FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

給食・学校・散髪(III)

 おもしろいと思ったのは、黒柳徹子を語ったところで挟まれたこんな話。
▽私たちは子どもの頃、数を数えることを教えられると、数字という道具を使って世界を再構成し、数字なしに見ていた世界の風景をたちどころに忘れてしまう。言葉という一見便利そうな道具は、私たちの思考を節約してはくれるが、しかしより素晴らしい思考をもたらしてくれるわけではない。
 普通の人間が辿る数や言葉にたよっている思考は、万人に普遍的な成長ではない。(247ページ)
 
 『アイドル時代の神話』のあと、帰ってきた同居人と買い物に出る。やや質素な晩ご飯のあと、数年前に読んだ島森路子の『広告のヒロインたち』(岩波新書、1998年)を読む。とりあげられたヒロインたちの一部は、小倉が論じたアイドルとも重なっていて、なによりもテレビの時代の広告の話は、やはりテレビというメディアを中心に論じた小倉と重なっていて、同居人の持参品テレビが置かれる前はまるまる7年のテレビなし子生活を送った私は、もうちょっと見ておいたら、もっとこの本はおもしろかったやろうなーと思った。島森が「テレビという、典型像を相対化していくメディア」(19ページ)と書いているところが印象に残る。
 
 風呂掃除をして、水を張って、ずいぶん髪が伸びてキューピーちゃんのような寝癖がつくようになった同居人の散髪。お風呂前に、バリカンで刈り上げる。まだ同居人が入院していたときに、病院で借りたバリカンで刈り上げてから、もう何度目か。
スポンサーサイト

給食・学校・散髪(II)

 火曜はそのK女子大への出稼ぎdayだが、今日はK女子大がなんとか記念の日で休み。しかし来週からは夏休みまでずっと(つまり前期がすむまでずっと)休みなしだから、次回、その次、その次、、、のネタを仕込まなければならぬ。ということで今日は一日籠もって読書。久しぶりに天気がよく、洗濯する。このところ雨や曇りや肌寒い日が続いてすっかり洗濯物がたまっていて、洗濯機を2度まわす。干した先から乾いていきそうな晴れた空がみえる。家で仕事をしようというときは気をつけていないと、ついつい家事に入れ込んでしまう、と洗濯物を干しながら思う。今日は介護に行って同居人も不在である。
 K女子大では「隠れたカリキュラム」をテーマにもう1度やって、そのあとは「ヒロインたちの人生-女性はどう語られているか」という題だけ考えてある。初回の授業時間のあとに書いてもらった感想ではこの「ヒロインたちの人生」がおもしろそうとか興味があるとかと書いた学生が数人いた。しかしまだどんなんにしようか海のものとも山のものとも、、、。
 斎藤美奈子の『あほらし屋の鐘が鳴る』を読んでしまう。時評ネタのほか女性誌分析と読書案内が入っている。とくに女性誌を読み解いてみせるその文章はリズミカルで、講談調に読み上げてもおもしろい。いまの大学生はどんな雑誌を読んでいるのだろうかなア。
 洗濯物を干しおえて、小倉千加子の『アイドル時代の神話』(朝日文芸文庫、1994年)を読み始める。1980~90年代のアイドル現象を評した本、というのだろうか。ナンシー関のテレビ評にも似ているような気がする。この人はこういう人なんですよ、このドラマに出た誰それはこういう役回りで、それを世間はこう受けとめたんですよねえ、といった調子に聞こえる。その口調は斎藤美奈子を読み終えた余韻のためか、最初は乗りにくかった。紋切り型を切っていこうとして、その表現が紋切り型、、、という印象も受けた。もとは三分冊の単行本だったという『アイドル時代の神話』を合本したこの400ページほどの文庫本を読み終わる頃には、“フェミニズム”に持ち込んで話をつくっていく方法にも慣れた。ただし、小倉にとっての“フェミニズム”は“正義とか平等を声高に叫ぶ「清潔」印の「貧困」派”<b>ではない</b>。読んでみたくなったのはサラ・パレツキーの探偵小説(名前だけは知ってるが未読)。

給食・学校・散髪(I)

 今朝ネットで見た新聞で「中学校給食の主食、男女の差をつけ27年 富山市」(朝日新聞)という記事があった。「男女はエネルギー代謝が違う」という理由で、弁当式に配食される米飯の量や色分けされたパックで届くという食パンの厚さが男女で違うのだそうである。
 先週のK女子大の授業のときに書いてもらった「男女の扱いにみられる隠れたカリキュラムの例」には、男子優先の慣行や、男女の役割分け、色分け等々、なんや私の世代と変わらんのやなあと思う話がいろいろとあった。その中に給食について書かれたものもいくつかあった。「男子がお代わりしても何も言われないのに、女子がお代わりすると冷やかされる」とか「女子がお代わりしようとするのはためられわれる雰囲気があった」といった表現に混じって、「男子のほうが給食が多かった」というのがあった。私はお代わりネタと同じで、女子がお代わりしづらくて、結果的に男子のほうがたくさん給食を食べている、ということだと思っていた。もしかしたらそうかもしれないが、この新聞記事を見て、もしかしてほんまに「男子のほうが給食が多かった」んかもしれんなあと思った。記事はこんな中学1年生の声も載せている。
▽ある1年女子は「入学したときは驚いたけど、どっちみち、そんなに食べないから」。「男はたくましくってことだよ」と語る1年男子もいた。

 そして「主食の男女差」の理由については、こう書かれている。
▽市教委は、長年の慣行であることと、男女によるエネルギー代謝は違うことなどを区別の理由としている。「男女差別のつもりはない」という。

 エネルギー代謝の男女差と、エネルギー代謝の個人差と、どっちが大きいのだろうなあと考えた。私が富山市の中学生だったら、お腹が減ってお腹が減って、授業に身が入らなかったかもしれぬ。私が通った中学校は給食はなく、私は「最盛期」にはご飯だけ詰めた弁当箱とおかずだけ詰めた弁当箱の2つを持って(その弁当箱の大きさは周囲を参照するに女子並みではなくて男子並みであった--後の高校時代には「同じ弁当箱」を持参していた男子を目撃するに至る)、それだけでは足りずに購買でパンを2つ買って食べていた。富山市の食欲旺盛かつエネルギー代謝の大きい女子中学生は、どうしているんだろうなあ。食の細い男子中学生もいるだろうになあ、これで「残さず食べるよう指導」なんかあったら、きつかろうなア。
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