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読んだり、書いたり、編んだり 

ぐらぐらぐるぐる(III)

 夜になって、TKちゃんとチャット。職場の同僚に「独身の人はいいわねえ、自由でいいわねえ」としつこい人がいて、もうほとほとうんざりする、という話をきく。その困った同僚さんは一方で結婚はまだなのかといった発言もするらしい。ある日、食品添加物の話になったときに、「TKちゃんは独身だからいいよね、私は子供が大きくなるまで死ねない」と言われて、(私は子供がいないから早死にしてもいいのか?)と腹が立ったという。そりゃあ腹立つよな、「親はなくても子は育つ」とも言うではないか。「既婚者にはなりたいと思ったときにすぐなれるもんじゃないけど、独身にはすぐなれるよ!っていいそうになる」と、TKちゃんは言うのだった。

 意見のあわない人からは遠ざかるのも一つの方法だが、その人とは職場でずーっと一緒なのだそうだ。キツいなあ、と聞いていて思う。「あなたの独身ウラヤマシイ発言が精神的に負担だ」と言おうかとTKちゃんは思案しているらしい。こういうのもシングルハラスメントというものだろう。きっと隣の芝生は青いという人なのだろうが、こういう人はおそらく自分が独身なら既婚者を羨み、子供がいなければいる人を羨み、という風な気がする。傍迷惑だし、本人におそらく悪意がないというところが、いちばん悪質だ。TKちゃんは親戚筋からも「早く結婚しろ」だの何だの攻撃がけっこう激しく、大変らしい。
  
 昨日の晩は、そのTKちゃん宅へうちの食材ごと遠征して、TKちゃんちの台所でゴーヤチャンプルーや焼き飯をつくったり、餃子やソーセージを焼いたりして、うだうだと晩ご飯を食べた。帰りはかなり遅くなって、終電すれすれで帰宅。駅のエスカレーターはもう止まっていて、その止まったエスカレーターを階段がわりに降りようとしたら、止まったエスカレーターの段々を見て、一歩踏み出したところで、頭がぐるぐるぐらぐらして気持ちわるーくなった。同居人も同じように気持ちがわるーくなったらしい。回れ右して反対側のふつうの階段を降りる。エスカレーターは止まっているのに、脳味噌のほうが「動いている」と思ったのか、急に酔ったような状態になったようだ。

 外へ食べに出る宴会もきらいではないが、うちで料理つくって食べるのも、くたびれたら横になれるし、だらだらできて、よいものだなあと思う。

ぐらぐらぐるぐる(II)

 長いこと貸していた田淵純一『オヂがパソコンを買うという暴挙』(アスキー、2000年)をちらりと開いたら、やはりおもしろくてまた読み始める。ほんのちょっと前の本だというのに、出てくる機種やメモリ容量やハードの容量が全然違っていて、日進月歩なのだなあと思う。

 前に読んだときにも思ったことだが、「情報処理という言葉はあるけど、知識処理とは言わんのよ」(150ページ)のところが、やはりおもしろい。パソコンだインターネットだというとすぐに情報発信とか情報収集とか気軽に言ってしまうところに、カツを入れている。「だから情報なんてゴミと同じだね。ゴミ」(150ページ)というあたり、紙の上にのってたものをWebサイトにしただけで情報発信というなどは、ヘソで3リットルくらい茶が沸くと言ってしまう田淵さんはかなりいけてる。情報なんざ、知識でも何でもない。総合学習と情報発信だの情報収集だのをくっつけようとする人も多いこの頃、いまさらながら、このちょっと古い本がおもしろい。

 今日は朝ご飯が昼頃だったので、昼ご飯が夕刻になり、それから買い物に出て、晩ご飯は9時半頃だった。今日はまたトムヤムクンと、ゴーヤのサラダと、カレーということになった。シェフが動かないので、結局私が製作。昼ご飯の焼き飯もつくり、久々のシェフ気分。

ぐらぐらぐるぐる(I)

 台風がつぎつぎ発生していて、ニホン付近へ近づいてきているらしい。昨日も今日も風が強い。陽はかげって雲がたくさん出ているが、洗濯物もさっさと乾きそうな風である。数日持ち歩いて読んでいた『田中小実昌エッセイ・コレクション ?ひと』(ちくま文庫、2002年)を読み終える。さっき検索したら、2巻目の『田中小実昌エッセイ・コレクション ?映画』も今月出たところらしい。来月には?も出るらしい。
 1巻目は「ひと」のことをイロイロ書いてある文章が集められている。都筑道夫さんのことを書いてあるところがおもしろかった。佐藤愛子さんのことを書いてあるところもおもしろかったし、「ぼくの父」のことを書いてあるところもロバの耳をした。

