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読んだり、書いたり、編んだり 

さむっ(IV)

▽ ◎世界を席巻する「人間排除」のマネー資本主義
  ◎なぜ北欧諸国はわずか2、3年で不良債権処理を終えたのか
  ◎風力発電は雇用の場としての基幹産業
  ◎エリート層が喧伝する「一人勝ち社会」の実態
  ◎市場原理主義に抗する地方の「地産地消」運動
  ◎大原孫三郎が築いたカルチャーの凄み
  ◎米国型経営を批判し、終身雇用を守る日本企業
  ◎組織を離れ、「無所属の時間」で生きるためには
  ◎天国と地獄が同居していた昭和恐慌
  ◎パンを買うお金の復権を唱えたミヒャエル・エンデの遺言
  ◎構造改革路線が包含するジレンマ
  ◎新たな成長エンジンを立ち上げるとき

 日曜の晩は、この冬初の鍋・キムチチゲ。

 月曜はKa女子大への出稼ぎ。ひどく疲れた。ごしゃごしゃうるさいので少し注意をしたせいか、初めてしーんとしずかだった。晩ご飯は冷凍保存していたカレーを解凍した。二度つくったのをブレンドすると、かなり美味しかった。しかしえらく疲れた。あまりに疲れて、ごろごろしながらマンガを読む。内田春菊の『私たちは繁殖している』の?と?。

 先週あった職場の健康診断を受けられなかったので、別キャンパスの今週の健診に行こうと思い、今朝はビミョウな距離のキャンパスへ自転車で向かう。駅まで歩いている分には自分の体力をほとんど感じることはなかったのだが、いくつかの小さい坂を上がって、最後にゆるく長い坂を上がると、息が切れてきた。降りて押して歩こうかと思いながら、ちょっとがんばって坂の上までこいで上がったら、ぜいぜいするほどだ。若くはなくなった、という気がする。そんなに張り切って行ったのに、時間を勘違いしていて朝の9時からは「男子の部」、「女子の部」まで1時間半以上待つのはやめて、そこからバスに乗り、出勤した。帰りもバスで戻り、自転車で帰る。
 同居人が「歓迎会」をしてもらうとかで、一人メシ。めんどくさーいのと冷えるのとで、鍋焼きうどんのセットを買って帰って、ぬくぬく暖まる。
 
 注文していた「無限色のクレヨン」が手に入った。今晩はこれだ。

さむっ(III)

▽ズボンのベルトに、二種類ある。穴でとめる式のと、バックルにギザギザの止め金をつけた式のヤツ。これを、正確には何といって区別しているのかしらないけれども、私は前者(穴のある方)をデジタル、後者の、つまり穴のない方をアナログと呼んでいる。
「ベルト、アナログの方とって」という風に使う。
「えーと、アナがないのに、アナログと、こっちだな」といって、ツマがそっちの方を手渡してくれるという寸法だ。
 私は、アナログの方をヒイキにしている。なぜかというと、こちらは自分の腹にあわせて微妙にゆるめることができるからだ。
 デジタル式だと、ゆるめ足りなかったり、ゆるめすぎたりすると、しかたないので、腹の方を引っ込めたり出したりしないといけない。
 引っ込めるより、出す方がラクだから、いよいよ腹は出てしまう。これがつまりデジタルの欠点である。
 アナログに欠点がないかといえばそうでもない。穴でとめる式よりも摩擦だけに頼るこの方式は、腹に力がはいると、どうかした拍子に、ゆるんでしまう場合がある。(167-168ページ)

 かなりダイジェストしてそれぞれのコトバのあれこれについて書いた朝日新聞学芸部部分もわるくなかったが、やはりこのシンボーさんのチャチャがおもしろくて読んだ。

 『「人間復興」の経済を目指して』のほうは、父ちゃんがやや罵りながらまわしてきた本である。二人の対談を起こしたようなつくりである。父ちゃんは「日本語がなっとらん」「こんな簡単に本をつくるな」というような意味のことを言っていたと思う。父ちゃんなりの「望ましい本」のイメージがあるのだろうなあと思った。
 話し手にもよるが、対談を起こした式の本はだいたい読みやすい。しかし、なんともいえない物足りなさが残ることもある。対談だからこそ出てくる面白さもあって、内田義彦や鶴見俊輔の対談は好きなものの一つ。内橋克人と城山三郎もきらいではないのだが、この対談はあまり印象に残らなかった。目次を読んだら、分かったーという感じ。目次の抜粋が本の帯に刷ってある。

