読んだり、書いたり、編んだり 

残暑

 今日も朝から風が強い。天気予報では昼から雨と言っていたが、雲は多いながらも青空がひろがる。そして暑い。今日の最高気温は36度近かったようだ。やはり残暑。風が強くて体感温度はそれほどでもなかったが、かなり強い陽差しだ。
 昼頃には風のイキオイか、ぐんぐん雲が広がり(やはり午後は雨か)と思わせたが、結局今日は降らず。まぶしいほどの夕陽のなかを帰宅。途中、頼まれていた本とCDを届けに、TKちゃんの職場と父ちゃんちを経由。

 とっとと帰宅し、K君に連絡をとって中華料理屋へという手はずだったはずが、カエルコールを留守電に吹き込んでから帰ると同居人が不明。もうK君を駅へ迎えに出たのか?出たなら書き置きくらい残していけよと思いながら、待てど暮らせど連絡もない。どうなっているのじゃああああと疲労のあまり横になってウトウトしかけたところへ、「え、もう帰ってんの」と間抜けな発言とともに同居人が帰宅。(やはり)パチスロをしていて「プチ負け」したらしい。
 それからK君に連絡して、駅へ迎えに出る。今週は毎日出勤したせいか、どろりと疲労感が募る。K君と落ち合い、中華料理屋・K飯店へくりだす。今日もずいぶん並んでいる。週末のせいか、子連れの客がひじょうに多い。半時間ほど待ってから、カウンターに並んで座り、今日もいろいろ頼んで食べた。麻婆豆腐、餃子、ピーマン炒め、肉団子の甘酢あんかけ、海老の甘酢炒め、ニラレバ、回鍋肉、かしわ唐揚げ、K麺、、、、とビール。一人で生中を3杯飲んだ同居人の腹は醜いほどせりだして、腹いっぱーい、腹イッパーイと騒ぎながら帰る。
 「やばいかなあ、やばいかなあ、やばいかなあ」とつぶやいて、なだらかな腹を撫でているシュフ。着衣の上からも明らかな腹のせりだしよう。やばいヤロ、それは。

赤のスパークリングワイン

 台風の影響らしく、昨晩から風強し。朝起きる前になぜかひどい頭痛にみまわれる。しばらく布団でごろごろしてから起きると、どうやら大丈夫だった。あの頭痛はなんだろう。

 風も強いし乾くやろ、とシュフ同居人に洗濯しといてやーと言って出勤。しかし雨がぱらついている。まあやんでくるのやろうと思っていたら、昼間のあいだずっと降ったりやんだりの天気にかわってしまった。洗濯物はどうなったのだろうと思って過ごす。職場付近はときおり横殴りに雨が降っていた。夕方になって雨はあがり、さーーっと雲がきれて青空がひろがった。蒸し蒸しとものすごい湿気。
 今日もエイゴの予習。昼前にこの春の卒業生がやってきたのでしばらく話をして、また予習。ノルマの予習がすんで、6時過ぎに帰途につく。なぜか帰り方向の道路がアホほど込んでいる。事故でもあったのか?と思うくらいずっとずっと並んでいる。途中の時間表示板でいつもは「10分」と出ているところが、今日は「25分」になっていた。のろのろと夕焼けの中を走って、7時頃にやっと帰宅。
 
 今晩はタイ焼きそばの予定だったのが、帰ってみると、同居人が入院時代に同室だったK君から電話ありて、急遽予定変更、隣駅の地中海料理屋へ一緒にくりだす。雨があがり、やや湿った風が強く吹いている。
 シトラスのサングリア(白のサングリア)と赤のスパークリングワイン(珍しい)などを飲みつつ、うまいーうまいーと満足のゆく食事。デザートのココナツのブランマンジェ・パイナップルソース添えってのがこれまたうまかった。

 そこで話がはずみ、明日は休みなんですというK君と、明日も一緒に中華料理屋へくりだすことに決定。明日仕事なんは私だけかー。
 同居人は火曜に面接を受けたところから「内定」の連絡があったらしい。勤め人が戻ってくるか。

