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読んだり、書いたり、編んだり 

親きょうだい(III)

 昼過ぎに、図書室経由で自転車を買いに、と思ったところが、図書室で本を返して、何冊か借りたあとで外へ出ると、ポツポツと雨が降り出した。同居人の「初任給」が出て、それで「自転車をプレゼント」ということになっていたのだ。しかたないので買い物は延期して帰宅。

 眠くなって少し昼寝をはさみ、西原理恵子の『はれた日は学校をやすんで』(双葉社、1995年)を何度目かで読み、清水義範と西原理恵子(え)の『もっとどうころんでも社会科』(講談社、1999年)をこちらも2度目か3度目で読む。そういえば、昨日の帰りに本屋へ寄ったら、清水義範の『いまどきの教育を考えるヒント』が講談社文庫の新刊になっていた。清水義範の教育モノはどれもなかなかおもしろい。サイバラと合作の勉強シリーズはとくにおもしろい。この「社会科的にものを見る」話を、来週の授業で配ろうかなと思う。

 晩ご飯は、木曜から仕込んでいた「豚バラと干しシイタケと昆布の煮物」。アレンジしたラフテーのようなものである。水曜日に「ためしてガッテン」をちょっと見たら、干しシイタケは「冷蔵庫で一晩」かけてもどせ、そうするとウマいというのをやっていた。そのときに豚と昆布と一緒にたいたのが出ていて、めちゃくちゃウマそうだったのである。一晩かけて干しシイタケを冷蔵庫でもどし、木曜の晩から煮込んでいたものだ。これがうまい。干しシイタケがたいへんウマい。久しぶりに同居人がつくった味噌汁と大根サラダがついて、晩ご飯は大満足。
 風呂で同居人の散髪をした。
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親きょうだい(II)

 どちらの本にも登場する金田一春彦の家族構成が『親子の作法』のほうに系図式に載っている。本人の語りによると、大正2(1913)年生まれの金田一春彦は、姉1人に妹が3人いたが、「大人になったのはいちばん末の妹だけでした」という。姉や妹の生年まで書いてないので分からないけれど、多産多死というのはこういうことなのだなあと改めて思う。大正1年生まれの私のばあちゃん(母方)も、弟と妹が3人いたが、間の2人は小さいうちに死んでしまい、大人になったのは末の弟だけだった。その話は小さい頃になんども聞いたおぼえがある。とくに仲の良かったという弟シゲルの死の話のときには、ばあちゃんは「シゲルがかわいそうでなあ」といつも言っていた。『オヤジとおふくろ』を読んでも、書いている人が「明治女の母」をもっていたりする年代が多いせいか、似たような話が出てくる。

 出産が命がけだった、ということも分かる。出産後ほどなく亡くなってしまった母親のことを綴ったものも多い。後添いの母のことを書いたものもある。私のばあちゃんも、その生母は亡くなって(それがどうしてだったかは分からない)、下の2人は「腹違い」なのである。つまり、ばあちゃんの父は二人目の妻を迎えた。そのせいもあるのだろうが、大人になったばあちゃんの末の(腹違いの)弟は、姉と歳が20も違っていた。学校の宿題では「おじいちゃん、おばあちゃんに戦争の話を聞いてきましょう」というのがあったが、親きょうだいのことや、暮らしのことを(戦争の話、という場合にももちろん関わることではあるが)もっと聞いておきたかったように思う。
 ばあちゃんの小学校の頃の話や、女学校の話など、書き留めておかないと忘れてしまいそうなこともたくさんある。それは母ちゃんについても同じで、(なんて言ってたっけなあ)と思うことが少しずつ増えている。

親きょうだい(I)

 また雨の土曜である。といっても先週末のようにシトシト降り続けているわけではない。しかし、朝から曇り空、昼からポツポツと降り、一度やんだが、また夕方になってバラバラと降った。平日は洗濯物をためつづけている我が家にとって、たいへん洗濯の楽しくない天気である。洗濯日和カモーン。

 土曜のくせになぜか同居人が8時に目覚ましをかけて、とっとと朝飯用のパンを焼いてしまったので起きた。眠い。パン食べて、牛乳飲んで、柿をむいて食べ、それからコーヒーを飲んだら、やっと目が醒めたような気がした。頼まれている原稿がいくつかあり、また週明けには授業もあるので、それらのシゴトにも手をつけないと・・・と思いつつ、昨日の続きで『オヤジとおふくろ』(文春文庫、1999年)を読み、合間にネットのニュースをのぞく。昨日は船曳建夫の『親子の作法』(ベネッセ、1998年)を読んでしまった。この本は出てすぐの頃に図書館へリクエストして一度手にとったが、結局読み切らずに返したものだ。子どもの側から親を語ったもの、という意味で、『オヤジとおふくろ』と『親子の作法』は似ていた。『オヤジとおふくろ』は多くの人が2ページほどで親のことを綴ったものであり、『親子の作法』のほうはいわゆる「2世」たちが親(ときに師匠でもある)を語るというインタビューのまとめのようなものだから、違いはあるのだが(『親子の作法』はインタビューイーの船曳の意図がよく分かるようになっていた)、親を綴り、語る、この両方の本のどちらにも出てきた人が数人いたことで、「似た」印象は強まった。

 山根一眞は、父親の山根章弘が出入りの若い者に聞かせるこんな言葉を、いっしょに聞いていたという。
▽「ニュースは、今の時代にとって珍しい事象だからこそニュースとしてとり上げられる。今の時代にごく日常的にみられるできごとは、ニュースとしては後世には残らない。そういう認識を持って過去の事象を見よ。古い時代の新聞の縮刷版を繰り、当時の記事内容を引用し、こういう時代だったと書く者がいるが、そういう愚かなことをするな。記事に載っているような事件が珍しい時代だったと、逆の見方をしなさい」(243ページ)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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