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読んだり、書いたり、編んだり 

月見・肌寒い朝(I)

 さむっ、というような朝である。
 大阪の6時の気温は16度と出ている。そらさむいわな。
 シワシワのワイシャツに朝からテキトーにアイロンをかけて同居人はご出勤。しかしスーツの後ろ姿にはシワがよってヨレている・・・。

 土曜の夜は近所でパーティー。同居人はその前の介護調整とその後の徹マンを経て、日曜の朝帰り。私はパーティーがはねてから帰宅して風呂に入って、またちょっと編み物をして、2時頃就寝。

(9/22)
 日曜もとにかく眠い。起きてはまた布団でうだうだする。昼には同居人の里から送られてきたばかりの新米でおにぎりをつくって食べた。徹マン明けの同居人は寝たり起きたり。私は同居人の里からのありがたき新米を妹宅へも配達。妹のところは1カ月ぶりに行ったら、犬が2匹に増えていた。しばらくしゃべってコーヒーを飲んでから、妹と一緒に近所へ買い物に出る。輪針をようやく買い、食料を多少買ってから、帰宅。
 
 同居人と隣駅へ。近所の友といつもの地中海料理屋へゆく。他の3人がビールを飲むというので、ここで初めてビールを飲んだ(いつもはサングリアにワイン)。いつもながら不満ののこらない店。うまかった。その後、散歩がてら歩いて帰る。月がきれいで、明るい。流れていく雲がかかってもまったく遮られないくらい明るい月。明かりの多くなかった昔、月を見上げた気持ちが分かる気がする。その後、ぷらぷらとコンビニ5軒をはしごして帰還。
 風呂に入って、少し本を眺めるも、ものすごい眠気で寝てしまう。

(9/23)
 天気がいまひとつだという予報だったこの連休、しかしなかなかの好天。爽やかな秋の空。シーツを洗濯して、まな板を磨く。薄汚れて「買い換えたい」と同居人が主張していたが、磨くとずいぶんキレイになった。
 家にいると編み物ばかりしてしまうので、昼にカップラ食べたあと、散歩に出る。近々自転車を買おうと思い、途中で自転車屋を2軒のぞく。隣駅まで出て、商店街をぶらついて少し買い物して、電車で帰る。
 晩ご飯はグリーンカレー、ゴーヤサラダ。食後また編み物。毛糸のパンツ第2作もそろそろできあがりそうだ。

1時間の早起き(II)

 今週は、後期の授業にちょっとは使えるかと下心付きで、以前読んだ『建築家たちの20代』(TOTO出版、1999年)や内田義彦セレクション『生きること 学ぶこと』(藤原書店、2000年)をまた読んだりしていた。
 寝る前には図書館で借りた『じつは、わたくしこういうものです』(平凡社、2002年)を3つずつくらい読んだ。寝る前にぽやんと読むにはよかった。

* * *

 平日の疲れかとにかく眠い。朝いちど起きてヨーグルトを食べたところで、また布団にもぐる。電話がかかってきて起きたらもう11時半だった。それからパンを焼いて食べ、牛乳を飲み、コーヒーを飲む。昨日の晩ちらっと眺めただけで寝た、原田宗典の『優しくって、少しばか』(集英社文庫、1990年)を布団でごろごろしながら読む。

 同居人がかけていたいろいろな音楽に中島みゆきの歌がまじった「卵の殻のように」と突然歌詞が耳に入るなんだろう卵の殻のようにってなんだろう「卵の殻のようにって今歌ったよなあどういうことやろう?」と同居人に声をかける。

 というようなずっとつながったような文章で表題作は綴られていた。おもしろい表現をする人やなあと思い、この調子で小説は書いているのだろうかと思う。原田宗典はエッセイはいくつか読んだことはあるのだが、小説を読むのは初めてなのだ。原田宗典のエッセイといえば、んもうんもうんもう、とか、ぬはははは、とか、そういう表現にいろどられている。小説はこういう文体なのかあと思っていたら、収録されている2作目の小説は、1文ずつ区切られたフツウの表現だったので、いろいろ試してみたのかもしれない。とにかく眠い。

