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読んだり、書いたり、編んだり 

百合祭(ユリサイ)

 小説を単行本で買うことは滅多にない。桃谷方子の『百合祭』(講談社、2000年)を買った大きな理由は、品切れ寸前だったから、だ。この作品のことは、斉藤美奈子編の『男女という制度』で、金井景子が取り上げていて、知った。そのうち図書館で借りて読もうと思っていたのに、やはり欲しくなってネット検索したら、出版社では在庫切れ、そのサイトの取り次ぎにも在庫がなくなっていた。こうなると(そのうち文庫に入るやろ)というのがぶち切れて、俄然欲しくなる。別のサイトで検索し、取り次ぎ在庫がありそうな気配なので、そっちで発注した。それが今日届いた。
 一日中右から左へと仕事を片づけ続けたが、いくつかの終わらない仕事は明日まわしにして帰宅。出迎えたのは堕落モードバクハツの同居人である。こやつは一日中パジャマでごろごろしていたらしい。手抜きとしか言いようのない晩ご飯をすませて、『百合祭』を読む。
 金井景子がこの小説について何と書いていたかはほとんど忘れてしまったが、帯にあるように「高年者の愛と性の衝動」がナマナマしくもおかしい話。高年者の一人住まいといえば、寂しいような哀れさの漂うステレオタイプがあるが、この小説は、そんなステレオタイプをばりばりと踏み抜く力強さがあって、そこがまた面白い。宅老所よりあいが出した2冊の本のように、楽しさがある。
 「百合祭」では登場人物がすべて「○○さん」と「さん」付けである。語り手は、最初に登場する「宮野理恵さん」に近い場所にいるようにも思えるのだが、その彼女も、他の登場人物と等距離に宮野さんと呼ばれているようにも読める。高年者の集合を書こうとした意図からか。それと、これは北海道の方言なのか、私なら「三好さんたら」と書くところが「三好さんなら」と、「たら」ではなくて「なら」になる。最初出てきたところでは、誤植かと思ったが、その後も「三好さんなら」と頻出するので、どうもこういう言い方をするらしい。
 しかし、「百合祭」の面白さの続きで調子に乗って、併録の「赤富士」を読み進めると、こちらはだんだん陰惨な風景になっていって、ちょっと引いた。これはDVの話?間男の話?しかし一人称は中2の「わたし」にあるようだ。
 「百合祭」は映画化されて、さいきんあちこちで上映されているらしい。見てみたい気持ちもあるが、小説のおもしろさで十分な気もする。

浮遊感(II)

 そして、コーヒーをいれて、読みかけていた阿部謹也の『学問と「世間」』(岩波新書、2001年)を読む。石臼職人からインタビューで話を聞き出すことができなかったのが、ともに石臼をつくることで石臼をつくる過程の話を聞くことができた、というところがおもしろかった。
▽職人にとっては石臼作りの過程は手と身体の作業として刷り込まれているので、作業をしながらなら、いくらでも必要な説明ができる。それをインタビューの中で答えてもらおうとしたやり方に間違いがあったことに気づいたのである。言葉は身体の動きと連動していた。石臼職人に石臼作りの方法を学ぶためには、ともに石臼を作ってみなければ、その秘密は明かしてもらえない。
 これは近代的な学問に対する批判ともなりうる事実である。社会学者たちは質問事項を並べてインフォーマント(情報提供者)から事実関係を明らかにしてもらおうとする。しかしインフォーマントが言葉だけで語れることは限られている。共同作業の中でしか伝えられない事実は多いのである。(127ページ)

 日が暮れる頃になって、ようやく買い物がてら散歩に出た。風が冷たく、今日も寒い。寒い寒いと言いながら買い物をすませ、本屋に寄って、帰宅。晩ご飯は鳥野菜味噌鍋である。近所のコンビニにあるのを見つけて、またクラシックラガーの大瓶を買ってきた。
 本読み風呂で、内館牧子の「朝ごはん食べた?」の3作目『男は謀略、女は知略』(小学館文庫、2000年)を読む。内館が父親を亡くしたあとの「浮遊感」について書いている。ここはよくわかった。浮遊感を覚え、そして現実に戻るという苦行。

浮遊感(I)

 また今日も昼前に起床である。このところ寝るのが遅くなっていけない。同居人がいつまでもパソコンの前にいて、気がつくと1時半とか2時になっている。今晩はなんとしても12時就寝だ。職場で眠くてしかたがない。
 昨晩は布団の中で買ったばかりの『転向再論』(平凡社、2001年)を途中まで読んでみた。鶴見俊輔、鈴木正、いいだももの3人が石堂清倫氏に献じた本である。さいしょに収められている鶴見俊輔の「国民というかたまりに埋めこまれて」を読んだところで寝た。
 昨日の雨はあがっていて、晴れ間がみえている。だらだらと朝昼兼用でパンなど食べながら、「散歩にいこう」と言っていたのだが、結局そのまま夕刻まで家にいた。とちゅう洗濯して、ベランダの掃除をして、皿洗い。あいだはずっと本を読む。『転向再論』の鈴木正による「転向異説」を読んでみる。登場人物の半分くらいの名前は分かるが(半分くらいしか分からないし)、私の歴史上の知識に穴があって、すんなりと分からない。こないだ古本屋で買ってみた安東仁兵衛の『戦後日本共産党私記』(文春文庫、1995年)も読んでみるか・・・。
▽かつて中江丑吉は転向に対する反応として「日本のコミュニストが敗北し、天下をとれなかったのは当然である。もし天下をとったとすれば、口で何といおうと、その専制を攻撃する現在の支配階級以上に専制政治を施いたであろう。政治的により高くなければ天下をとれるものではない」と鋭い批評をした・・・(69ページ)
 いいだももの論はこの本のほとんど三分の二以上を占める長大なものなので、また今度にしよう。
 
 その後、川成洋の『大学崩壊!』(宝島社新書、2000年)をざざざっと読んでしまう。読めば読むほどウンザーリするような大学の話。古本屋で百円だったので買っておいた。しかし、この本も妙な日本語があって怪しい。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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