読んだり、書いたり、編んだり 

冷え込み一段ときびしく

 昨日からぐぐぐっと冷え込みがきつくなり、今日はこの冬お初のコート。秋にもらったもの。私の着るものの大半はいただきものである。それで間に合っているので、めったに買わない。ものもちもいい方だと思う。この1-2年でさすがにくたびれすぎて処分したのが増えたが、中学生・高校生の頃に着ていたもので、まだ着ているのがあったりする。
 今日は持ち帰り残業(近日返却するレポートにコメントつけ)。提出された直後に一度読んではいるので、ざーっともう一度目を通して、なるべくホメホメのコメントを考える(清水ヨシノリン博士のようだなア)。でも全部終わらないので、続きは明日また職場で、と。
 
 昨晩はひとりお招きしてうちで鍋。同居人の退院後は、ベッドだテーブルだと室内は狭くなる一方だが、なんとか3人で鍋を囲むことができた。12月半ばには、空港が近いから泊めてくれという予約も入っており、うちのおシュフさまは珍しく片づけ意欲満々。まあなんとか1人くらいなら泊められるやろ、と、予約を受けている。
 今日は2冊入荷したのだが、残業を慮って職場に放置してきた。谷川俊太郎と長谷川宏の『魂のみなもとへ 詩と哲学のデュオ』(近代出版、2001年)と、大串夏身『文科系学生のインターネット検索術』(青弓社、2001年)である。明日には持って帰りたい。

コップの中の嵐

 職場の悩みや人生相談の筆頭は「人間関係の悩み」だそうだが、私もほんの少し頭が痛い。しょせんコップの中の嵐、とはいえ、依怙地になっている人どうしがサイアクの展開(に私には見える)。
 「目の前で言われなかったことは、ないのと同じ」ということを、私は前の職場で身をもって知った。もちろん「目の前で言われなかったこと」がまわりまわって、親切なのか意地が悪いのか分からないような人たちを通じて伝わってくることはあって、それはたしかに不愉快だ。けれど、たとえ悪口にしても、面と向かって言われないことには、相手が何をどう受けとめて悪しざまに言いたくなっているのか、分かりようもないし、それがなければ反論のしようもない。あるいは、それとなく伝わっていくことを相手が望んでいるにしても、「それとなく」伝わるくらいでは何がなんだか分からないから、こちらも反省するのが難しい。
 だから「目の前で言われなかったことは、ないのと同じ」。そうはいうものの、「コップの中の嵐」の、そのコップに近いところに私もいるので、けっこうつらい。

 坪内祐三の『シブい本』(文藝春秋、1997年)を昨日に引き続き読み続ける。
▽ところがこの本[大久保房男『理想の文壇を』紅書房]を読んで、本来の文壇とは、それとはまったく逆であることを知った。つまりかつての文壇は、考えの異なる者が自由に意見を闘わせることのできた一種のアジールだったのである。「どんな悪口を書かれても、商売の邪魔はしないでくれ、と言った作家はあっても、悪口を書いた者を排除しようとはしなかった」。ところが今や「文学者たちもみな政治的になっていて、文化団体とか賞の選考委員会などでは、自分に批判的な人々を排除する傾向が強」くなり、その結果、「文壇も編集者も腐って行く」ことになる。
 大久保氏はまた、「表面に出て来る批評がよくて、裏で囁かれる批評が悪いのは、その作家にとって最も悪い状況である」という中村光夫の言葉を紹介しているが、心当たりのある物書きにとって、これはとても恐ろしい真実の言葉だろう。(175ページ)

 読んだことのある本はチラホラで、ほとんどが未踏の本。それがおもしろそうでおもしろそうで、読みたい本だらけである。

ニューお散歩ルート(III)