1時間の早起き(I)

 同居人が勤めに出るようになり、これまでより1時間早く起きるようになった。まっすぐ帰ってきても7時半なので空腹に耐えられない私が晩ご飯もつくるようになり、弁当も再開し・・・と、今週は月曜が振り替え休日だったにもかかわらず、昨日の晩はよれよれに眠くていつの間にか寝てしまっていた。昨日はお米がきれてしまい、同居人の里からお米が届くのと同居人が帰宅したのが同時だったので、結局外へ食べに出た。なんと自分の財布も持たずに「就職祝いして!」とのたまって同居人はついてくるのだ。なんちゅうやっちゃ。近所の「宮崎地鶏の店」にて、しかたがないので「就職祝い」。そこで飲んだ焼酎のお湯割りのおかげか、帰ってきたら、とろとろと眠気がやってきて、布団で本を眺めただけで寝ていたのである。

 同居人もさすがに疲れているのか、帰ってきて晩ご飯を食べるとすぐに1時間くらい寝ていた。しかしまだまだ元気そうである。

 水曜の晩は、タイ焼きそばとキュウリスティック(辛味噌添え)にビール、木曜の晩はごはんに干物(カマス)、キャベツとワカメのサラダ、味噌汁(飛弾の田舎味噌)。昨日は、地鶏のたたき、モモ炭火焼き、刺身、ヒップ、ねぎま、つくね、レンコンの挟み揚げ、レンコン焼き、、汲み上げ豆腐、らっきょに、同居人は生ビール、私は焼酎のお湯割り。

 まだ4日だが、会社の話を聞くとおもしろい。大学を出てすぐに勤めたコンピュータ系の会社とは「全然違う」という。似たような事務屋のはずだが、出入りしている人やその風貌が全然違うのだそうである。職場には常時「FM大阪」が流れ、ブランドごとの統括者や店のおねーさんの中には「歩くマネキン」のような人もたくさんいるそうだ。例えば「つけ爪、ばっちりメイク、ミニスカートにブーツ」というような綺麗なおねーさん。上司にあたるおっちゃんが自分より確実に歳上というのが分かる以外は、「女の人の歳は全然わからない」という。そんなもんか。
 昨日、地鶏屋の帰りに本屋へ寄って、重たい女性誌をぱらぱらっと見たら、同居人の勤務先が出しているブランドの広告がいくつかあって、ほうーこういうところに載ってるような会社にいるのか、と思うのであった。

熱帯魚の群れにまぎれこんだカメ(II)

 昨日は毛糸1玉編んでしまい、合間にナンシー関の『何が何だか』(世界文化社、1997年)を読み終えた。第4章の「雑誌秘宝館」のページは、斎藤美奈子の『あほらし屋の鐘が鳴る』の雑誌分析に似ていた。おそらく同じ時期に書かれたものだろう。こういう口調のこういう切り取りが、同じ年頃の女性2人にみられるのが、おもしろい。
 『就職ジャーナル』誌をとりあげた「筋金入り就職活動無経験者が見た『就職』とは」が、おもしろかった。

熱帯魚の群れにまぎれこんだカメ(I)

 昨日は同居人の「初出勤」だった。朝からえらく雨が降るなか、出勤していった。雨は昼過ぎにはあがった。
 何時頃になるのかと思っていたら、ようやく8時前に帰ってきた。晩ご飯はカレーとゴーヤサラダ。そのあと疲れたのか、1時間くらい寝ていた。どんな仕事したのかときいたら、採用面接の手伝いだったそうだ。同居人はさるアパレル会社に事務屋として勤めることになり、昨日の面接は「服の売り子さん」を中途採用するためのものだったらしい。現職の「売り場のおねえさん」も昨日は来ていて、「熱帯魚のようなキレイなおねえさん」たちのなかにまぎれこんだ「カメ」のような気分だったという。
 自分でつくっていった「システム手帳」には、まだ書くことは何もなかったらしい。

