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読んだり、書いたり、編んだり 

アラブ・アドボ・おならうた(III)

 さて、今週は大学生協でCDのセールがあるので、これを機に1枚と思い出して、谷川親子(俊太郎+賢作)の新しいCDが確か秋に出るはず・・・・と探す。もう出ていた!「無限色のクレヨン」というアルバム。発売元の有限会社おーらいのサイト(http://homepage3.nifty.com/ohrai_press/page006.html)で、一部試聴もできるのを発見し、ダウンロードしてさっそく聴く。

 「ことばあそびうた」「無限色のクレヨン」「昨日のしみ」「たかをくくろうか」。4つを試聴していて、同居人と笑ってしまう。かなりおかしい。そしてうたい踊りたくなる。谷川俊太郎は「調子にのって歌まで歌ってしまった」らしい。このアルバムの最大の愉しみは「おならうた」である。3月にコンサートで聞いた話によると、まるで本物のおなら的音声が含まれているらしいから。ああもうはやく他の歌も詩も聴きたい!

アラブ・アドボ・おならうた(II)

 映画音痴の私には、映画俳優の顔やスタイルや身のこなし等について述べられた部分は十分わからないところもあったが、テンポのよい文章に加え、ペンネームを「姫野オマンコ」にしようかと思っていたというセンス。姫野カオルコもこのあと何冊か攻めてみようかと思う。

 午前中は事務処理、午後はDちゃんとエイゴの本読みなどで過ぎ、「今晩なににしようかしら」と思案しつつの帰途。スーパーでうろうろしながら、レッドカレーかグリーンカレーいっとく?と思い、一方で(アドボ!)と頭に浮かび、帰ってレシピを確かめて、場合によってはタイカレーという方針で買い物をすませ帰宅。

 フィリピンの家庭料理だというアドボ、たしか先週の生活ほっとモーニングで「酢」の話があったときに、ゲストの一人がアドボをよくつくって食べると話していた。私もずいぶん前に一度か二度つくったことがある。帰ってから、ネットで「アドボ」と入れてみると、いくつかのレシピがあった。今日参考にしたのは、おおよそこういう分量=鶏モモ500g、ニンニク3片、玉ネギ1玉、酢100cc、醤油100cc、水50cc、粒胡椒10~15粒。豚や骨付き肉でもというレシピもある。とにかく醤油と酢とニンニクで鶏を煮込んだものをアドボというらしい。

 ニンニクと玉ネギをさくさく切って、鶏モモは角切り、酢以外を全部入れて煮立て、酢を加えて弱火で30分くらい(汁気がなくなるまで)煮込む、というのが大筋。しかしこの分量ではとても汁気がなくなるまで煮詰めるには至らず、ややたぷたぷしたまま完成にした。もう一品に酢れんこんをつくる。こっちは炒め煮風に、薄く切ったレンコンを、酢大さじ3+砂糖大さじ3でシャクシャク炒めた。味見をしたらなんだかもの足りないので、赤唐辛子の輪切りを少々とかつおぶしを一掴みいれて、ぐるぐる炒めて完成。しかしあまりにも色がさびしいので、茄子とピーマンをさっと炒めて、アドボのたぷたぷ汁で軽く煮立て、一緒に盛りつけた。同居人ともどもご飯がすすむすすむ。(残ったら明日の弁当のおかずに?)などと考えていたが、アドボはあらかた食べつくす。

アラブ・アドボ・おならうた(I)

 晴れ。肌寒い。今日は上着を着て出る。行きのモノレールで姫野カオルコの『ブスのくせに!』(新潮文庫、2001年)を読み終える。途中かなり笑える本であった。たとえば、「優等生の秘かな愉しみ」の章にある「アブラぎったアラブの盗賊」の頁。

