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読んだり、書いたり、編んだり 

ブックマーク55号(II)

 ワープロを打ちながら、母ちゃんはこんなことを思っていたのかと思ったりする。断片的な出来事は憶えていても、日々の生活がどんなだったかはほとんどといっていいほど記憶にない。あの頃、父ちゃんがどんなだったかも母ちゃんがどんなだったかも具体的にはほとんど浮かばないのだ。

 Pさんの古文書入力がすんだあたりで、またコーヒーを入れて休憩し、酒井順子の『トイレは小説より奇なり』(集英社文庫、1997年)に手をのばす。トイレネタは私のツボである。私にも書けるかしら。「トイレは小説より奇なり」の表題作数編の次は、「青年の単語帳」という文章群。これもヒット、、、と休憩が長くなりすぎ、いかんいかんブックマークだ。その前に小腹が空いて、冷凍庫から焼き飯をとりだして炒めなおし、それだけでは足りないのでワンタン麺をゆでる。今日は同居人ともども堕落モードで朝起きたままである。雨も降っているから外出もしない可能性かぎりなく大である。

 さて、ブックマーク用の自分の原稿を書かなければならない。しかし何を書いたものか浮かばない。季節柄、母ちゃんの命日にかこつけて、その方面のネタというのも考える。しかし思い出話も書き出すと際限がなく、1ページにおさめるのは難しい。身内ネタなら、もっともおもしろいのは父ちゃんだが、本人が明らかに読むであろう箇所にそれを書くのは少々気が引ける。ならば季節の話題か?最近の出来事か?他が埋まってきたので、ページ割りからすると私の原稿は1ページ分、はみ出すなら5ページになってしまう(4の倍数でページを組んでいるため)。となると、やはり1ページだ。何を書こう何を書こう何を書こう。

 そこで同居人に哀願する。「なんかお題ちょうだい。それで書くから、お題ちょうだい。」同居人はすこし考えて「○○○」と言った。それから1ページに収まる原稿を書いた。
 最終ページをつくり、字体や字の大きさを確認し、試しに出力する。誤字をチェックして修正し、いよいよあとは表紙の絵だけ--というところまでやって、また一休み。おなかもへってくるし、頭もカユイ。一風呂浴びてから、小腹をみたし、表紙の絵にとりかかる。今晩版下を仕上げて、明日印刷だけでもしてしまおう、と思っていたが、表紙の絵のもとになる栞のデザインが思っていたより込み入っていて、途中で投げ出した。やはり明日仕上げて、土曜に印刷しよう。

ブックマーク55号(I)

 今日こそはブックマークの版下をつくろう、と思っていた。このところやる気レスで、アンケートはまとめていたけれど、自分の原稿も書いていないし、Pさんの古文書をどれにするかも決まっていなかった。表紙の絵ももちろんまだである。ああ今日こそは、、、と起きたら昼だった。窓を雨が打つ音がきこえる。
 昼なのにいつもの朝ご飯メニューを食べて、コーヒーを飲みながら少し少しと林真理子の『こんなはずでは・・・』(文春文庫、1991年)を読む。昨晩寝る前に読んだ本である。もとは「週刊文春」の連載をまとめたものだ。私が「週刊文春」を読むようになったのはこの10年くらいのことなので、これは読んでいないはずだ。が、なぜか途中で読んだおぼえのある文章が出現。誤植ネタで、「イッパツできまる」と書いたはずが「イッパツできる」になっていた、というもの。これは読んだことがある。いったいどこで読んだのだろう。もしかしてこの本を読んだことがあるのか?と思いながら、なおも続けて読む。しかし他の箇所はほとんど見おぼえがない。
 ブックマーク用の自分の原稿が書けていないせいで、(この中のどれかの文章の書き出し一文をもらって、そこから書くというのはどうだろう?)などと考えながら読む。林真理子が怒りを表現しているところが、ムカムカっという感じが押さえ気味に伝わってきて、おもしろい。非難も的を射た内容で、怒るほど冷静になるという林真理子の性質がよく出ている。「また聞きで、あれこれ書くんじゃないわよ」などとカマしながら、である。