 「情報ってのは情けで報いると書くでしょ。昔は、うちみたいな貧乏人の子沢山な家には、魚屋なんてアラを山盛りとっといて、どう、って安く売ってくれた。タダじゃプライドが傷つくから、安く売るんだ。お邸には切身を高く売りつけといてね。お邸の奥様も出入りの職人の親父に子ども服のお下りをどっさりくれた。情報ってのは、人の暮らし向きのことを知ってて、さりげなく気をつかうことでしょう。地上げもそうだが、いまは人を出し抜いて、一山当てることを情報というんじゃないの」(226ページ)
▽雑誌づくりや市民運動にかかわって十年、深く感じるのは、「放っといてもらう権利」ということだ。行政も市民も「町づくり」というのは人が寄りあい仲良くし、何ごとかを一緒にやることだと思っている。人は集れば集るほどよい、というわけである。だが私は一人でもできることを集ってやることはない、と思う。人には絆を求める要求と一人でいたい要求があり、双方、大事にしてこその自由であり、町づくりなのではないだろうか。
 たしかに「参加」は大事だ。市民参加がないため、このように企業や行政が勝手に町を作ってきた。しかし一方、参加を強要する町づくりというのもつらい。私は結婚して子供も三人いた主婦だというので町の人に安心され、大目に見られていた部分があった。
 しかし離婚してみるとあらためて、「町づくりに参加」などしない、できないようなさまざまな個人が見えてきた。・・・こういう人々を最初から勘定にいれないで、行政の施策はすすめられ、住民の活動も行なわれているのではないか。(261ページ) 

 そして森まゆみを読み終えて、散歩から帰って、しばしうとうとしながら鶴見俊輔の『隣人記』を読む。わるくはないのだが、鶴見があちこちに書いた短い文章をまとめたもので、その短さゆえに、書いてある内容の背景がひどくわかりづらい。だが、わかりにくいなりに「いいことを書いてある気がするなア」という感触はのこる。もう少し長めの文章のほうが、私には好み。 

 同居人のパソコンはようやく落ち着きを取り戻しつつあるらしい。うちは2台でLANなので、向こうが一段落したらこの文章もアップできる。(ということでアップ 2001.11.26)

ニューお散歩ルート(II)

 匂いでいえば、金もくせい、沈丁花、その他花々の匂い、お茶を炒るにおい、妊娠中のつわりの時期だけは平行した焼き鳥やうなぎや蒲焼の匂い、鯛焼のあんこの匂い、寺々の香華の匂い、ひのきの風呂屋の匂い・・・・・。(136-137ページ)
▽区役所は下町型のコミュニティをもてはやす。あった方が、町会を通じての支配がしやすいからだ。GHQに解散させられた「町会」を戦後は封建制の残滓とみる見方が強かったが、最近は「コミュニティの絆」を強調し、町会を再評価する方向もでてきた。しかし、これこそときには人間をがんじがらめに縛る「世間様」というものではないか。(158ページ)
▽どちらが良い悪いではない。地域社会の助けあいや絆ばかりを強調することも、その呪縛をムラ社会と決めつけ非難だけするのも、両刃の剣なのである。(160-161ページ)
▽こうして私の「界隈」は決る。界隈とは生活圏を指すことばで気に入っている。谷中は台東区だし、根津、千駄木は文京区で行政区的には異なるが、私は団子坂下交差点を中心とするこれらの町を、たしかに私の「住む町」として意識していたのだ。(162ページ)
▽横浜の野毛でタウン誌をはじめた平岡[正明]さんは「町づくりってのは、町に何人、森の石松をさがすかってことだよな」としきりに合点していた。(163ページ)
▽不燃化、高層化すれば町の防災にも役立ち、住宅の広さ、日照、通風、衛生などの居住水準も上るはずだ、というのが役所の甘い考えである。そこには「今住んでいる人の暮らし」はまったく考慮されていない。しかし[長年、町の年寄りを診察してきた根津診療所の]赤沢先生は「お年寄りには昔なじみの友達、住みなれた土地、見なれた風景、勝手のわかる家の方がよほど大切です」と断言した。(192ページ)
▽彼女達[不規則な勤務の人]の場合、保育園や五時までの学童保育だけではことがすまない。「地域に開かれた保育園」とかいうが、そのじつ、保母にも預ける親たちにも、園に預けられる「ごく普通」の核家族しか見えていないように思う。町にはまだいろんな家庭がある。・・・

ニューお散歩ルート(I)