蒸し暑さバクハツ(II)

 女性の更年期症状はエストロゲン(女性ホルモン)の急激な減少(たいていは閉経に伴う)によるもの。男性の更年期症状も、テストステロン(男性ホルモン)が適正値(これは人によって違うらしい)より減少することによって生じてくるらしい。

 テレビがすんで、梨を食べて、『新卒無業。』を読んでしまう。
 「大学院に行っても職がない」という項で、ある国立大学の研究者が語ったことが引かれている。
▽「私は、院に進みたいという学生全員に『研究は危険だからやめろ』と言うんです。研究者はプロスポーツ選手のようなものだとすれば、甲子園に出たってプロ野球選手になれるわけじゃないのと同じように、大学院を出たってプロフェッショナルになれる保証なんてまったくないんです。でも、それがわかっていない学生が多すぎる。」(23ページ)

 文部科学省「学校基本調査」による新卒無業者率。卒業して「就職も進学もしていない」のが新卒無業である。
 (2001年春)
   大卒者のうち21.3%
   短期大学卒業者のうち20.6%
   高卒のうち9.8%
   大学院修士卒のうち15.3%
   大学院博士卒のうち34.5%

 大卒の新卒無業者率は、10年前の1991年で5.2%(バブルの時代)、5年前の1996年は15.7%だから、この数年でひじょうに増えている。学生たちは本当に就職しなくなってしまったのか?そのことを問い、なぜそうなっているのかを追った本。佳作といってよい。

(追記)
 学校基本調査にあたってみたところ、1998年度までは「卒業者の進路」の内訳に「無業者」というカテゴリーが設けられており、それは「進学も就職もしていないことが明らかな者」だった。
 1999年度からは、このカテゴリーの名称が変更され、進学・就職・臨床研修医・一時的な仕事ではない、「左記以外の者」というカテゴリーになった。その注意書きによると「左記以外の者」とは「家事手伝い、研究生として学校に残っている者及び専修学校・各種学校・外国の学校・職業能力開発施設等へ入学(所)した者、または就職でも大学院等進学者でもないことが明らかな者である」。
 したがって、以前の「無業者」にせよ「左記以外の者」にせよ、部分的には「在学者」とよべる者が含まれている(大学院進学以外はこのカテゴリーに入るのがちょっとフシギだが)。

蒸し暑さバクハツ(I)

 昨日の晩からぽつぽつと朝まで降っていた雨は、10時頃から強く降りだし、そのまま夕方までざんざんと降った。雨のせいだろう、朝からものすごく蒸す。部屋の湿度計はもう80%を指しているのだ。気温よりも湿度がこたえる。
 今朝はいつもの通勤経路が途中からえらい渋滞で、道をそれ、むかし通った保育園と小学校の前を通る道から職場へむかった。昨日このクルマの走行距離がちょうど60000キロを指した。走行距離が13000キロのあたりで引き取ったクルマだから、自分で走ったのがだいたい47000キロ。もう8年近くたつから、年に5000~6000キロを走っている計算になる。あれば便利だ。が、ことし車検が切れるのを機に手放そうかとも考える。

 今日はエイゴの予習をしつつ、学部生の作文(院試出願のための書類)をちらっと見たり、入荷した大久保幸夫の『新卒無業。なぜ、彼らは就職しないのか』(東洋経済、2002年)をちょろっと読んだり、書類の片づけをしてすごす。蒸し蒸しとして、雨のあがった夕刻には疲労感が募った。帰宅直後はぐったりとしてしまう。
 またもやタイ料理キットを使って、今晩はシェフが「グリーンカレー」を調製。よれよれになって、その隣でゴーヤのおひたしをつくる。ああもうだめだよれよれだへろへろだ、と思っていたのが、グリーンカレーを食べはじめて、そのスパイシィなうまさにガツンと渇を入れられる。「夏は暑い地域の食い物に限るなあ」「うまいうまい」「あまくてからい、うまいー」と2人でかなり感激して喰らう。さっきまであんなによれよれだったのが嘘のように復活。このタイ料理キットはどれもよくできている。 