 昨日は晩ご飯のあと、また編み物をしながらテレビを見ていた。プロジェクトXが始まり、「痔」の文字が見えたので、毛糸のパンツの発注元にすぐ電話。「ウォシュレットの開発話らしい、痔の話もあるかもしれんぞ、見ろ見ろ」。
 ご不浄、憚りともよばれ、新聞や雑誌の広告は断られという「トイレ」は、人の生活の大切な部分だ、このイメージを変えてやるという意欲をもって開発された、温水洗浄便座。一定温度を保った温水を噴射するという技術開発には、商品化してから判明した欠陥もあった。それを克服し、「おしりだって洗ってほしい」というコピーで、ご飯どきのテレビCMに挑戦したとき、最初は苦情電話が鳴りつづけたという。担当者は「食事とおなじく、排泄も尊い行為です、誇りをもってつくっています」と説得したのだそうだ。それが今から二十年余り前。
 
 ウォシュレットが開発された頃、北朝鮮に拉致された人たちがいる。私が小学生だった頃だ。暮らす場所や時代によって、平均的な寿命は異なるけれど、認定されている11人のうち(そのほとんどの人は生きていれば40~50代)半数以上が「死亡した」というのは、こちらの国の感覚ではどうなっているんだと思わせる。
 テレビのニュースを聞き、ネットで新聞記事を読みながら、「国民に不信感」といった見出しに(国民、て誰だろうな)と思った。

鉤針編み・棒針編み(III)

 晩ご飯はカレーに決定して、食材を購入して帰宅。TKちゃんには「苺ミルク・パンツ」の試着をしてもらう。大きさはよさそうだというので、これでいったん糸を切って仕上げることにし、カレーの支度をしながら、糸の始末をする。その後、うちにあった古毛糸で、いくつか編み地見本をつくってみる。これくらいの太さの糸で編むとこんな感じ。ゴム編みにするとこんな感じ。
 そして次回作は、「ぐっとシックな大人のパンツ」ということで、うちにあった濃いグレーの糸で編むことに決まった。

 カレーを食べてから、TKちゃんを送っていって、TKちゃんところで「デザートに梨と巨峰を食べよう」ということになり、夕方買った梨と巨峰をさげて、TKちゃんをクルマで送る。途中ぱらぱらと雨が降ってきた。TKちゃんちの近くでちょっとクルマを停めて、あがりこみ、梨と巨峰を食べる。TKちゃんの本棚から、中島らもを2冊借りる。TKちゃんは、「らもは、原田宗典と一緒でまおーさんから借りたのがはじめ」だと言うのだが、それはおそらく勘違いだ。「いちばん最初に借りて読んだのは『中島らものたまらん人々』だ」と言うので、その後TKちゃんが買ったという文庫本をながめてみるが、まったくおぼえがない。で、それと、もう1冊借りて帰った。

 同居人の散髪をして、風呂に入って、布団にシーツやカバーをかけて、らもを途中まで読んでから寝た。

(9/16)
 まあまあ早起き。大きい布団で汗ばむこともなく、秋を感じる。朝ドラを見て朝ご飯を食べた後にねむたくなって、らもを読みつつうとうと二度寝。介護に行ってくるという同居人の声でウトウトからさめて、らもを読んでしまう。『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町[増補版]』(朝日文芸文庫、1994年)。らもが、やや醒めて書く青春の記、「この先、どうなるんやろう」という疑問さえも禁句として封じ込めてしまった日々、恥ずかしさ、もやもやに、共感をおぼえる。

鉤針編み・棒針編み(II)

 編み物と原田宗典をかけもちしているうちに夕刻となり、同居人のスーツを引き取りに2人でまた梅田へ出る。「スーツを引き取ってすぐ帰るかあ」と言いながらも、変な時間になったので、晩ご飯製作意欲をなくし、デパ地下を徘徊。そのあと文房具売り場をはしごして、同居人の「システム手帳」のための素材と、ペンケースを買う。これは「就職祝い」。同居人はやはり「自分でリフィルをつくって、システム手帳をつくる」気まんまんである。先日梅田をうろついたときにも、紙の大きさやバインダーの形状を見てまわった挙げ句「システム手帳がシステマティックじゃないっ!」と、自分でつくる宣言をしたのだ。そのときは6穴パンチも探し出した。私は、ミニサイズやバイブルサイズというのは変な大きさの紙であるから、自分でつくるにしてもA5サイズがよいと思うと意見したのである。 