 明日からの仕事日にそなえ、今日は平日起床にプラス30分、くらいの時間に起きる。同居人の自作パソコンのCDとDVDのドライブが「見えない」という状態になっているそうで、昨日の晩から「チョームカツクぅ」とか「ぷんすかぷん」「なんでやー」などと機嫌が悪い。今日も朝からずーーっとパソコンをいじっている。事態はOSの再インストールというレベルらしい。
 今日もまあまあ天気がよいので、同居人をパソコンからひきはがして散歩に出る。ビミョウな空腹感に、途中でたこ焼きを買って、近所の公園で食べた。それから川沿いに歩いてみるかと言っていたのを、ルート変更し、近くの小高い山(町名もT山)をのぼっておりてきた。途中しずかな道があって、いいかんじだった。ニューお散歩ルートを開拓。買い物して帰宅。あとは本読み。
 森まゆみ『抱きしめる、東京 町とわたし』(講談社文庫)を読み終える。この本は、著者が生まれてから住みつづけている東京の「自分の町」のことを、幼い頃の思い出から書き綴ったものである。昨日、「森まゆみはおそらく東京好き」と書いたが、正確にいうと、「森まゆみは、東京の自分の町がすきだ」。その自分の町とは、自分の生活圏=「界隈」を指す。その、「自分の町」として見ている範囲のことを森まゆみは丁寧に書いているのだ。とりわけ、バブル期の地上げの嵐と、それによって町と人のかかわりが壊されてしまったことを、怒りをもって書いている。「さよなら水晶ローソク」以下の章はとくに。その勢いにつられて、あちこちロバの耳。
 その書き抜き:
▽KJ法を用いて多摩ニュータウンと自分の町を比較してみたとき、ニュータウンと比べ、私の住む町には生活を豊かにする音や匂いや風景がたくさんあるのに気づいた。
 たとえば木の電柱、古い天水桶、瓦屋根の家、ホーローの看板、昔風のゴミ箱、生け垣、植木鉢などが、まだまだ町に残っていた。
 音でいえば、お寺の読経、夜の寒行のどんつくどんつくの太鼓の音、谷中銀座の商店街の絶妙な「らっしゃいらっしゃい、今日は竹の子が安いよ、うまいよー、えぐみがないよ、ほれ買ってかない、お姉さん」といった呼び込み、豆腐屋のラッパ。

ギャラリー・三文判(II)

 帰ってから、しばしごろごろしつつ、行き帰りの電車で読みかけていた飯塚くに(小西聖一編)の『父逍遥の背中』(中公文庫、1997年)を読む。飯塚くには、坪内逍遥を養父とした。実父は鹿島清兵衛、夫は飯塚友一郎。この本を読んでよくよく分かったが、飯塚くにの周囲の人びとは近代日本の演劇に深くたずさわった人びとなのであった。タイトルのとおりこの本は、逍遥を中心にその交友や日々の生活を娘の記憶から描き出したものである。飯塚くには1899(明治32)年生まれで、たとえば昭和天皇が1900年生まれであったことを重ねれば、そういう時代の一齣なのだという読み方もできるだろう。この本をまとめて数ヶ月後、飯塚くには大役を果たしたかのように逝った、らしい。単行本の刊行は1994年。じつにおもしろく、するすると読んでしまった。坪内ミキ子が、遠い遠い逍遥の関係者だとか。逍遥は演劇に深くかかわっていたのである。
 学校で習った文学史では逍遥=「小説神髄」「当世書生気質」というくらいの知識しかない。数年前に「当世書生気質」を読んでみたら、これがおもしろかった。逍遥=小説という線引きしか私のなかにはなかったが、伝統的な手法を随所に取り入れつつ、新しいものに挑んだというところは、演劇にしろ小説にしろ、逍遥のキモだったのだろう。

 その後、読みさしだった鶴見俊輔の『隣人記』(晶文社、1998年)をしばらく読むが、図書館の本を本読み風呂のお供にするわけにいかず、今日のお供は森まゆみの『抱きしめる、東京 町とわたし』(講談社文庫、1997年)。鶴見俊輔は東京ぎらいで、森まゆみはおそらく東京好きである。

ギャラリー・三文判(I)

 今日もよい天気で、乾燥注意報が出ているであろう空である。大阪の冬の空である。朝昼兼用の焼き飯とスープをすませ、洗濯物を干して、洗い物。それから出かけた。今日の目的地はさるギャラリーである。そこで今日まで、知り合いのおばちゃん(母ちゃんのかつての同級生)がグループ展をやっている。去年は行き損ねたので、行ってみたかった。案内のハガキにある地図を見ながら、急な階段をのぼった三階にあるギャラリーを探しあてた。グループ展なので、当番で会場に詰めているだろうから、知り合いのおばちゃんがいるかどうか・・と思っていたのだが、そのOさんが会期のあいだ毎日詰めていてと出迎えてくれた。
 高校を出てから習った絵をほそぼそと今もつづけて描いているのだと話を聞いた。私もかつて美術部にいて、絵はいろいろ描いたから、展示されている絵をみてまわると、いろいろな画材やテーマに懐かしいような気もちになった。お茶をいただいて、少し話をするあいだにも何人かのお客があって、しばらくして出た。