 ブックマークをつくるのだった。まずは本のアンケートをまとめたテキストを、書式を整えてあるファイルへ流し込む。まあまあいい具合の分量である。改行位置がずれたものや、横倒しになった文字などを修正していく。Pさんの古文書については、これを使おうかどうしようかとずっと迷っていた。というのも、その文章の冒頭で私のことが言及されているからである。あの頃はあんなだったなアと懐かしむ程度であればよいが、私にとっては折り畳んだ年頃のこととはいえかなり恥ずかしい。百歩譲って「これはPさんが私のことをこう見ていたのだ」と思っても、やはり恥ずかしい。しかし私のことに言及した部分をさりげなく削除してしまうというのもマズいだろう。他の古文書にあたるのも大変やし、いいかこれで、と結局その古文書を掲載することにして、ワープロ打ち。

誤解していた!!女王様(III)

 昨日はもう1冊、養老孟司の『「都市主義」の限界』のほうも読んでしまった。養老孟司は、戦後社会の変化を「都市化」とよび、それは理科的にいえば「脳化」なのだという。このことはイマイチな印象を与える帯の文句になっているらしい。こうである。
▽繰り返し言う--社会のすべての問題は我々の「脳」にある
 先日いちど棚から抜いたのを戻したのは、この帯のせいかもしれぬ。が、本体を読んでみると、それなりに納得がいった。養老が言いたいのは、都市化し、脳化した社会では、自然というものをことごとく排除し、すべてのことを意識できるものにしようとする、そのコワさというか、いまの現実というか、そのあたりのことだ。

▽知識というものは、じつは自分を変えるものなのである。たとえばガンの告知を受け、自分がガンであることを知れば、知った瞬間に咲いている桜が違って見える。それは桜が違うのではなく、知ることによって自分が変わるからである。また、自分が去年までどういう気持ちで桜を見ていたかを思い出そうとしても、生き生きとは思い出せない。過去の自分はすでにべつの自分だからである。「知る」ということは、本当はそういうことなのだ。(58-59ページ)

▽情報の公開とは、すべてが意識化されるべきだということであろう。医学ではそれをインフォームド・コンセントなどという。数学にインフォームド・コンセントがあるか。わからない学生には、絶対わからないのが数学であろう。いまの学生は、平気で「先生、説明してください」という。説明してもらえば、わかると思っているのである。自分がどれだけ利口だと考えているのか。手のつけようもない。わからないのは、お前の頭が足りないからだ。それをいうのは、いまやタブーである。足りなくたって、十分に暮らせる。そう思うべきなのであって、足りるようにするのが教育だとか、だれでも足りるはずだと思うべきではない。しかしそれをわかりやすく公言すれば、袋叩きにあう。(27-28ページ)  

 ちょっとじじいの繰り言風。でもおもしろい。養老孟司を読んだのはひさしぶり。

 昨日は晴れたがちょっと風が冷たかった。今日は昨日よりも暖かく、職場で動きまわっていると汗ばむほどだった。書架整理も大詰め。まっくろけのハナクソが出る出る。

誤解していた!!女王様(II)

 そして昨晩は、中村うさぎの『ダメな女と呼んでくれ』を、ひゃひゃひゃひゃひゃと笑い、ぐへへへへとニヤけ、ブボベーーーーッ!!!と大笑いして読んだのである。誤解していたぞ、中村うさぎ。「グッバイ、そしてグッドラック」と題した最終話では、みずからの買い物依存症に切り込み、こないだ鶴見俊輔が中学生相手に「親問題」と語っていたのと似たようなところを書いている。鶴見俊輔と表現のしかたは全然違うのだが、中村うさぎが虫歯の痛みと鎮痛剤のたとえで語っているのは、人生というものについての哲学だなアと、ほれぼれした。いやまったく誤解していた>中村うさぎ。

▽今にして、私は思う。私が求めていたのは、「金」でも「知名度」でもなかったのだ、と。仮に世間が、私の思う存分、チヤホヤしてくれたとしても、だ。私が私の人生を恥じてる限り、私は幸福にはなれない。私は依然として、自分の「才能」とか「存在価値」とか「人間性」とかに大いなる疑問を抱えたままであるし、まぁ、平たく言えば「私は何のために生きているのか」という問いに答えられぬまま、茫然と生きているだけなのである。
 自分の価値も、生きている手応えも実感できず、もちろん自信や誇りなんてモノもまったくない女。そんな女だからこそ、ますますうわべを飾る虚飾のブランド物に拘泥し、そのうえそんな自分を恥じている。恥じているから、「自信」や「誇り」からはどんどん遠ざかるワケで、心の中の虫歯の穴はいよいよ巨大な洞穴と化して、私を飲み込んでしまいそうになるのであった。(201ページ)