▽あなた方も、自分でやってみればおわかりになるが、あれこれ知識をもっているのと、その知識もふくめて、自分のぜんたいで、なにかをつくりだしていくのとでは、知識そのものもかわってくる。
 都筑さんが創作をするのに、博覧強記はずいぶん役にたっているだろうが、それだけでは創作はできないことも、都筑さんはよく知っていて、博覧強記を、さらっとうしろにおいやるようなところもある。知識だけでは、恐ろしい小説どころか、どんな小説も書けない。都筑さんは創作することで、博覧強記も、ただ記憶の量がふえるというようなことではなく、生きてうごいて、大きく、ふかくなっていくのだろう。都筑さんの博覧強記は、図書館の蔵書ではなく、つまり、生きてる知識だ。ひとは、生きてる知識をもて、などとかんたんに言うが、本来、知識は、生あるものを死んだ標本にし、まるごとの全体を部分にして整理し、頭のなかにたくわえなければ、知識にはならない。ところが、都筑さんの知識は、文字どおり生きてる知識で、これは希有なことだ。(249-250ページ)

 ちくまのこのエッセイ・コレクションは、コミさんの手に入りにくくなったエッセイを集めたものだというから、検索ついでに今手に入る本はどんなのがあるかと見ていたら、版元絶版で取り次ぎに「あと在庫1冊」という文庫が3冊出てきたので、ツイ注文した。全部画面では在庫有りの表示だったけれど、全部入るかしら。 

わんこビール

 昨晩もほどよい涼しさで安眠できた。しかし今晩はちょっと暑そうだ。昼間の陽差しもきつく、昼休みに郵便局へ出たらえらいまぶしかった。
 3時半頃から院生のDちゃんとエイゴの本をまた一緒に読む。2人とも頭コネコネになってなかなか進まない。5時頃にちょっと息切れしかけて「5分休憩しよう」と一息ついたところで、先生の話や卒業生の近況などちょっとした噂話が続き、50分休憩になってしまった。その後「あともう少し」とねばって読んで、ふと気付くともう7時過ぎだった!
 その後、Dちゃんと一緒に帰り、シェフ同居人をひろって、豚カツ屋で一緒にご飯を食べた。Dちゃんと同居人は、「かつマー丼」という、豚カツに麻婆あんかけになった丼にチャレンジしていた。一口食べさせてもらうと、ピリッとしたあんがカツに合い、これがなかなか美味しかった。私は味噌カツ定食。その後、Dちゃんを駅まで送ってから帰宅。

 昨日は台風一過、雲は多いながらも晴れて、でも風はまだ爽やかに涼しく、過ごしやすかった。昨日は職場の宴会(暑気払い名目)があり、夕方一度帰ってクルマを置いてから、会場へ向かった。バブルの名残を感じるような梅田のホテルのレストラン。まずいとは言わないが、ずいぶん高い会費を回収されたわりには、また来たいとか来ようと思うほどではなかった。しかも飲み放題をセットにしてあったせいか、妙なところでサービスがよく、ビールをグラスの中程まで飲んだところで後ろからどんどんつぎ足される。まるで「わんこビール」状態であった(バゲットがまた「わんこバゲット」状態だった)。「わんこビール」してくれるよりも、量は控えめでもいいから、料理を一人分ずつサーブしてくれるほうが・・・と思う。テーブル毎に大皿で出てきた料理は、冷房がえらく効いていたこともあって、順に取り分けているとすぐにさめてしまい、なまぬるいスパゲティやさめてしまったローストビーフはいまひとつであった。一次会がすんですぐに帰宅。
 帰りの電車で、こないだ買った『田中小実昌エッセイ・コレクション ?ひと』(ちくま文庫、2002年)を途中まで読む。コミさんという人は、ほんとうに変な人だったのだなあと思う。

今晩は安眠か(II)

 ほどなく診察室によばれ、その看護婦さんも一緒に入って同席してもらう。腕をのばせとか上げろとか手を握ったり開いたりといくつかの動作をさせられ、右腕の上のほうをこねこねと多少さわられたあと、「大きい神経はコッチのほうを走ってるから、ここが採血場所だったら、もし何か神経にさわったとしても、症状が出るとしたら末梢のほう(手の先のほう)だけどねえ、、、なにか筋肉痛みたいなものちゃうかなあ」と言われる。どうもないならいいんですがと言っていると「まあ1週間くらい湿布と痛み止めのんでみて、もしなんかあったらすぐ来てもらったらいいから」と言われて、湿布を貼ってもらい、診察は終わった。
 診断書を書いてもらったのとあわせてお金は血液センターの人が払ってくれた。また電話しますね、でも何かあったらいつでも連絡してくださいねと言われ、そこでわかれた。