▽・・・アラビアン・ナイトな衣服というのは、ベールで顔を半分おおって、みぞおち丈くらいしかないベストにスケスケしたバルーン・パンツに足首に鈴輪である。この衣服を女が着た場合、なにが強調されるか?
 瞳と胸の谷間とウエストのくびれとヒップの量感と足首のくびれである。十二ひとえとまるっきり発想がちがう。
 十二ひとえの場合、女をいっぱいの着物で包むのである。ほんとは十二枚着るわけではないんだが、とにかくいっぱい着物を着る。竹から生まれたかぐや姫の話があってしかるべく、まことに竹の子のごとくに女はいっぱいの着物で包まれる。
 いくえにもいくえにも包まれている「神秘性」、これぞ日本の男が女に求めるものである。そして、何枚も何枚も着物を着たらいかなる効果があるか?
 小さく、きゃしゃに見える。髪の毛も長くして、床をひきずるくらい長くして、眉を剃り、目も小さい。紅だけを口に塗るのだから、小さくきゃしゃでおちょぼ口に見えるように考案された衣服が十二ひとえである。
 さて、ヨーロッパの衣服はどうかといえば、ヨーロッパといっても広いのだが、ここは『アラビアン・ナイト』と『竹取物語』の年代にあわせて『リア王』のころの女性の衣服と比べることにする。・・・
 『リア王』のころの女性は長いスカートをはいて、たくさんの貴金属を身につけている。衣装よりも宝石貴金属が目立つ。貴金属をつけるためにヘアスタイルもごてごてに結っているみたいだ。これで強調される女性の肉体の部位はどこか?
 顔である。そして髪の毛とアクセサリーが示すところの彼女の家の経済状態。
 ここで問題。三者を比較して、アラビアン・ナイトな衣服の特徴を20字以内でのべよ。答え。もっともダイレクトに「女体」を強調している。
 女に「かよわさ」を求める日本と、女に「金(権力)」を求めるヨーロッパと、女にB・W・H(バスト・ウエスト・ヒップ)を求めるアラブなんである。(25-27ページ)

奈良の女性(III)

 新婚世帯への家賃補助制度を持っている市はいくつかあるが(廃止になったが、私が今住んでいるT市も以前は補助制度があった)、こういう規定は初めて見た。似たような制度を持った市で、効果のほどを測ってみる必要はあるのでは?と思う。

 さて、奈良。1995年国勢調査による同じ30代女性の労働力率になると、やはり奈良が最下位、おまけに労働力率はもっと低くてほぼ4割になる。似たような疑問をもつ人がいたようで、探していると「奈良県女性の低労働力率に関する一考察」なる論文を発見した。http://shindanwin.hp.infoseek.co.jp/joseirou/joseirou.html
 何人かの奈良県出身者や奈良県在住者の顔を思い浮かべながらこれを読み、「そうだったのか!すっきり!」とまではいかないものの、多少は納得した気分になる。

 ともかく、『男女共同参画白書』は、そんな簡単な説明でいいのか?しばらく奈良に注目してみたい。

 図書館で借りてきた姫野カオルコの『ブスのくせに!』(新潮文庫、2001年)を読みかける。最初から笑わせてくれる。名前だけは以前から知っていたが、読むのは初めてだ。もっと若い人かと思っていたが、姫野は花の中3トリオや岩崎宏美と同い年なのだった。このおもしろさでいくなら、あと何冊かは読んでみたい。
 

奈良の女性(II)

 かなりくたびれて帰宅。リメイク(キノコ、アスパラを投入)した一昨日のトマトシチューで晩ご飯。同居人が持って帰ってきた新聞を読んでいると、都道府県別ランキングで「30代女性の労働力率」が載っていた。この年代の女性の労働力率上位県は、山形、富山、鳥取、福井、島根、新潟、石川・・・下位県は、奈良、神奈川、大阪、兵庫、埼玉、千葉・・・・。「女性が働いている割合は地方圏ほど高く、大都市圏は低い傾向が浮かび上がる」というちゃちな分析が書いてあるのみ。元の『男女共同参画白書』にもあたってみたが、同じ説明がしてあるだけだった。上位県については、北陸三県など、以前から「三世代同居、親族近居による共稼ぎ率の高さ」は有名な話であって、理解できるのだが、最下位が奈良というのがどうも解せない。なにかの間違いか?と同居人と少し調べてみる。