 今朝、昨日私が大笑いしたところを一つ、同居人に読ませ、ぶふふふふふと笑わせた。ブボベーーーーッ!!!と笑えるのだ。

誤解していた!!女王様(I)

 ちょくちょくわが家で入荷する「週刊文春」、買うと必ず読む連載は、高島俊男の「お言葉ですが・・・」、坪内祐三の「文庫本を狙え!」、林真理子の「今夜も思い出し笑い」、室井滋の「すっぴん魂[コン]」、そして中村うさぎの「ショッピングの女王」あたり。「テレビ消灯時間」(ナンシー関)や「先ちゃんの浮いたり沈んだり」(先崎学)、「棚から哲学」(土屋賢二)や「阿川佐和子のこの人に会いたい」もたいてい読む。

 中村うさぎがジュニア向け小説を書いているというくらいは知っていたが、読んだことは一度もなく、この「ショッピングの女王」のみを読み続けているためか、中村うさぎ=買い物依存症=果てしなき無駄遣いとカードショッピングあんどカードキャッシング、とにかく滅茶苦茶な途方もない金の使い方をするオバハン、とばかり思っていた。カードの払いが月に200万、女王様ピーンチ!とか、今月の払いは破格に少なく20万だ、というような文章をずっと読んでいたら、そう思うでしょう。その中村うさぎのことを、同じ「週刊文春」の書評ページ・文春図書館の「私の読書日記」で鹿島茂がこう書いていたのだ。

▽本誌の読者は誤解しているかもしれないが、中村うさぎは、現代の日本にはまことに少ない真のモラリスト(人性観察者)である。その片鱗がいかんなく発揮されたのが『ダメな女と呼んでくれ』。(「週刊文春」2002年3月21日号、147ページ)

 これを読んで、ちょっと読んでみたくなった私は早速『ダメな女と呼んでくれ』(角川書店、2002年)をネット検索した。すると、この本が品切れ寸前だったのである。私の愛用するネット本屋の在庫はあと1冊だ。値段もそう高くない。それで買い物かごへ放り込んで注文した。
 奈良から帰ってきたらそれが入荷していた。昨日本屋へ引き取りに行って、ぶらりと見てまわった店頭で、先日も一度棚から抜いてぱらぱらと眺めた養老孟司の『「都市主義」の限界』(中央公論新社、2002年)にまた目が留まり、棚から抜いてぱらっとやったら読みたくなって、2冊を買って帰った。
 

あなたとなら大和路(IV)

 もういいかとバス乗り場へ移動、しばらくバスを待って、行きと同じように1本で帰る。気持ちよくウトウトして目が覚めたら、もう見慣れた風景だった。着いた直後は「奈良より晴れてるナ」と言ってた空が、しばし歩いて帰り着く頃には暗くなり、雨が少し降った。
 ごろごろと、休みの余韻を楽しみつつ、酒井順子の本を続けて読む。『たのしい・わるくち』を読み終えたあと、『結婚疲労宴』(講談社文庫、1998年)、『女の仕事じまん』(角川文庫、2000年)。

 バス1本で行ける気軽さ、「また、行こう、奈良」という気分。こんどは三月堂と、平城宮跡の遺構展示館と、あと住宅街に点在する寺社の付近をぶらぶらと歩いてみたい。

あなたとなら大和路(III)

その中で同居人がたいへん気に入り、大将も「お酒飲みの方はこれがいいって言わはります」というヤツを、なんと大将が買値で1本分けてくれるというのだ。「これは親父に送ってやろう」と同居人の久々の親孝行。同居人のほうはかなりの酔っぱらいになって、宿へ帰還。寝る前読書に、すこしだけ酒井順子の続きを読む。