 暑さとべたべたでへばりかけていたシェフ同居人に電話をして駅前の本屋で落ち合う。なんの支度もしていないというので、外で食べるかあと言っていたのだが、暑さ負けか、私のほうがあまり食欲がわかず、とりあえず買い物してラーメンでも食べるかと買い物にゆく。ぶらぶらと店内をまわっていると、料理キットの「タイの台所」シリーズが売られているのを発見し(このスーパーで見るのは初めてだった)、タイ焼きそばのセットと、トムヤムクンのセットを帰ってつくろうという話でまとまる。ニラ、もやし、エビ、豚などを買い込み、2人ともよれよれと歩いて帰る。気圧の関係なのか、天気が悪いとシェフは足の具合がよくないらしい。台風の影響だろう、風が強い。

 帰ってから、多少の風をあてに洗濯物を干して、トムヤムクンとタイ焼きそばをつくって遅い晩ご飯。トムヤムクンもかなりいける本格的な味だった。こういうスパイシーなものが夏にはいいのかもしれない。

 台風が通ったおかげか、しだいに風はさわやかになり、気温もさがってきた。今晩は安眠できそうだ。 

今晩は安眠か(I)

 昨日の晩は寝苦しく蒸し暑く、ごろんごろんしながら時折エアコンを入れてみたりしたが、たいして安眠もできず、朝になってしまった。台風が近づいているとかで、雨まじりの空。しかし大阪のこのあたりはたいしたことはなさそうだ。べたべたと朝からもうじっとりとしてしまう。
 K女子大の授業がすんだこともあり、なんとも気が抜けたような、ほっとしたような状態で出勤。べたーーっとものすごい湿気の中、本を読んでみたりするが、集中できず。注文していた本を引き取りにゆく。
  伏見陽児、麻柄啓一『授業づくりの心理学』国土社
  いしいひさいち『現代思想の遭難者たち』講談社
  高橋秀実『からくり民主主義』草思社

 先週末から、なぜか右腕の上のほうにしびれたような痛みがあった。なにか取ろうと腕をのばしたようなときに、ピキーンとつっぱるような、へんな痛みがあるなあと思っていた。なんやろうなんやろうと思っていたのだが、もしかして金曜の献血で右腕から採血したのが関係あるのか?と思い、とりあえず血液センターへ電話してみた。因果関係は分からないが、どうも週末からへんな痛みを感じるので、と話し、何度かやりとりして、結局病院へご一緒していいですかということになった。「行くならどういう科へかかるんですか」「整形外科ですねえ」ということで、自宅近くの整形外科をみつけてもらい、6時半頃に駅前で待ち合わせて血液センターの人と会った。
 一緒に駅前の整形外科へゆく。看護婦で、献血バスに乗ることもあるのだというその人としばらく献血にまつわる世間話をしていた。献血のあとの血液検査結果によると、私は赤血球数は上限値を超えるくらいだが、ヘモグロビン量や赤血球容積は下限値に近く、それは赤血球が小さいのを数でカバーしてるんちゃうかと冗談で言っていたことがある。ところがこれが冗談ではなくて「ほんとにそうなんですよ、女の人はどちらかというと赤血球が小さめです」とその看護婦さんは言うのだった。そうやったんか!

やっと終了

 K女子大での授業が終わった。あとはレポートが届くのを待つ。
 昨日は同僚のTちゃん(カット好き)に散髪してもらった。1年ほど前にもTちゃんに散髪してもらい、それ以来ずーっと放置していた。サクサクと鋏を入れてもらうのがきもちいい。今日はK女子大の講義室へ行ったら、「髪!!」と学生のチェックがすぐに入った。
 おとといの日曜は暑さとクーラーにやられ、夜になってカラダがよれよれになってしまった。最高気温が34度、35度という世界になってくると、あちこちでクーラーがキンキンに効きはじめる。いつも厚手の上着を持ち歩いているのだが、日曜は半日ほどの外出のあいだに、クーラーの風に当たり、暑い戸外に出て、またクーラーの効いたところへ入り、、、と何度か繰り返すうちに、上着を着込んでもスースーしているような感覚が消えなくなり、その後、へろへろになった。「暑いんか、寒いんか、どっちや!!」とカラダに抗議行動を起こされたような感じであった。昨日と今日と厳重に腹巻きを装着し、ようやく復活。