 関西圏の人間として、奈良や兵庫は、局地的に都市部だというのは分かるのだが、はてしなく広がる郡部もあることだし、「大都市圏は低い」とまとめられてもなアと思う。ともかく奈良。この統計では「労働力」としてカウントされるのは、就業+休業+求職(失業)である。2000年国勢調査によるという30代女性の労働力率は、奈良のみ5割を切っている。

 ネット検索の範囲であたってみたところ、とくに奈良が突出してどうこうというデータは見当たらない。結婚率や出生率もとくに高いわけでも低いわけでもなく、高齢化率や離婚率も同様。むしろ、大阪府高石市の出生率や結婚率のかなりの高さに目を引かれた。(どうなってるんや、高石市?)と高石市のサイトへ飛んでみる。「新婚世帯への家賃補助制度」はやはりあった。その適用がキモなのかもしれない。最高2万5千円まで、最長3年まで支給される家賃補助だが、「補助を受け始めてから5年は高石市に住むことが条件、5年以内に市外へ転出する場合は、遡って返還を求める」とある。補助を受けて、ちょっと広いとこへ住んで、5年もたてば子どもの1人や2人できることも多いだろう・・・子供ができてしまえば、引っ越しもおいそれとは・・・詰めがキッチリしているなという印象を受けた。

奈良の女性(I)

 また雨の朝。かなり降っている。夜介護から戻ってきた同居人は休む間もなくアイロンをかけてヒゲそって、タオルと替えの靴下を入れて出勤していった。私は今日はKa女子大へ出稼ぎ日のため、昼過ぎまでは授業準備の続きをする。昨晩つい1時頃までたらたらしていたせいで、眠い。コーヒーで渇を入れつつ、「生涯学習の理念」て何だろなーてなことを思案。支度したレジュメに多少のメモをとり、ま、あとはライブでということにして、久しぶりに佐伯胖の『「学ぶ」ということの意味』(岩波書店、1995年)を読む。読み始めるとやはりおもしろい。ヒーリー学級の「教えない授業」の話は何度読んでもおもしろい。「わたし」と「あなた」の関係だけではなくて、その先に「あっち」の関係がつながっていないと、学びというのはヤバいこともある。学校の1クラス、教師と生徒の関係などは、「あっちの世間」へつながっていないとチョー閉鎖的な学級王国になりかねない。「I」と「YOU」と「THEY」がそれぞれ接した「学びのドーナッツ」の図で佐伯があれこれ説明してくれていることは、「I」と「YOU」、「YOU」と「THEY」の間に接面があって、「YOU」が通り道になってつながっているのがいいのだ、ということのようだ。「YOU」が「THEY」と不分明になることは、「I」の学びにとって、ヤバいと。
 昼ご飯をすませて、ちょっとだけ横たわって休息していると、外が明るくなってきた。晴れてきたようだ。迷ったが、傘をおいてKa女子大へ向かう。晴れてはいるが、雨のあとだからか風が冷たい。行きはそれでも陽が射していたのであまり気にならなかったのだが、帰りには上着なしではさすがに寒かった。
 授業中うるさいという苦情が一部で出ていたのと、私自身が声を出すのに少々疲れたので、今日は部分的にマイクを使い、しゃべりたい人は筆談でやってくださいねと言ったのだが、しゃべる人はしゃべるのだなあとつくづく思った。教壇に立つと私語も早弁もよく分かると昔聞いていたが、本当だなあと思う。きっと、小さい声でちょっとしゃべっているつもりなんだろうなあと思いつつ、やはり今日もけっこううるさかった。客はやや減ったようだが、それでも70人くらいは来ているようだ。