 食後、ちょうど始まった「ためしてガッテン」を見る。今日は「更年期克服術」。最初のクイズはどれも分かった(いちど婦人科系の病気もしたしな)。ホルモン補充療法は「原因をとりのぞこうとする」もので、漢方は「症状に対処しようとする」という説明は分かりやすかった。「男の更年期」も取り上げられ、「ほてり」や「発汗」「集中力低下」等々の症状を訴える男性が取材されていた。男の更年期が認知されていないからか、男性たちが「顔を出さずに」取材を受けていたことと、みんな性欲減退をあげていたのが印象にのこる。

もたれぎみ

 今日は夕方になるにつれ蒸し蒸しとして、昨日もそうだったが汗ばかりかいた。今日はほんとうに(ああ残暑だ)と思った。今朝は暑かったのか、いつのまにかリュックを枕にして寝ていた。

 暑くなってから、昼の弁当は質素倹約を旨としていたのだが、今日は同居人が面接に行くからいらないというし、私も用意せずに出勤。で、唐揚げ定食を食べた。ちょっと多いなと思いながら、全部食べた。さすがに今日は夕方になっても空腹感がやってこなかった。
 「フリーター関連文献の紹介」原稿をひととおり書き、帰りに市立図書館へ寄って本を返して借りて帰宅。
 やはり同居人はまたパチスロに引っかかっていて、私のあとに帰宅。結局また食べに出た。近所の焼き肉屋へくりだして、塩タンとユッケを食べたらあとは冷麺でもと言っていたのが、同居人が生レバーとバラも頼んで、唐揚げがなんだかまだおなかにあるような感じの私は控えめに食べたつもりが、それでも腹イッパイになってしまった。さすがに昼に唐揚げ、夜に焼き肉をやると夏仕様になったお腹にキツいものがある。
 
 疲れたので、図書館で借りた山本文緒の『結婚願望』(三笠書房、2000年)をさくっと読んで、風呂に入る。この本では「独身で生きていく覚悟」についてイロイロ書いていた山本文緒もたしか今年結婚(再婚?)した。

投函

 土曜の昼は焼き飯をつくったら、同居人がおいしいおいしいと食うのだった。夕方にはブックマークの印刷。その後、同居人と一緒にクルマであちこち買い物をして帰る。晩ご飯は手抜きで、デキアイの生春巻きとレトルトカレー。夜は空港のむこうの伊丹で花火。ちょっと出て、眺めてきた。風が強いせいか、去年ほど「スゴイ」とは思わず。

 日曜の午後は読者のおばちゃん2人を頼んでブックマークの発送を父ちゃんちでやった。いま150人ほど送っているので、これをウチで内職風にやるのはかなり大変だ。おばちゃん2人と一緒に手と口をせっせと動かし、切手をバラし(記念切手をいつもつかうのでちょっと手間がかかる)→封筒に切手と宛名シールを貼り→ブックマークの本体を重ねて(今回は20ページ建てなので5枚重ね)組んで折って(56号ができる)→封筒に詰め→糊をして蓋、の作業をする。2時間あまりで作業を終え、コーヒーを飲んでおやつを食べてから解散。
 土曜からまた蒸し暑くなり、日曜も今日も昼間の気温は33~34度まであがった。それでも夜になるとわりと涼しい風が入る。もう秋の風というかんじ。
 昨晩から今日の昼まで「24時間介護」へ出かけた同居人が「月曜の晩飯はマカセター」と言っていたので、今日は6時過ぎに帰って、晩ご飯の支度をしていたのに、7時をすぎても同居人が帰ってきやがらねえ。介護先は4時頃には出るはずなのに、どうなってんねん、7時にご飯にしようと思ってたのにぃとプリプリしていると、電話がかかってきた。やはりパチスロに引っかかっていたらしい。
 やっとこさ同居人が帰ってきて、8時近くになってようやく晩ご飯。ゴーヤチャンプル、ゴーヤと人参とワカメのサラダ、ワカメと玉ネギの味噌汁、ご飯、とゴーヤ攻め。