 だらだらと起きて、朝ご飯を食べる。宿をチェックアウトし、猿沢池をながめて、興福寺へ。猿沢池では(つくりものか?)と思うほど動かないカメの群が甲羅干しをしていた。不思議なことに並んだカメが皆同じ方角を向いて頭をあげている。昨日よりは曇りがちで風がやや冷たい。

 興福寺の国宝館はほんとうに久しぶりに来る。「はちきれんばかりの童顔」と書かれている仏頭や阿修羅像もわるくないが、やはり竜灯鬼と天灯鬼がいちばんおもしろい。むかし子どもの頃に見てすきだったおじいさんの像(名称失念)は今日は出ていなかった。また見てみたいなあと思っていたのだが、残念。

 同居人の足が今日はやばそうなので、行きたいと言っていた三月堂はパスして、そろそろと駅前へ戻る。お昼は「麺類が食べたい」という同居人の要望にこたえて入ってみたそば屋がなかなかおいしかった。手打ち蕎麦は、一見糸蒟蒻のように黒く、歯ごたえがあった。昨日のうちに目をつけておいた農協のアンテナショップでジャムとトマトジュースを買い、昨日飲んだ酒の余韻もあって、酒屋がないかなーとうろうろしていて見つけた酒屋が、どうも昨日の飲み屋に卸しているらしい酒屋だった。昨日メニューに並んでいた酒のほとんどが揃っていて、相談の上、昨日大将から買った酒はわが家用とし、2銘柄1本ずつを同居人の里へ、同じ銘柄の一升瓶を同居人の元同僚(飲み助)へ新たに買って送ることにした。送る手配をして店を出ると--雨が降っていた。風が強く大気の状態が不安定というやつだろう。すぐ近くの喫茶店へ入り、サイフォンコーヒーを飲みながらしばらく雨宿り。雨はすぐにあがった。

あなたとなら大和路(II)

 奈良町付近も久々なのでいろいろ欲はあるのだが、今回は「平常宮跡」へ行ってみたかったので、再び宿を出て、2駅向こうの西大寺へ向かう。このあたりの近鉄線も「スルッと関西」対応だ。西大寺からぶらぶらと歩いて、整備された平城宮跡へ。世界文化遺産に登録されているそうである。まず資料館へ入る。食べ物についての札(税として納付されたものに付けられていたらしい)がずらっと並べてあるところが面白かった。しかし、「強飯」や「粳」はともかく「粥」というのは税として納付するのはちょっと、、、と思えるので、食堂のメニュー表か食材表みたいなものだったのかもなあ、と勝手な想像をする。

 同居人がかなり足の疲れをうったえるので、遺跡がそのまま残してあるという遺構展示館はパスして、復元されたという朱雀門を見にいく。だだっぴろい宮跡は、なつかしいような見たことがないような不思議な風景としてうつる。朱雀門へ歩いていく途中で気づいたのは、「宮跡のなかを、線路が横切っている」ということだった。朱雀門の手前を電車が通り過ぎる。踏切を渡って近づいてみた朱雀門は、見上げるとかなり鳩糞にやられていた。

 その後少し歩いてバスに乗り、奈良駅前へ戻る。宿はルームチャージだけなので、朝ご飯用に飲み物やパンなどを買い、晩ご飯の場所を物色する。なかなかピンとくる店にあたらず、うろうろと歩きながら宿の近くまで戻ったところで、角の飲み屋に入ってみた。酒のメニューを見ると、全国区で知られている新潟の酒のほかは、初めて聞く名前の「奈良の地酒」ばかりである。とりあえずビールを飲み、アテに焼き鳥、どて焼き、鰯明太を食べたあたりで、その奈良の地酒に挑戦。
 ちょうど大将と話のしやすいカウンター席に座ったこともあり、酒の話で盛りあがり、同居人はおいしいおいしいと飲みつづけ、できあがってゆく。大将によると、地酒と言われるものは各県に40~50本はあるが、そのなかで「おいしい」と思えるのは15本くらいだ、と。その中でも、誰が飲んでもたいがい「おいしい」と言ってもらえる”万人向け”といえる酒は何本か。それをうちでは置いていると言う。奈良の地酒といっても、奈良のどこでも手に入るというものから、ここの酒屋でしか買えないというものまである。