いちにち5冊(III)

 大学の四年のときに、同期の子に「化粧してへんのは、パンツはいてないのと同じ」と諭され、あんたは企業に就職するのには向かないと言われたのは、おそらくこういうことなのだろう。その後もいまだになーにもしない(したことがない)。群ようこはこの文章のあとに、着る物が底をついてくると母親のものを着ていって、「それお母さんのでしょ」と見破られて恥をかいた、と書いている。しかし、私の場合は、母親の着る物を借りる以前に、父親のおさがりを着ていたのだった。行方不明半袖のその後も、妹や同僚からの救援物資ですごしている。その間に買った本は・・・
 この本には1984~85年頃のエッセイもあって、そこに書かれている風俗がみょうに懐かしさを感じさせる。全体的には帯に書いてあったほどおもしろいとは思わなかったのだが、読んでしまった。群ようこは、小説のほうがいいなあと思った。

 昨日図書館で借りて一気読みした麻柄啓一の『子どものつまずきと授業づくり わかる算数をめざして』(岩波書店、1995年)は、目から鱗が落ちる本だった。私も、かけ算は「同じ数を足すこと」で、わり算は「等しく分けること」だと思っていたのだ。でもその説明では、わけわからんようになる子どものほうが多いはずだ。かけ算やわり算の計算はもちろんできるけれど、私は「わかっていた」のだろうか?と自分で改めて思った。

▽学習した内容をそのままズラーッと子どもに説明しても、それでは授業にならないわけです。子どもの頭には入っていかない。『学問内容』が『子どもの知識』になって命をもつためには、何らかの工夫をしなくてはなりません。それが授業を作るという教師の専門的な仕事になるわけです。(48ページ)

 残念なことにこの本は現在品切なのだ。はやく増刷するか、文庫にでも収録してほしいものである。

 今日はうだうだとうちで過ごして、Weの次の原稿を書いて送った。

いちにち5冊(II)

 今日はまた朝から暑い。週末は雨という天気予報だったのが、ずれてきたのか、けっこう晴れている。ちょうどいいやと昼前に起きて布団を干し、昨日の本などを読みながらすごす。昼ご飯は、そうめんを茹でて、ゴーヤとキュウリとシーチキンをのせて、そうめんサラダにした。なかなかいけた。
 部屋にいても暑いが、エアコンをちょっとつけると冷やっとするし、エアコンをつけたり消したりする一日。なんと今日の大阪の最高気温35.1度だという。天気予報を見てくらくらした。暑いはずである。とうとう大阪が亜熱帯になる日がやってきてしまった。
 夏向けメニューで、晩ご飯はゴーヤチャンプルである。

 6冊目、これで昨晩買うてもろた4冊(幻冬舎文庫)全部読んでしもた。唯川恵の『愛なんか』は、学生がこんなことを書いていたので読んでみたくなったのである--「最近読んだ『愛なんか』に影響されたのもありますが、結婚で一生幸せで?っていう夢よりは、一生かけて自分の夢を果たすぞ!!っていう方が実現可能な気がします。というかこっちの方がやりがいある気がします(自分で得る幸せだから)」。12の短編集だった。
 群ようこのエッセイは、買う前にちょろりと立ち読みしたら「今、気がついた落ちこぼれ」の群ようこの姿が、なんだか自分のようで、つい買ってしまった。

▽学校を卒業してすぐに就職した会社では、上司に「たのむから化粧をしてくれ」といわれたので、仕方なくしていたが、そこを半年で退社してからは、面倒くさいことは、一切やめた。顔を塗りたくったり、口紅を塗ったりすることにうつつをぬかしているよりは、本の一ページでも多く読んだほうがいいと思っていた。・・・お洒落が好きな人は、どんなに給料が少なくても、やりくりして自分の身につけるものを買う。しかし私はそういうタイプではなかった。・・・私を雇ってくれる会社は、いちおうマスコミ関係ではあったが、仕事がきつくて、低賃金のところばかりだった。少ない給料のほとんどを私は本代に使った。ブラウス一枚と本を比べると、どうしても私のなかでは本のほうが重かったからだ。(251-252ページ)

いちにち5冊(I)