 この1週間ほど、フリーター関連ものの本ばかり読んでいて、さすがにちょっと飽きてきたので、植草甚一の『古本とジャズ』(角川春樹事務所、1997年)を読む。これはランティエ叢書と名づけられたシリーズの一冊で、オビには「休息と思索のすすめ」「J・J氏のアドリブ人生嬉遊術」と書いてある。ランティエ(rentier)とは高等遊民(隠居的生活者)だと説明がある。植草甚一は名前だけは晶文社の目録などで見たことがあったけれど、読むのは初めてだ。コミさんの文体と似ている気もした。するするとあみだくじを拡げていくような文体だった。

アボカド焼き(II)

 昨日のもう1品はトムヤムクン。有頭エビだとよいダシが出るというのをいつもつい剥きエビでつくっていた。シェフが今度はと有頭エビを仕入れてきたのだ。「冷凍やけど」。これがうまかった。もう剥きエビには戻れない。うまい。うまいっ。

 日曜に発送作業をすることにしたので、食後はブックマークの最後の編集に入る。ビミョウにスペースの空くところを、あっちへうつしたり、行間やフォントサイズを変えてみたり、埋め草を入れたりして仕上げていく。
 もうひとつは宛名シールの作業。いつもシールをつくってもらっているところから、すでに送ってもらったはずだというのだが、郵便紛失なのか見当たらないのである。もう発送の人手も頼んだので、むかし送ってもらったデータファイルを探しだし、急遽住所録の追加・修正作業をして何とかすることに・・・これを同居人様が「やるで~」と申し出てくれたのである。スバラシイ。よっ、データ職人。エライっ。
 私はノートパソコンの小さい画面で夜中過ぎまで作業を続けたせいか、寝る頃には目がしょぼしょぼになってしまった。あともう少し。今日の午後には印刷の予定。

 とりあえず眠い。これから表紙のしおりの絵をかく。

アボカド焼き(I)

 K女子大のレポート採点をようやくすませ、採点表を送った。くたびれた。
 久しぶりに図書館で新聞を読み(細かい記事はネットで探すより、やはり本紙で読むほうがらく)、その後久しぶりにあらわれた元同僚と笑い話その他をかわす。彼女の大学では高校訪問して「受験してください、来てください」という積極的な営業活動があり、これだけまわることというノルマもあるらしい(他の私大でも聞く)。いまの国立大学が国立でなくなったら、こういう営業活動も業務になるのだろうなあと思って聞く。前の職場でも、訪問営業まではなかったが、受験生募集のポスターをつくって送ったりしていた。
 
 少し原稿を書いてからカエルコールをして帰宅。同居人がすでに台所で(珍しい)どろんこ遊び状態になっていた。のぞくと、アボカドハンバーグづくりに挑戦しているのだった。私が数日前にたまたま見つけたレシピで、「焼くだけで想像以上のおいしさ!」というのに興味をもって(アボカドを焼こうとはあまり思わない)、これどうよ?とシェフ同居人に渡してあったのだ。
 粗みじんに切ったアボカドを、丸めて、小麦粉をつけて、焼く。それだけ。しかしボールの中は、丸めるという雰囲気ではなく、もうペットリしたペースト状だ。「これどうやって丸めんの?」シェフは、平たい皿の上に丸くのばし、小麦粉を振った。それをフライパンにうつすのが・・・・無理。あっちをさわり、こっちをさわっている間に、手につき、ボールにつき、箆につき、皿につき、、、、気のせいではなくアボカドが減っていく。結局、皿から振り落とすようにフライパンに落としたが、どうもレシピの写真と雰囲気が違う。「これ、どうやってひっくり返す?」と聞きたくなる状態だ。「焦げてくる焦げてくる」とシェフはばたばたして、「やりなおしー」と、フライパンからまた皿に戻した。焦げてくっついた分が、また減った。