あなたとなら大和路(I)

 土曜は一風呂浴びてコロリと横になり、すこんと寝た。昨日の朝は(起きてカラダが動かなんだらどないしょう)と思っていたが、足腰の筋肉が少々張っている程度で安堵する。が、歩いてみると、階段の上り下りで、モモにピキーンとくるのであった。3階から3階へ上り下りをしたからなア。
 
 職場を休みたい気分バクハツのため月曜は休むことにして宿を予約し、同居人と一緒にバスに乗って奈良へ向かう。座ってのんびり、1時間ほどで奈良の駅前へ着く。とちゅう経由していく高速道路はむかし走ったことがあるような、ないような、、、、、いちばん最近奈良へ来たのは、6年か7年前に母ちゃんと妹1号と来たときか。あのとき走ったのはこの道やったかなー。室生村の滝谷へテッセンや芝ざくらなど花を見に行ったときだ。奈良市街へ来るのはもう何年ぶりだろう。中学の終わりだったか高校に入った頃だったか、母ちゃんと奈良の寺社や博物館を一緒にまわったおぼえがある。もしかしたらあれ以来か。電車で奈良へ向かおうと思うと何度も乗り換えなければならず、新幹線でも駅があり私鉄でも他線に乗り換えずに行ける京都に比べて足が遠のきがちだった。しかし今の住まいからは、徒歩10分で空港へ行き、そこからバスに乗れば、乗り換えなしで座って目的地へ行ける(もちろん路線があるところに限るが)。バス1本で行けるとは、奈良がぐっと近く感じられる。

 バスの中でも陽差しが強いなアと思っていたが、外へ出ると「あつっ」と思うほど気温が高い。駅前の商店街をしばらくうろついて、ピンとくる店も見当たらないため、柿の葉寿司を買って、猿沢池のほとりで昼ご飯にする。カメがじたばたと泳いでいる姿がおもしろい。池の脇で「いしやぁ~きいもぉ~」と流すクルマが止まっていたが、この天気では絶対売れんやろうというくらいの暑さ。ソフトクリームをなめなめ歩く人多数。柿の葉寿司を消費したのち、観光客向けではなさそうな路地を入って歩いてみると昔ながらの古本屋があり、チラとのぞく。表の通りから少し入ると、まったくの住宅地で、角を曲がると、住宅群の間から興福寺の五重塔が見えて、おもしろい。時間もいいので、宿へチェックインする。通された部屋の窓から、また興福寺の五重塔が見え、同居人がよろこんでいる。いい眺めである。備え付けの湯沸かしで湯を沸かし、コーヒーをいれて一休み。

お引っ越し

 土曜にしては早起きし、まず洗濯をすませて、引っ越しの手伝いにゆく。近所の友が、諸般の事情により引っ越しをすることになったのだ。諸般の事情により新居と旧居は徒歩でも10分ほどの距離、作業は友とその母上と2人だけだというので、いくら近くてもそれはいつまでたっても終わらないぞ、と。3階から3階への引っ越しなので、同居人はたいした役には立たないだろうと思ったが、「貴重品の見張り番に~」という要望で、一緒にでかけた。「行ってなんになるねん、役に立たんやろ」という風情で同居人はあまり機嫌がよくない。が、とりあえず一緒にゆく。

 まずは旧居から荷物をがんがん運び出してクルマに積んでゆく。幸いにして私のクルマにはかなり大量にモノを積むことができ、前2席を残して、後ろは天井まで荷物を積み上げた。友のクルマにも積めるだけ積んで、新居へ。こんどは3階へ運び揚げる。ふだん階段を往復するような生活ではないため、気持ちよいほど汗が出てくる。同居人はそこで新居のほうの留守番兼片づけ役として置いていき、友と2人で3階から3階へ、何往復か。昼過ぎからは、もう一人加わって、5人で運び屋と掃除係に分かれて作業を続ける。何度も何度も階段を上り下りして、心地よい疲労感がやってくる。
 旧居の掃除を分担したあたりから、同居人もずいぶん熱心に(うちでそこまでしないくらいに)あっちを磨き、こっちを拭き、荷物の埃を払い、洗いものをし、、、、と精が出る様子だった。日が暮れるまで荷物をあらかた運んでしまい、旧居の掃除も9割方終えて、新居に移って、ひとやすみ。テレビの配線やチャンネル設定をするのに、同居人が大活躍し、帰ってからも「思っていたより、役に立った」と満足げだった。
 