さむっ(II)

 土日はやたら本を読んでいた。日曜は図書館で借りた南伸坊+朝日新聞学芸部の『イマドキ現代用語50』(朝日新聞社、2002年)と、父ちゃんからまわってきた城山三郎、内橋克人の『「人間復興」の経済を目指して』(朝日新聞社、2002年)を読んだ。

 『イマドキ現代用語50』は、最近こんな言い方してるなあとか最近こんなコトバが使われているなあという「イマドキ現代用語」について、朝日新聞学芸部が人にきいたり、本を調べたりして、たいへんダイジェストしてまとめたものに、シンボーさんがチャチャを入れるような構成で連載していたらしい。あいうえお順に「アカウンタビリティー」から始まって、「私って~じゃないですか」まで、50のコトバが俎上に乗せられている。借りたときに、ぱらぱらっと見て興味を持ったのは、「エリート」「在日」「リスペクト」あたりだ。読んでみて面白かったのは、「壊れ」「サポーター」「デジタル」「パブリック」あたり。
 「壊れ」のところで、シンボーさんが入れたチャチャはこんなかんじだ。

▽そもそも、人間を道具や機械のようにとらえて「故障した」だの「頭のネジがゆるんでる」だの「接触不良でいきなりショートしちゃってる」とかと言うのは、深刻さを避けるためのタトエだったのではないか? と私は思うのだ。
 現実にはモノにも機械にも寿命はあるけれども、生き物のようには「決定的」な感じがしない。故障しても修理すればすむんだし、こわれたら修繕すればすむことだから。・・・
 コワれているかどうかは、その機能を問題にする立場なのであって、その立場にない「コワれた人本人」は、それを非常事態とは思っていない。となればますます「コワれた」って言い方は、対社会への客観的な目を自分の中にもった言い方だろう、と思うんですけどね。(シンボーの言い分「どこかで何かがコワれてる」102-103ページ)

 「デジタル」のところのチャチャは「アナがないのにアナログ」といって、ベルトの話が書いてある。

さむっ(I)

 急に寒くなった。日曜は「木枯らし一号」が吹いたらしい。気温がぐっと下がったところへ、強風が吹くのだから、体感温度はぐぐぐっと下がる。日曜はそれでも晴れて、自転車を買ってもらった。自転車屋のおっちゃんにアレコレと話を聞き、おっちゃんが「強化樹脂ですから」と泥よけやカゴをゴンゴンどついてみせてくれたのを(それでもびくともしない)買うことにした。私が新しい自転車を手に入れるのはこれでたぶん5台目になる。コケるたびにカゴがぐにゃんと変形し、ちょっと当たったり引っかけたりすると泥よけが歪み、、、という経験上、このゴンゴンどついても変形しない「強化樹脂ですから」には魅力を感じた。色はオレンジ。いわゆるママチャリである。同居人の「初任給でプレゼント」企画の予算内におさまった。

 重心がどこにくるようにつくってあるとか(子ども用の椅子をとりつけるタイプは、前輪が24インチ、後輪が26インチというようにして、重量がかかる部分の重心を低くしてフラつきを抑えるようにしてある)、ハンドルの形状と切り具合の関係とか、安い自転車はどこがヤワいかといったことを、たまたま客が途切れた時間だったらしく色々聞くことができた。「一万円以下で売っている輸入物の自転車は、あれは使い捨てだと思って売っている」ともおっちゃんは言っていた。

 帰り道、さっそくもう一つチェーン錠を買い、帰ってから名前を書き、シールを貼ってみたりした。自転車に乗るのは本当に久しぶりだ。5年ぶりくらいだろうか。広島へ行った頃は乗っていたのが、だんだん歩くか、クルマに乗るか、になり、あまり乗らないまま放っておいたら、金属部分までカビが生えたように緑色になり、泥よけもカゴもすっかり歪んで、タイヤももうダメですという状態になってしまった。大阪へ持って帰ってきたものの、すっかり乗らなくなってしまって、自転車はますます無茶苦茶になって、ある日処分した。高校生だった頃に買ってもらって、10年以上乗った自転車だった。
 タイヤの弾むような振動、道を走るときの段差の感じ、足腰にかかる負荷が、新鮮だ。クルマは軽自動車だったから、普通車に比べるとずいぶん振動があると思っていたが、自転車はもっと直に地面の上を走っているなあと感じる。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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