 「多めの油で焼くと書いてあるけど」と言うと、多すぎ?と思うような油をひいて、じゅわじゅわ揚げ焼き状態に突入。無理矢理ひっくり返し、「なんか違うような気がするけど、このまま食べられるもんやから、もういいか、いいな」と皿にとる。レモン汁をかけるとサッパリして・・・・「まずくはないなあ、でも焼かんでもいいなあ、これならこのままペーストとして食べたらいいなあ」という味だった。

ブックマーク製作中

 今日は暑くなるらしい、と出勤のクルマに同乗してきた院生(うちの近所へ夜介護に来た翌朝はよく一緒に乗っていく)に聞いたが、風もあり、結局最高気温は30度ちょうどぐらいだったようだ。今晩も涼しそう。
 一日あけて、またK女子大のレポートをひっくりかえしながら、「大・中・小」くらいに分けることにする。一度読んでいるのでなるべくぱっぱと読もうと努めながら、どうしても書かずにいられないところに多少のコメントをつけたりしていると、三分の二をすぎたあたりで「あああもう今日はいや」状態になってしまった。もう一度ざっと見直しても、「一律□□点」でつけて構わんなあという気になる。「大」にしとくかと思うのは3~4本。あとは「中」。しかし「小」にするしかないと思うほどのものもない。明日には全員つけて採点表を送ってしまおう。

 また一冊フリーター関連本が入ったので、休憩がてらフリーター研究会編の『フリーターがわかる本!』(数研出版、2001年)を読む。同僚と秋の予定など話してから帰宅。

 帰ると同居人がまた「食べにいこかっ」と言うのだった。今晩ごはんを食べるくらいは儲けたらしい。近いこともあり、またもや近所の中華・K飯店へくりだす。ちょうどお客が何組か出たところのようで、珍しくすぐ座れた。ここの店はいつも繁盛している。客層も不思議で、親子連れから老若の男女カップル、職場の同僚風の二人連れ、若いもんのグループ、空港職員らしきおっちゃんが一人で、、、など。今日は小綺麗なおばちゃん3人組(餃子を3人で6人前頼んでいた!)を見たし、ほんとうにいろんな層が来ている。
 餃子、もやし炒め、かしわの甘酢あんかけ、えびチリ、冷やし中華にビールを頼む。もやしはシャキシャキ、えびチリは食べたことのない味だった。いつもながら甘酢あんはうまい。

 帰ってから、ブックマークの次の原稿を書きつつ、手をやすめて『フリーターがわかる本!』を読んでしまう。もうそろそろ原稿書くかな。

最高気温20度台

 大阪の8月末とは思えぬ涼しい日が続く。昨晩は窓や襖を閉めて寝た。それでも明け方は少し肌寒いくらいだった。今日は最低気温は20度、最高気温は29度だったらしい。風も爽やかで、ほんとうに秋がきてしまったかのようだ。いや、きっとまた暑くなる・・・とは思うものの、涼しさが数日続いて、カラダもほんとうにラクだ。あたたかくなりかけた頃の寒さと、涼しくなりかけた頃の暑さと、比べるとやはり暑さがぶりかえすほうがキツイ気がする。涼しくなる前に暑さでヨレてしまっているし。

 今日はレポートの採点を終わらせようかと思いつつも、ちょっとアタマを冷やそうと今日はレポートにさわらず、書類づくりやその他の雑用で過ごす。
 頼まれ原稿(フリーターに関する文献紹介)用に注文していた『フリーター なぜ?どうする? フリーター200万人時代がやってきた』(学研、2001年)が届き、ざくっと読んでしまう。ここまで集めた本をざくざく読んで、「フリーターでいいじゃないか」というショック療法(?)的な発想の本と、「フリーターではまずいじゃないか」という若人の行く末を案じる系の本とがあるのが分かる。この本はどちらかといえば後者。