 昼と、夜と、ご飯をごちそうになる。明日は腕がプルプルするか。帰って、のんびりと長風呂で疲れを癒す。

 運んだあとの荷物のなかから、本をみつけて、読んだことのなかった酒井順子のものを数冊借りてきた。ぱらぱら読んだところでは、林真理子風。風呂上がりに一杯引っかけつつ、借りたばかりの『たのしい・わるくち』(文春文庫、1999年)を読む。

オヤのココロ、子のココロ/広瀬軍神

 やる気レスな一日。ややゆるりと過ごす。進路の話1件。オヤというのは、「安定から遠ざかろうとする子」の行く末を案じて、そういう選択に反対しがちである。けれど「もし、このままゆけばオヤは納得するかもしれないけれど、私自身が納得できない道をゆくことになる」と、新しい道を選ぼうとする若人。オヤに反対されているのが、ちょっとつらいですと言う。オヤの期待に応えられるものならそうしたいと思う子のココロと、自分の生きてゆく道はオヤのものではないというココロがぶつかる。宮本常一が故郷を離れるときに、父が書き取らせた「十ヶ条」の一つを思いおこす。

▽自分でよいと思ったことはやってみよ。それで失敗したからといって、親は責めはしない。

 ”居場所”というのは、物理的なスペースのことではなくて、ココロの拠りどころなのだろう。安定というものと、時にガマン料と思える給料と、自分のココロのふさがりぐあいとを考える。ひとつの”居場所”を手放そうとする若人の姿を、すこしうらやましく思う。

 父ちゃんから頼まれていた本が入ったので、帰りに届けに寄った。明日には図書館へ返すのだと見せてくれた本を、父ちゃんは「これはいい本だった」とすすめるのだった。その本は島田謹二の『ロシヤにおける広瀬武夫』(朝日選書、1976年)。軍神ともいわれた広瀬武夫のことを、父ちゃんは子どもの頃に「講談社の軍国主義の本で読んだ」のだそうだ。「お前らにはなかなか分からないだろうけど、これはいい本だった、興味があるなら読んでみろ」と言う。扉には、石上露子の歌が引かれていた。大阪出身のこの歌人と広瀬軍神のつながりは今の私にはまったく分からないが、父ちゃんがここまで語るのは珍しく、図書館で探して読んでみようと思う。

 ご主人様のもとへ、カメ帰還。

タイヘンだけど楽しそう

 昨日は重役出勤してみると、職場には、日曜の「話」の後の”感想用紙”がコピーされて届いていた。さらに毎度ツケで買っている職場近くの本屋から請求書。前月分を翌月にまとめ払いしているのだ。2月は(かなり買った)という自覚はあったが、こんな額になっていたとは、、、、、うちの住居費を超えた!家賃と駐車場代の合計よりも多い本代!いいのかっっっ!!じっと手を見る。

 昨晩は、泊まり付きで歓送会。職場の若手の同僚たちで一晩、笑い話あり、怒リングの話あり。
 今朝はえらくいい天気で、皆を乗せて職場まで走るクルマの中があついあつい。汗ばむほどだった。それが昼過ぎから雲が出てきて、帰宅途中にはばらばらと雨が降り出した。
 職場では年度末近しということで、書架整理のために借りている一室を明け渡すべく、ゴミと要るモノの仕分けに勤しむ、、、、と、その最中に珍しいものを発見する。埃だらけになって仕分け作業をする合間、断続的に同僚と「気の重い話」に関するネタで話し込む。
 
 帰宅。ガン検診前に分かれて1日ぶりに同居人の顔を見る。昼、夜、朝、昼と外食続きのあとに同居人のいつもの定食はホッとする。
 宴会寝不足のため、かるいのを1冊読む。安堂夏代の『世にもフシギな保育園』(知恵の森文庫、2002年)。これが笑える。「タイヘンだけど楽しそうな」保育園ママの生態を垣間見たといいますか。  
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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