雨の日曜日

 土日とも結局雨。それでも昼頃起きたときにはやんでいたので、洗濯にとりかかる。遅い朝ご飯を食べ、洗濯物を干して、また『ためらいの倫理学』を読む。かなり小難しくて、よくわからんところもあるが、わかるところは時に爆笑してしまうおかしさがある。
 昼過ぎに、町内の「太鼓祭り」の太鼓の行列が練り歩く。地の人が中心になってやっているのか、ここに住み始めて3年になるが、行列に加わったこともない(どうやったらあの行列についていけるのだろう)。鉦や太鼓の音を聞いて、玄関から顔を出して行列を見送った。あの鉦や太鼓の音には、血沸き肉踊るような何かがある。ついていきたくなるようなみりょくがあるというのか。

 太鼓祭りの行列を見送って、また本を読んでいたら、空はどんどん暗くなって、もう夕方かというような暗さ。また雨が降り出して、生乾きの洗濯物を中へ入れたり、なるべく軒の奥へ吊したり。土日とも雨とは、平日の勤め人には洗濯日和でないのが恨めしい。

 『ためらいの倫理学』を読み終えて、遅い昼ご飯。茄子とベーコンと人参をいれたピリ辛トマト味の焼き飯をつくった。ちょっとチリパウダーを入れすぎて、ピリピリ辛になってしまった。
 明日の授業の準備をしないとなあ・・・と思いながら、職場から持って帰ってきた本を少し読むが、じき眠くなってしまい、しばらくゴーロゴロする。夕刻になり、N子が靴立て(靴置きとでもいうのか、靴を置く棚が8段になって立体収納できる代物)を譲ってくれる、持参するというので、コーヒーを入れて待つ。
 夜介護の同居人は介護先で晩ご飯を食べるので、うちでご飯一緒に食べようかとN子とご飯を食べることにする。買い物に出るのも面倒で、「あるもので」。納豆のキムチ和え、白菜と人参と切り干し大根とワカメの酢の物(かぼすをしぼったもの)、白菜と麩の味噌汁、ごはん、韓国のり。質素倹約風。納豆のキムチ和えは、納豆にキムチを刻んだのをまぜて、ゴマ油をたらしたもの。ご飯がすすむ。しかし、寝るまでにお腹が減りそう・・・と思っていたらやはり空腹感が襲う。

 食後、N子と茶を飲んで、しばらくしゃべって、N子が帰ってから、ようやく授業の支度にとりかかる。レジュメは途中までつくってあったのだが、あれこれ調べて補充。これをどういう話にして、どんなことを書いてもらって、どんなコメントをつけるかなあ・・・と思案。あとはまた明日。

洗濯に向かない日和(VI)

▽・・・少子・高齢化という人口動態の変化が社会側から問題となるのは、端的にいえば、経済成長率がマイナスになることにある。それは、「労働力不足」と、高齢者に対する社会保険給付額が労働者による負担額を上回るために生じる「社会保障財政の赤字」という二つの大きな問題を引き起こす。このことについて、橘木[俊詔]は、今後のシナリオとして、次の三つの解釈と方法を挙げる。第一は、国民の選択と合意のもとに出生率低下が発生しているので、生活水準の低下を当然として受け入れる、いわゆる自業自得と納得する。第二は、出生率の低下による労働力人口の減少を、女性と高齢者の労働参加率の増加によって補填する。第三は、出生率を高める政策である。ここで、とくに考えなければならないのは、第二の女性労働参加率の増加と第三の出生率を高める政策についてであろう。(23-24ページ)

 私はここで、(第一の方法もええと思うけど、なんで第二と第三だけ?)と思った。 第一の解釈が「自業自得」なのかどうかは分かりかねるが、この本の編者の片方によると、生活水準の低下をもってするのは「論外」で、ということは、現状をキープしよう・したい・した方がいいということか?この文章が書いてある部分には「ともに働き、ともに子育てが可能なこれからの社会とは」という、私から見るとハズれているとしか思えない小見出しがついているのだが、内容に即してつけておくなら「ともに働け(稼げ)、子どもを産めと迫るこれからの社会とは」という感じである。みんなでボチボチ貧しくなりましょうや、というのは考えないのかね。私はそっちを考えてほしい。

洗濯に向かない日和(V)