 ギャラリーから駅へ向かう道にハンコ屋があり、かなり大きな三文判のケースが立っていた。どうせないだろうと思いながら、見てみるだけ見てみるだけと自分の姓を探してみると、これがあったのだ!私の姓は珍しく(とくに字が)、これまでハンコといえばすべて注文して彫ってもらうものだった。自分のハンコとして持っているのは二本だけだったので、勤めるようになってから事務用にと職場へハンコを差し出すと、あと一本きりである。その一本きりで、銀行から認めまで使うのは、仕方のないこととはいえ、ときどき気になっていた。店頭で初めて見つけた三文判、同居人が「買っとけば」と言う。別注でつくるには最低でも二千円くらいするし、買うことにした。
 袋に押印してくれた店主は、「初めて三文判みつけました」と言う私に、あの大きなケースは置く店がほとんどないから、よくそう言ってもらいますと愛想がよかった。
 かなり早い時間に「にんにくの丸揚げ」ほか数点を食べて晩ご飯とし、帰宅する。今日もよく歩き、同居人がつけて歩いた万歩計によると8100歩ほど。

モモちゃんとプー(III)

 パパとママは別れても、モモちゃんやアカネちゃんのパパであることはおわりにならない。アカネちゃんはママにこんなことも言うのだ。

▽「アカネちゃんのパパも、お客さんのパパだよ、ときどきくるの」
 「あのね、おアカネちゃんのパパ、おおかみになってくるよ、お口をすこしあけて、さびしいおおかみなの。おー、おー、こういう声でお話しするの」
  「でも、よそのおうちのパパ、お客さんじゃないよ。いつもいるよ。アカネちゃんのパパも、いつもいてほしいの」
 「ママ、パパにいってね」
 でも、それからずうっとあとになっても、パパはアカネちゃんのうちには、かえってきませんでした。
 ママはわすれんぼだから、かえってきてね、ってお話しするのを、わすれちゃったんだ。
 アカネちゃんはそうおもいました。(142ページ)

 私にとって、モモちゃんシリーズは『ちいさいモモちゃん』と『モモちゃんとプー』だけだったのだが、その後このシリーズには六冊めの『アカネちゃんのなみだの海』まで出ているらしい。これと『ちいさいアカネちゃん』はまだ読んでいないので、そのうち読んでみたい。
 久々もひさびさ、二十年ぶりくらいに取り出した『ちいさいモモちゃん』と『モモちゃんとプー』は、あちこちページが破れ、『ちいさいモモちゃん』のほうは背表紙もとれかけて、セロハンテープで補修したあとがある。そのセロハンテープも跡だけになってすっかり紙が変色してしまっている。アカネちゃんの話になったあたりから離婚のことが見え隠れして、もし小さい頃にこれを読んでもらっても、なんだかわからないだろうなあと思え、『ちいさいモモちゃん』と『モモちゃんとプー』だけを子どもの頃に読んだのは、よかったかもなあと思った。この二作では子どもの言葉のおもしろさや、くまさんがモモちゃんを病院へつれていってくれたり、牛乳びんがママにお手紙を届けにくるといった世界がすんなりと広がり、それでいて猫が子どものお尻をなめながら子育てをするということも同じように描かれている。その継ぎ目のなさが見事だ、と思う。

 今日は散歩の途中に寄った本屋で『鳩よ!』があったので購入。喫茶店でコーヒーをのみながら、あらためて坪内祐三の特集のあたりなどを眺める。買い物をして、そこからバスに乗って、帰宅。同居人のつけていた万歩計によると、今日の散歩は9400歩ほど。

モモちゃんとプー(II)

▽「歩く木とそだつ木が、ちいさな植木ばちの中で、根っこがからまりあって、どっちも枯れそうになるところへきているんだよ。もちろん、植木ばちの中で、おたがいよりそってそだつ木もあるし、大きくそだつ木に、つたがからまるように暮らしていくこともある。だがねえ、歩く木というもんは悲しいもんだ。歩かないではいられないのさ」
 「歩いてもいいんです。歩いちゃいけないなんていっていません。歩き方なんです・・・・・」
 「でもおまえさんは、やどり木にはなれない。だからしかたがないのさ」(90ページ)