 同居人はその意見をいれてか、A5のバインダー(26穴のふつうのやつ)と、中の用紙に無地のルーズリーフ、それと仕切りの見出し用紙を買った。帰ってからは、そういうサイトもあるようで、「システム手帳のリフィル」をダウンロードしてきて印刷してみていたが、やはり自分でつくることにしたと、エクセルで罫線を引き出した。

 結局、梅田をしばらく徘徊した後に、豚カツを食べて帰宅。行き帰りの電車で肩をふるわせて原田宗典を読む。 
 
(9/15)
 洗濯物がかなりたまっていたので、連日の洗濯。涼しい風が強く吹いている。大きい布団を出す気になり、朝から順次「布団乾燥機」をかけていく。

 同居人は介護にでかけ、昼のあいだにTKちゃんとチャットして、「夕方、毛糸のパンツ試着、その後、晩ご飯を一緒に」という計画がまとまった。まだ原付の直らない同居人を迎えにいく途中、駅前でTKちゃんを拾い、待ち合わせのスーパーへ向かう。そこで少し食材を仕入れて、別のスーパーへゆく。
 まず「手芸用品売り場」(ああこんなところへ足を踏み入れるのは何年ぶりだろうか)で、次回作のために毛糸を見学する。とりあえずウチの古毛糸で編んでみるかということになり、見学だけ。その後、同居人の勤めに備え、ワイシャツとネクタイを物色する。TKちゃんと一緒に、これがあれがといろんな色のシャツをあさり、どれがいいんだかよくわからんけどこれは?とネクタイもあさり、結局長袖シャツを4枚と、ネクタイを3本購入。これも「就職祝い」とする。

鉤針編み・棒針編み(I)

(9/14)
 晴れて、半分洗濯をする。もう大きい布団出すかなあという涼しさになってきた。
 
 TKちゃんにと編んだ毛糸のパンツがほぼ完成。これでよければ後は糸を切ってその始末だけ、という状態で、写真をデジカメで撮って、TKちゃんに送る。編んでいるうちに、たしか古い毛糸があったはず・・・と押入から引っ張り出したら、棒針も一緒に入っていた。その昔、セーターやらマフラーを編んで、その後ほどいた毛糸である。TKちゃんの毛糸のパンツは、本体がピンク、縁取りのところを、その出してきたオフホワイトの毛糸にして、題して「苺ミルク」というパンツになった。
 でもまだまだ編みたい欲がまったくおさまらないので、こんどは久しぶりに棒針で長方形を編んでみる。もこもこの変わり糸で編んでいくと、この編み地がフカフカで、(おお、こういう糸で毛糸のパンツをつくってやるのもいいなあ)とワクワクする。でもとりあえず変わり糸はもらいものが1玉だけなので、なんとかマフラーになりそうな幅でずんずん編んでいく。

 しかしさすがに編み物ばかりしていると、やや落とした視線、手先だけがくるくる動いて、腕から肩は固定状態のため、なんだか肩が凝ってくるため、合間に「休憩」として原田宗典のエッセイを読む。これは、こないだ清水義範ハカセ&サイバラ画伯の文庫本数冊と引き替えに、TKちゃんから借りたやつである。原田宗典を最初に読んだのは、10年くらい前、同い年のMに、元祖だったか本家だったかの『スバラ式世界』をもらったときである。なぜMが私にその本をくれようとしたのか、一緒に葉書にかいたメッセージがあった気がするが、探し出してみないと思い出せない。
  原田宗典はおもしろかった。「くす」「くっくっく」「くく、ぶははあ」というような笑いが漏れてしまう。そして私の記憶にはほとんどないが、TKちゃんは、私がそのMからもらった『スバラ式世界』で、原田宗典にはまったのだという。今では私よりも原田宗典本を読んでいるし、蔵書も多数なのだ。