 昨日からいちにちで5冊読んでしまった。
 昨日は職場で献血バスをみかけて、ふらふらと立ち寄った(献血マニアと言われてもしかたがない)。セイリでびみょうによれていたのだが、もうこの何年も血液比重が足りなかったことはない(10年くらい前は足りないことがよくあったが)。前回京都でしぼってもらった成分献血からも日は空いているし、申込書を書いて、問診を受ける。血圧も血液比重も大丈夫だったのに、体重だけがひっかかってしまった。希望献血は「400ml」か「成分」、いずれにしても50kg以上ということになっている。うちには体重計がないので長いこと体重は測っていないが、だいたい50kgはあるはずなのでいつも「162cm、53kg」と書いていた。いつだったか「50kg」と書いたら、体重を測れと体重計にのせられ、50kgにわずかに足りないと200ml献血しかできなかったことがある。それ以来ちょっとサバをよんで53kgと書いていた。健康診断も兼ねている私としては、400mlや成分のほうが検査項目が多いので、そっちがいいのだ。
 問診の医師に「50kgあるう?」と訊かれたので、「ありますよー」と言うと、体重計にのせられてしまい、ぎりぎりのところで50kgに足りないから200mlにしろと言われてしまった。もう30回以上やってるねんから、ちょっとくらいええやんけーと思いつつ、しかたないので200mlをしぼってもらう。献血バスのなかは冷房が効きすぎて寒かったので、400mlにしていたら冷えきってしまったかもなあと思う。
 
 帰ると、コインが出てくるようなところで臨時収入を得てきたシェフ同居人が、隣駅の沖縄居酒屋へ行こうという。食べに出るには少々疲労を感じたが、奢ってくれるというし、何食べるー何食べるーとついていく。豚足の唐揚げ、島らっきょ、麩のチャンプル、豆腐よう、なんとかいう沖縄の県魚の唐揚げ、ゴーヤサラダ、豚足の煮込み、ソーキソバ、、、などを食べる。お供はビール。ゴーヤサラダの苦みがいい。うまい。
 食べ終わって店を出ても、まだ財布に余裕がある同居人は、太っ腹にも本を買ってくれるという。先週の授業で学生の感想用紙に書いてあった文庫本など、4冊を買ってもらう。

大欠伸

 このところツイ夜中の1時頃にようやく寝るような生活が続いている。そのせいか火、水、木と欠伸連発である。今日の午前中もひたすら欠伸続きで、同僚に「後ろからケリ入れたろか」と言われてしまった。ああねむい、たまらんねむさである、早寝をせねばなどと思いながら、飛び入り仕事の原稿校正をやっていたら、昼過ぎにツツツと痛くなり、あれあれと思うとセイリなのだった。今日に限って弁当持たずで、なにか食べにいこうか買いにいこうかと思うものの、痛くて動く気になれない。クスリを1粒含んで、はーーはーーと炎天下の犬のようになりながら、原稿をにらむ。昼ご飯を食べるぞというヨクボウよりも痛みのほうがまさって、机の前でよれよれになっていた。少し落ち着いたころから、とりあえずおやつがわりに常備している黒糖のカケラをねぶっていた。もうこの校正しあげたら帰ったろと思いながら、結局夕方まで原稿をながめる。

 ほとんど5時ダッシュで帰宅。よれよれとしたまま、久しぶりに中村和恵の『降ります』(平凡社、2001年)をぱらりぱらりと読む。じわーーーとハライタなので、でれでれと横たわり、少しうとうとする。
 晩ご飯は、焼き餃子とニラレバで、お供はビール。昼をまともに食べていないせいか、やはり空腹感が底からやってくるような感じ。今日も暑かった。

真夏日

 2日続けて真夏日。じんわりと汗が出る。
 午前中は図書館と本屋に寄った。夏休みをはさむので、いつもより貸出期間がかなり長いという。それで予定していた本以外にもあれこれと数冊借りる。本屋では文庫と新書3冊以上で15%引きのフェアで4冊買う。昨日読んだ毛利子来の本があれば買おうかと思ったのだが、目録に載っていなかった。そう古い本でもないのにもう品切れなのか。うろうろ見てまわって、授業で紹介するかなと思いながら、アエラ編集部編『女は私で生きる』(朝日文庫、2002年)を買った。出たばかりの本だ。ちくま文庫の新刊、大庭萱朗編『田中小実昌エッセイ・コレクション?ひと』も買った。
 
 カエルコールしてから帰ると、今晩は飲みメニューだった。かつおのタタキ、焼き空豆、それからチヂミ。真夏日のお供はビールである。葱と生姜と大蒜がたっぷりのったタタキで少し元気が復活したような気になる。ひさしぶりの焼き空豆もおいしかった。チヂミは、セットになった材料で焼いたものだった。これはちょっとモチモチしすぎた。

 『女は私で生きる』を読み終える。どう歩むにせよ、悩みはあるものかなあという気がする。それにしても、こういう本の男性バージョンができる日もくるものだろうか。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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