 しかし、フェミニストは、「男である」ことが私を愚かにしているドミナントな要素であり、それゆえ、それ以外のファクターがどう改善されても、私が「男である」限り、私は致命的な仕方で社会の実相を見誤り続けるであろうと主張する。百歩譲って、私はこの主張を認めてもいい。しかし、この命題を逆転して得られた、「女である」限り、フェミニストは社会の実相を洞察し続ける、という命題については、私はこれを受け容れるわけにはゆかない。(110ページ、「アンチ・フェミニズム宣言」)

 かなりおもしろい。が、小難しい。で、合間に同じく今日借りてきたナンシー関と町山広美の『堤防決壊』(文藝春秋、2000年)を読む。ナンシー関は、森茉莉の『ドッキリチャンネル』を読んでいた。
▽<b>ナンシー</b> そういえば森進一の顔、ちょっとくずれてたな。目のあたり。昔、森茉莉が『ドッキリチャンネル』で、美少年の例として、「森進一のような美少年」って書いてたくらいの男だったのにさ(笑)。(188-189ページ)

 晩ご飯に、トマトシチューと、酢の物(白菜、切り干し大根、ワカメ)をつくる。食後にまた『堤防決壊』を読んで、読み終えてしまい、ビールなど飲み飲み、また『ためらいの倫理学』を読む。

 図書館の本で本読み風呂をするわけにはいかないので、『私らしい生きかたを求めて』(玉川大学出版部、2002年)という一昨日送られてきた本で、しばらく風呂につかる。編者の片方が書いている文章にどうも馴染めない。こんなことが書いてある。

洗濯に向かない日和(IV)

スーザン・ソンタグの物言いをぐいぐいと批判した文章に書いてあった。これと同じ意味のことを似たような表現を用いて、内田はこの本のあちこちで書いている。この本で内田が一番書きたかったことはこの「知性」のことなのだと思う。「平たく言えば、『自分のバカさ加減』についてどれくらいリアルでクールな自己評価ができるかを基準にして、私は人間の知性を判定している(110ページ)」ということである。

▽戦争であれ、ジェノサイドであれ、「だれが」それを起こしたのか、というような問いは無効である。「私がそれを起こした」と確信している人間などそこには一人もいないからだ。全員が「自分こそ最初の、最大の被害者である」と思いこむ人々のあいだで、はじめて破滅的な暴力は発生する。暴力の培地は悪意ではない。おのれは無垢であるという信憑である。(24ページ、「アメリカという病」)

▽記憶というのは、その出来事「そのもの」の強度によって記憶されるのではない。その出来事が「そのあとの」時間のなかでもつことになる「意味」の強度によって選択されるのである。・・・実際には自分のものではない、他者の経験-カタストロフや、危機や、痛みや、恥辱-を「わがもの」として引き受けるような感受性が、私たちには備わっている。それは誰かを「騙す」ための装置ではなく、私たちが協同的に生きるための、「他者と共に」生きるための、とても重要な能力なのである。(38-39ページ、「自虐史観と戦後責任論」)

▽戦争についての優先的な問いは、軍事や地政学や国際関係のフレームワークではなく、国民国家論として立てられるべきだと考えている点で、多木[浩二]は西谷[修]と認識を共有している。おそらくこのような問題意識のあり方こそ、「九〇年代の戦争論言説」の基本的な構えなのである。(67ページ、「戦争論の構造」)

▽さまざまな社会的条件が私の視野を限定していること、それは確かである。「男であること」もその一つであろうし、「日本人であること」もその一つであろうし、「プチブルであること」もその一つであろう。それらの多数のファクターの複合的な効果として私の「蒙昧」は形成されていると私は考える。

洗濯に向かない日和(III)