毛糸のパンツ

 朝晩吹く風が「涼しぃ」と思うようになった。
 1週間の仕事を終えて、毛糸のパンツだ!
 帰って、一休みして、晩ご飯(トムヤムクン、ゴーヤのサラダ、ご飯)を終えて、いざ。

 手慣らしに、四角いモチーフを一つ編む。ネットで製図をみつけたやつだ。この四角いモチーフをぐるぐる大きく編んだり、9つつなげたりしたら、座布団になる。「中長編み」ってこれでよかったけなあと思いながら手慣らし。
 こんな製図。
 http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/2994/ami/motif/shikaku.html

 毛糸のパンツは、上から編むか、下から編むか、しばし思案して、両腿の裾から(つまり下から)編んでいくことにする。途中まで腿部分を編んでから、つないで、胴体部分をぐるぐる編んでいく。両腿のあいだをマチを編んでつなぎ、「股上の浅いパンツ」状態になったところで、今日は打ち止め。毛糸はまるまる1玉と半分がすんだ。毛糸足りるやろか。

 編んでいると実にたのしい。あ~恍惚~という感じである。モノづくりはたのしいなあ。

編み物欲(II)

▽・・・別れを予感した夜、娘が泣きじゃくりながら私にいったことがある。
 「母さん、世界中に何十億の人がいたって、おばあばんが死ぬっていうことは、マイナス1じゃね、0.7や0.8じゃなくて、完全にマイナス1じゃね。このマイナス1は、だれが生まれても、もとにもどらんね」
 [中略]幼い人たちにとって、自分を無条件に愛し包んでもらう年月は、大切な大切なものである。でも、それ以上に、そういう愛に包まれた日々とたち別れる瞬間を迎えること、そしてその悲しみに耐えることが、人間として生きるうえで、いちばん尊い経験ではないか。だから、子どもたちを死から遠ざけてはならない。生命の尊さを理屈で教え込んではならない。失った哀しみと後悔ぬきに、在ることの重みを感じることは、とてもむずかしい。
 えらく、力こぶの入った文章で申し訳ない。[後略](113-114ページ)

 つだかつみのイラストがまたよかった。

(9/12)
 朝出ようと思うと、局地的な大粒の雨がぼたぼたと落ちてきた。しばらく待っていたら、すぐにあがったが、(いま外にいてびしょぬれになっている人がたくさん発生しただろうなあ)というような、ごく短時間の強い雨だった。
 今日はエイゴの予習と書類の整理と、留学生の日本語文の添削などで過ぎた。母語でないコトバで文章を綴る難しさは、想像はつくものの、しかし目の前の日本語を読むかぎり、かなり厳しい。

 今日の晩は寄りあってゴハンを食べにいく約束になっていたので、6時過ぎに職場を出た。みんなの待ち合わせより一足先にTKちゃんと落ち合い、毛糸と鉤針を買った。私がこの冬のTKちゃん用「毛糸のパンツ」製作をうけたまわったのだ。集合時間までまだしばらくあり、待ち合わせ場所に戻って、早速毛糸と鉤針を出し、「編み地見本」をちょろちょろと編む。編み物は久々で、ものをつくるのは楽しい。「あ~編み物欲がうずく~」と手がくるくると動く。からだはおぼえているもんやなあと思う。小さいモチーフを3つ編んだ頃に集合時間になった。

 体調不良で1人欠席、結局6人で飲茶の店へいく。私はクルマで行ったので、ポットで温かいお茶を飲み飲み、かなりいろいろなものを食べた。6人もいると、あれこれ頼めてたのしい。10時半頃、満足して解散。外へ出るとまた雨がぱらついていた。

編み物欲(I)

(9/11)
 発行間隔があいているのに、「ブックマーク」を一度送ると、読者から葉書や手紙やあれこれいろいろと反応があって、有り難い。8月末にブックマークを送って間もなく葉書をくださった読者のHさんが「女性による女性のための診療」というのを新聞で読んだというので、紙の新聞を最近あまり読まない私は「どの新聞のいつ頃の記事か教えてください」と返事を書いた。そうしたらHさんがわざわざ記事を探して切り抜いて送ってくださった。8月末と9月初旬と、女性専用外来を開設するという病院の紹介だ。

