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読んだり、書いたり、編んだり 

疲労感

 今日は朝から事務仕事が続く。5月に実施する行事や教職科目の履修ガイダンスのための依頼文書やら掲示物やら案内文書やら、、、。その合間に電話応対や発送作業。文書の確認をするため1階へ降り、4階へ上がり、あっちへコピーに行き、こっちへ封筒を出しに行き、、、、、。書いてしまいたい原稿があったのだが、全く手を出せず。
 ああもう後は明日にしよ、と帰りがけ、猛烈な疲労感。クルマの運転もちょっとやばいかなというダルダル状態。あー疲れた、うー疲れた、うきーー疲れた、もう今日はほんとにツカレター。ぶつぶつと言いながら、晩ご飯を待つ。この数日、寝るのが遅かったのが響いているようだ。アーーー疲れた。

 同居人が買ってきた「週刊マガジン」などをぱらぱらとやって、もう布団に入ってごろごろしてやるー。昨晩は本読み風呂のあと、結局酒井順子を読んでしまった。今晩はなにを読もうかな、と。

 昨晩はもう蚊がとんでいた。こういう場合はたいてい私の耳元でプィ~ンとうるさく眠れないものなのだが、昨日はアルコール摂取量と汗かき具合の違いか、同居人の枕元でプィ~ンと飛んでいたらしい。おかげで私は安眠。しかし、もう蚊が出てくるとは早すぎる。
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成分献血・私らしい葬式(III)

 昨日の「クローズアップ現代」では「私らしいお葬式」という話、今朝の「生活ほっとモーニング」では「伴侶をなくしたとき」という話だった。みまかりネタの連発だ。昨日のは、お仕着せでないとか慣習にとらわれない“私らしい”葬式というのが前面に押し出された構成になっていた。今朝のは、同じ立場の人と語り合って、復活!というような話だった。

 「まおさん、どんな葬式がいい?」「そうやねえ、、、キミの葬式は?」「酒池肉林」「それは、酒池肉林にしてくれたまえっておカネぽんと置いて死んでいくのか?」「いやそれは、集う人たちで」「葬式ってのこった人間のためのものやもんなー」
 同居人は、「“私らしい”葬式とはいうけど、葬式はしません、にはならへんねんなあ」と言っている。そのへんがまだ結婚式とは違うのかもしれない。しかし、“私らしい”がキーワードになっているあたり、葬式も結婚式風になっていくのかもしれない。

 この10年ほどのあいだに「身内」では3度の葬式。やりかたはいろいろだったが、やはり最初の「喪の作業」かもしれんなあと思う。そこからいうと、“私らしい”葬式というのも、送る側の負担にならない程度、という気がする。

成分献血・私らしい葬式(II)

 問診をうけて、血圧測って、血液比重をみて、条件はOK。テレビ付きの(成分献血は、血を採って→成分を分離して→戻すものは戻す、という作業を何度か繰り返すので時間がかかる)台に横になり、ちっくり針を刺される。あとは、ぎゅうぎゅう腕を締め上げられての採血→でれっとして分離した後の赤血球などを戻す、を数度繰り返す。とくに気になるのは「戻す」ところだ。液漏れが案じられる。腕が腫れ上がったらちょっとつらいな。まあでも初めてやしな。テレビを見ながら、ちょっと看護婦さんと世間話などしつつ、思っていたよりはやく(1時間弱で)終了した。赤血球は戻すという方式だからか、くらくらっとすることもないし、心配していた「戻す」ほうもうまくいって、カラダは楽である。すんでから、ジュースをもらう。

 献血ルームを出たら、目の前を空いたバスが走っていった。もう修学旅行生も宿に戻ったか、と思い、バス停で次のバスを待っていた。すると何だかものすごい込みようのバスがやってきた。(さっきのバスはあんなに空いてたのになんでこんなに込んでるんじゃ)と思いながら無理からステップにもぐりこむと、修学旅行生とおぼしき制服の群でぎゅうぎゅうである。停留所にしたら4つくらい、歩けない距離ではないが、献血もしたし、仕事の後やし、歩くのもナー。

 帰ってきたらやはり疲れた。今日は「世代別にみた労働力率のM字型グラフ」を読みとり、世代間の「Mの谷の切れ込み具合、その変動」について、グループで「どう説明できるか」を話し合うかたちをとってみた。昭和1桁生まれから、若いほうは私の同世代まで、「どの世代もM字になっているのには驚き」とか「自分ひとりでは思いつかないような考えを、友達から聞くことができた」とか、私もなかなかおもしろかった。

 授業のあと、閲覧証をゲットしたK女子大図書館で何冊か文庫本を借りる。ウトウトしながら、晩ご飯のあとに借りてきた泉麻人の『コラムダス』(新潮文庫、1997年)をぱらぱらっと読んでみる。本読み風呂では酒井順子の『おかげさま』(新潮文庫、1992年)を途中まで読んでみる。 

 今日はだらだらとグリル焼きした野菜などをつまみながらビール、こないだべてるの家から買った「さけくん(鮭の薫製)」をあぶって泡盛(同居人両親の石垣島土産)、鰹のたたき(初鰹!)でご飯、というような晩飯。ほどよくアルコールが入って眠い。

成分献血・私らしい葬式(I)

 K女子大への出稼ぎ日。修学旅行シーズンとあって、市バス付近にはこのクソ暑いのにセーラー服や詰め襟姿の「修学旅行生」が群がっていて、バスが超満員。K女子大へ向かうのに、行きは駅が始発で何とか乗れたが、帰りはすでにステップまでぎゅうぎゅうのバスがやってきて、乗るに乗れない状態。あまりの込みように、バス停近くの献血ルームへ入って、ひさびさに献血をすることにした。
 献血はかなりやっているのだが、これまで200mlか400mlの全血献血しかしたことがなかった。献血に行くと、暇そうに見えるのか「お時間ありますか」と聞かれるので「はいはい」と答えると「成分献血はいかがですか」と勧められる。しかし、両腕を見せて、血管の見え具合を確認されると、「ちょっと細いんで、やめておきましょう、戻すときに液漏れするおそれもありますし」などと言って、断られるのである。
 献血マニアとしては、いちどあの成分献血(血液のなかから血漿や血小板だけとりだして、赤血球などは戻すという仕組みの献血)をしてみたかった。しかし、液漏れはこわい。腕が腫れ上がったり、青じんだりするという。献血ではないが、点滴の液漏れ経験では、針を刺していた近くだった手首が腫れ上がったことがある。血を採るだけなら針が刺さっていればいいらしいが、戻すとなると血管にずぶりとしっかり針が入っていないとまずいらしい。そういう作業をするには私の血管は細くて不向きだ、という風に「いかがですか」と勧められるたびに、説明されて断られていた。

 今日も「どうですか」と勧められて、「このあと時間はありますし、採れるんなら成分でも全血でもなんでもいいんですけど、これまでいつも血管見て、やめときましょうと言われ続けてるんで」と述べた。すると奥から看護婦さんが出てきて、両腕の血管をしげしげと観察、ちょっとさすってみたりして、「いけると思いますけどお」と言ってくれるのだ。「いや、できるんなら、いちどしてみたかったんで、ええ、はい、いくらでも」。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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