 帰ってから昨晩読みかけていた『猫を喰った話』を読み終える。高校生だった頃に、北条民雄の『いのちの初夜』(角川文庫)を初めて読んだ、あのときと似たような感覚で読み終える。これはフィクションかと思うような現実の話なのだろう。「送電線」が印象に残る。

 晩ご飯は豚キムチ炒め(ニラ入り)と冷や奴。

レポート採点・子ざる新聞(III)

 父ちゃんは世界地図まで出してきて、Dさんが引っ越したあたりを見ていたようだ。私が小学校に入ったばかりの頃だったから、父ちゃんが留学したのはもう四半世紀も前のことだ。あの頃、月に1度「子ざる新聞」という1枚ものの“家族新聞”をつくって父ちゃんに送っていた。母ちゃんが書き始めて、リレーでつなぐ話「ノンカの家」というのもあったなあ。この話では名前が全部ひっくりかえるのである。「ノンカの家では今日はオマの運動会です」というように。名前をひっくりかえすだけで、半分フィクションになったのだなあという感じが今はする。
 母ちゃんが死んだときに、いろいろ整理していると、この「子ざる新聞」をファイルに綴じたのが出てきた。父ちゃんの留学がすんでからも、私が小学校の高学年になるまで数年出していた(知り合いや親戚に配っていた)・・と思っていたら、「子ざる新聞」は私が中学に入った頃まで続いていたのだった。もうさいごのほうはかすかな記憶しかない。

 帰ってから、読みかけだった松尾道子の『フリーターで大丈夫?』(有斐閣選書、1990年)を読んでしまう。これはなぜか母ちゃんの本棚にあったので借りてきた。もう1990年には「フリーター」という言葉があったのだなあと思う。
 今日は本を1冊もらった。崔龍一(チェミョンイル)の『猫を喰った話 ハンセン病を生きて』(解放出版社、2002年)である。療養所にかかわる仕事をしている後輩のEちゃんが送ってくれたのだ。半分ほど読む。

レポート採点・子ざる新聞(II)

 笑ってしまうような言葉もくりだされる。今日笑ったのは「性差別役割分担」。これは、、これは何というか「あなた差別する人、わたし差別される人」を役割分担するのか?それを性によって分担する?この話を同居人にすると、「いや、性差別するのを役割分担するんやろ」とまたわからんことを言う。「あなた性差別する人、わたし性差別しない人」ということなのか?

 レポート採点ですっかりくたびれてしまい、今日もすこし早めに帰る。帰りに、頼まれていた本を届けに父ちゃんちへ寄った。使ってみたいというので「布団乾燥機」も貸し出してきた。父ちゃんは、むかし留学していたときに寮のルームメイトだったDさんからeメールがきたのだと嬉しそうだった。
 一昨年の暮れに私がドミニカ出張だったとき、経由地がニューヨークだというと、父ちゃんから「ニューヨークの電話帳でDさんの連絡先がないか調べてきてくれ」と頼まれ、手がかりをいくつか探した。留学がすんでからも父ちゃんはDさんとずっとやりとりがあり、10年くらい前にも父ちゃんはいちどUSAへでかけてDさんとその家族に会ってきた。だが郵便事情のせいなのか、ある時期からDさんに出した手紙に返事がこなくなり、どうなっているのかと思っていたらしい。そのDさんの事務所らしき住所をドミニカ出張のあとに調べてつきとめ、父ちゃんはようやくそこへ手紙を出してみたらしい。Dさんは自宅は郊外へ引っ越したらしいが、事務所はニューヨークにあるそうで、昨年9月のあのときには二機目が突っ込むのをその目で見たのだという。知り合いや同僚で犠牲になったのもいるらしいぞと父ちゃんがeメールの内容をいろいろと話す。Dさんのほうからも父ちゃんに手紙をくれていたらしいが、出した手紙が何度か戻ってきたのだとも書いてあったらしい。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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