▽女性の初診患者を女性医師だけが診察する総合外来が、関西の総合病院で初めて健保連大阪中央病院で9月2日からスタートする。男性医師の診察に抵抗のある女性患者が来院をためらい手遅れにならぬよう早期受診を促すのが狙い。[後略](8月31日、毎日新聞)
▽大阪市立十三市民病院は10月2日から、女性医師が担当する女性専用外来を開設する。男性医師の診察をためらいがちだった女性患者の「女性医師に相談したい」という要望に応える。市内では、今月2日にスタートした健保連大阪中央病院に続く試み。[後略](9月7日、毎日新聞)

 「女性だから女性のことが分かる」とは必ずしも言えないだろうけれど、「女性の心身を総合的にみる」という発想はいいなあと思う。

 昨日は帰りに図書館へ寄り、8冊借りて帰った。うち2冊、村中李衣(つだかつみ・イラスト)の『そっちへ行ったらあぶないにほんご』(草土文化、2002年)と、江國香織の『すいかの匂い』(新潮社、1998年)を昨日のうちに読んでしまう。
 村中李衣(むらなか・りえ)の本は、読んだことがある。たしか『たまごやきとウインナーと』(偕成社、1992年)と『おねいちゃん』(理論社、1989年)だったか。『そっちへ行ったらあぶないにほんご』は、つくったお話ではなくて、日常の一齣を書きとったものを集めてあった。山口の人らしい。つくったお話には使われていないような、あちらの方言がまざった文章。村中の子どもたち-上の男の子と下の女の子の、おばあばん(母親の伯母)やおばあちゃんへの接し方を、子どもたちの母である村中が書きとったものを読んでいると、ばあちゃんのことを思い出した。

どうころんでも(II)

(9/10)
 年休をとるも、野暮用のため早起きして出かける。用足しののち、昼過ぎに同居人と大阪駅で落ち合う。来週からのおツトメに備え、同居人はスーツと時計を購入。夕刻まで梅田をうろつき、そのまま梅田のイタ飯屋Mにて晩ご飯を食べて帰宅。人込みをうろついてかなりの疲労。
 移動のあいだ、待ち時間のあいだに森茉莉の『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』(ちくま文庫、1994年)を読み続け、帰宅後の本読み風呂で読み終える。これは森茉莉の「ドッキリチャンネル」のダイジェスト版を中野翠が編んだものである。解説で中野翠もすすめているように、ぜひとも筑摩書房の森茉莉全集に入っている完全収録版を読みたい。贅沢貧乏の茉莉、ここまで変人だったとは。それが魅力になっているのがいい。ナンシー関も読みたくなった。

『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』より
▽[長男のジャックが生れた時]私はまだ若過ぎたし、それに一寸変り者で、子供が生まれるのが嬉しい、という、誰でも母親なら持つ心持が薄いのじゃなくて、まるで無かった。お産の苦痛が厭だとか、子供の世話をするのが大変で、それが厭だとか、いうのではなくて、私と赤ん坊というものがつまり全く関連がない、つまり無縁なのだ。そういう変な人間なので、あった。どうして私に子供が出来るんだろう?という気持である。[中略]女の人というものは赤子がお腹に出来た瞬間から、既う、〈母の心〉を持つものらしい。私というのは一種の異端児らしい。つまりいつでも、〈自分〉が第一なのだ。どうしてだかこういう、変な人間なのだ。ジャックは一ヶ月も早く生れたので、七百目と半分しかなかった。私は恐怖していたので、思ったより苦しくなかったと、思った。榊病院から父に葉書を出したがそれに、痛くなくてウンコみたいだった、と書いた。全く変人もいいとこである。もっとも手洗いに入っていて少し難産だと(パッパ)と大きな声で呼んでいた位だったから、私と父との間では、その葉書は別に変ってはいないので、あった。(306-307ページ)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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