細分化は、日本においては明治以降、学校・工場などの近代制度によって進められ、その規律・訓練はとりわけ近代学校制度による子どもの囲い込みによって大きく進むことになる。(97-99ページ)

エンゲル係数高し

 昨晩からの雨がシトシト降る朝。結局日が暮れるまでやまなかった。
 Ka女子大の授業の仕込みをして、昼過ぎに出勤。雨でもわっとしている。行きの電車でも『全国アホバカ分布考』を読み続ける。なんど読んでもおもしろい。行きの電車で最後まで読んでしまった。「バカ」の起源、「アホ」の起源を解明していくあたりは、脱帽モノである。

 授業ではこのアホ・バカ分布の話もまじえて、知識がどう伝わっていくかということとメディアの変遷、みたいな話をしたのだが、どうも自分のなかでまとまっていなかったせいか、散漫になってしまった気がする。しかし、『アホバカ分布』からプリントした「アホ・バカ分布図」は学生に強い印象を与えたようで、これだけでも「おもしろかった」らしい。

 帰りもまだ雨はやまず、ぐったりして帰宅。同居人が帰りに買ってきた「レトルトカレー」で晩ご飯。ご飯を食べてちょっと復活。久しぶりに家計簿をつけてみる。レシートをざっと整理して1カ月分の収支を大まかに出してみた。同居人が家計簿をサボりはじめてから、ほぼ1年ぶりである。この1カ月は越冬準備のための肌着購入、それから同居人のスーツ購入などがやや大きく出ているが、これを差し引けば、おおよそ予算内で生活できているようだ。エンゲル係数がかなり高い。

スッポン鍋(III)

 Ka女子大の明日の授業をにらみつつ、久しぶりに松本修の『全国アホバカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(太田出版)を読む。『アホバカ分布』を読むのは、もう三度目か四度目だ。美術館見物の帰りの電車で柳田國男の『毎日の言葉』(新潮文庫)も読んだところで、コトバの変化は不思議な規則性をもっていて、オモシロイとつくづく思う。そして、それを調べ、記録し、考察していく深さ。

 柳田國男は「ヨマイゴト」という項でこのように書いている。

▽・・・はっきりそれだとまでは私には言い切れませんが、中国地方には今でもヨーマという語があるのです。・・・その語の感じはどういうことであるのか、広島県出身の方たちに思い出していただきたいのですが、私は是を「ようもまァそんなことが言える」という文句を、わかり切って居るので省略したものと解して居ります。関東の方では今日はむろんようまアとは言いませんが、それでもまだ古風な物のいい方をする人たちは、「よくもまアそんな云々」と、文句の中間にまアを挿むのが普通であり、今日も女の人たちが盛んに用いて居られるマアという間投詞などは、その大半が是と同系統の、軽い驚きの感じを示して居るのであります。東北に行って見ますと、この「まァ」をマズ・マンズと発音して居りまして、是が「先ず」即ち何よりも此点に心を引かれるという感情の、表白であったことが認められます。人の物言いや行為を批難する為に、以前はこのヨーマーを器械的に、頻繁に用いる時代があって、それがヨマウという動詞を発生せしめたのは、京か大阪か、とにかく西の方の都会地であったのが、既に動詞になってから後に、段々と東の方へ普及して来たのでは無いかと、私は想像して居ります。(61-62ページ)

 このように推論する柳田は、ヨマイゴトに「世迷言」などという奇妙な漢字を宛てるのは少しも当てにならないと書いている。

スッポン鍋(II)

 展示品と同じくらい面白かったのが、図録や資料類の置かれたホワイエに並べられていた、大正年間のこれら「クラブ石鹸」「クラブ白粉」等の新聞や雑誌の広告のコピーである。中山太陽堂の広告のほかにも、コピーされた紙面には「仁丹」「福助足袋」「花王石鹸」「藤澤樟脳」「森永キャラメル」等々の今もある商品の広告が並び、早稲田大学や関西大学ほか学校の募集広告(受験案内)や、「コエタ男女に云々」を初めとするコンプレックス広告など、見ていて実に面白かった。この広告のコピーが欲しいなあ、コピーさせてもらえんのかなあと言いながら、同居人とファイルをいくつか見ていた。大正年間の紙誌のコピーは個人で集めるにはけっこう面倒だから、これはいいなあ、コピーさせてもらえるものなら欲しいなあと思った。残念ながら企画展の図録にはこうした広告のコピーは収録されていない。

 もう一つの常設展「女性を写す―中山岩太―展」もよかった。若き日の、乙羽信子や淡谷のり子のポートレイトがあり、同居人は「淡谷のり子って若い頃すんげぇ美人やったんやなあ」と見入っていた。

 見物がすんだら、えらくお腹が減って、駅前まで戻ってパンを買って食べて小腹を満たし、梅田でデパ地下などをうろうろ。いまひとつピンとこず、そのまま帰る。近所のスーパーで「スッポン鍋セット」を発見し、これ!これ!と同居人が目を輝かせて言うので、今晩はスッポン鍋。
 水からスッポンを入れて炊くと、えらくアクが出たが、それを掬ってしまうと澄んだスープになった。このスープがうまい。じつにうまい。ちゅるちゅるとスッポンの「部分」を食し(いったいスッポンのどの部分を食っているのやら)、甲羅のゼラチン質もせせって食べ、あとのスープは雑炊に。スープのあまりのうまさに、スッポンの「ガラ」を集めて、二番だしもとる。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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