 昼間、雨があがっていたので洗濯してみたら、夕方になってまた降り出した。shit! 昼にクリーニング屋へスーツを引き取りにいった。今日こそは開いていた。休業の曜日と開いている時間をたずねると、日曜と第三水曜が休み、朝は9時頃から夕方は5時半頃までとのこと。帰りになかなか引き取れなくてと言うと、少し離れたところに自宅があって、そちらは8時から8時までやっているという。いつも行き帰りに通っていたのは出張所のほうで、そこで出して引き取りはちょっと離れた自宅のほうの店でもできると聞く。少し離れたといっても5分もかからないくらいのところだ。
 クリーニングから戻ってきたスーツは、ピシッとアイロンがかかっていた。一度帰って、昼ご飯に昨晩の残り材料でチヂミを焼いて食べ、洗濯物を干してから、同居人のもうひとつのスーツを提げて、図書館へ返す本を背負って、また駅のほうへ出かける。クリーニング屋へまた入って、引き取りは向こうの店でと頼む。
 図書館分室の「図書室」へ寄る。リクエストしていた本を2冊と、あと2冊借りて帰る。週3日の図書室ということで冷遇されているのか、えらく古くさいパソコンが1台だけ。それも職員用なので、利用者が自分で検索する手段がない。あと何冊か読んでみたいと思った永倉万治と、内田樹と、ナンシー関の市内所蔵本を検索してもらうが、どうもこのカウンターの職員にレファレンスを期待するのは難しいようだ。カウンターの向こうへ首をつっこんで画面を見せてもらい、3冊を新たにリクエストして、近所のスーパーで少し買い物して帰宅。
 リクエストしていた内田樹の『ためらいの倫理学 戦争・性・物語』(冬弓舎、2001年)を最初から読み始める。『「おじさん」的思考』のように、最初からそそる文章である。「あとがき」に「立ち読みしないで買ってください」と書いてある。座って読んでいるけど、図書館で借りた本なんですよ。この本もちょっと買いたい欲がわく。
▽私たちは知性を計算するとき、その人の「真剣さ」や「情報量」や「現場経験」などというものを勘定には入れない。そうではなくて、その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか、を基準にして判断する。(17ページ、「古だぬきは戦争について語らない」)
 

洗濯に向かない日和(II)

 水曜は代打授業のあとに帰ってくれば、きっと引き取れるだろうと思っていたら、店は閉まっていた。木曜は職場を出るのが遅くなった時点で、あきらめた。昨日は、今日こそは間に合うだろうといつもより1時間ほど早く帰ってきた。それでも店は閉まっていた。いったい何曜日の何時から何時まで開いているのだろう。出勤のときには開いていることもあるけれど、できあがった洗濯物を引き取るのに出勤時というのもどうかと思うから、やはり帰りに持って帰りたい。スーツひとつクリーニング屋へ出すにも、昼間の勤め人にはきついものだなあとつくづく思う。ともかく、今日こそは引き取りにいって、何曜日の何時から何時まで店を開けているのか聞いておきたい。

 昨晩は、チヂミ(ニラ、ネギ、豚、人参入り)を焼いて、カボスをしぼった酢の物(白菜、人参、切り干し大根、わかめ)をつくって、ビールを飲んだ。チヂミのタレも酢の物も私好みにかなり酸っぱくしたので、酢の物が苦手な同居人にはどうかと思ったが、うまいうまいと食べるので、慣れてきたのかと思う。ビールが効いて、もう10時頃から布団に入る。図書館で借りた永倉万治のエッセイを少し読みかけて、まぶたが下がってきたので寝た。

 洗濯するには向かない天気。朝からぽつぽつと雨。同居人は介護に出かけ、私は永倉万治のエッセイ集の続きを読んで、読み終える。『神様の贈り物』(河出文庫、1994年)。永倉万治のことは、雑誌「Bricolage」で、失語症の特集のときに見たし、亡くなったあとにテレビでオクさんが話すのを見たこともある。ある日脳溢血で倒れ、半身不随と失語症の身体になった永倉は、リハビリを経て、作家として復帰する。復帰後の作品のほうが数が増えた頃に、ふたたび脳幹出血に見舞われて亡くなった。そういう経歴は知っていた。書いたものを読むのは初めてだ。なんだかいい感じの読み物で、ちょーーーっとだけ皮肉っぽいところがあって、懐かしいようなやわらかさがあって、村上春樹のエッセイよりは私の好みであった。文庫の解説を酒井順子が書いていた。あと何冊かは読んでみたいと思った。 
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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