 私はアカネちゃんが出てくる話は、ずいぶん大きくなってから初めて読んだ。小さい頃に何度も読んだのは『ちいさいモモちゃん』と『モモちゃんとプー』だけで、この二冊はうちにあった。昨日の晩『モモちゃんとアカネちゃん』を読んで、今日は去年だったか文庫で買って読んだ『アカネちゃんとお客さんのパパ』(講談社文庫、1988年)を出してきて読んでみる。そして、たしかあるはず・・・と小さい頃からの持ちもの『ちいさいモモちゃん』と『モモちゃんとプー』を探しだして、久しぶりに読んだ。今更ながら四冊つづけて読んで、文庫本と単行本、単行本でも全集のほうとモモちゃんの本では挿し絵をかいた人が違っていることに気づく。単行本のほうは挿し絵のほかに「人形」でモモちゃんの姿が表紙や口絵に入っていて、私のなかの「モモちゃん」はこの人形のイメージが強い。そのせいか、初めて文庫本のほうでアカネちゃんの話を読んだときには、絵がちがう、なんか違う、なにが違う?と思っていた。
 『アカネちゃんとお客さんのパパ』は、モモちゃんが一年生になり、アカネちゃんが三歳になった頃の話で、物語の中心はややアカネちゃんに傾く。ときどきモモちゃんやアカネちゃんと会うらしき「パパ」は、物語の中ではオオカミの姿であらわれる。オオカミのパパとおまつりの広場へ行ったアカネちゃんの姿を、森のかげからママが見ていてこうつぶやく。
▽「やれやれ」
 一年のうち三百六十四日はママがそだてているのに、パパときたらたった一日で、ゆびわ一二こ入り一箱で、「パパ大すき!」っていわれるのです。(120ページ)

モモちゃんとプー(I)

 昨晩は『30代 女たちの日記』のあとに、松谷みよ子の『モモちゃんとアカネちゃん』(講談社文庫、1976年)を読んでから寝た。『モモちゃんとアカネちゃん』は、『モモちゃんとプー』の続編で、モモちゃんに妹・アカネちゃんができたあとの話。そしてこの巻では、モモちゃんのパパとママの別れが「さようならをする」「お引っ越しをする」というかたちで描かれる。今日昔むかしの本をひっぱりだして『モモちゃんの本? ちいさいモモちゃん』(講談社、1974年)、『松谷みよ子全集13 モモちゃんとプー』(講談社、1972年)を読んでみたら、この(モモちゃんシリーズのさいしょの)二冊では、モモちゃんのパパとママとはとくに仲が悪いようにも見えない。シリーズ三作めの『モモちゃんとアカネちゃん』にきて、ママのところへ死神がやってきたり、パパの靴だけが帰ってきたり、暗喩として、パパとママとがうまくいっておらず、ママがくたびれてしまっている姿が描かれている。「くたびれました、死神につれていかれてもいいと、ときどき思います」と言うママに、森のおばあさんはこう語って聞かせる。

▽おばあさんは、暖炉のよこにおいてある、植木ばちをゆびさしました。そのはちには二本の木がうえられていました。そのどちらの木も、枯れかかっていました。
 「こっちの木がおまえさんで、こっちの木がおまえさんのご亭主さ」
 「みたとおり、どちらも枯れかかっている」
 「死神がきたせいで、枯れかかっているのではないんだよ。くたびれて、枯れかかってきたから、死神がやってきたのさ」(88-89ページ)

 森のおばあさんが二本の木のからみあった根をほぐして、別べつの植木鉢に植えてやると、ママの木はすくすくとのびはじめ、パパの木もしゃんとして、そしてパパの木は、肩のあたりに金色にかがやくやどり木をのせて歩きはじめる。ママはぼうぜんとし、森のおばあさんはママの木は「そだつ木」で、パパの木は「歩く木」なのだと言う。

チョイ干し・シュークリーム(II)

 あっという間に食べ終わった頃、妹1号がやってきた。昨日仕入れた本を渡し、ケーキ屋が休みだった話をし、チョイ干しの話をし、それからコーヒーを入れて、マロンパイとシューパイを出す。マロンパイとシューパイは半分ずつにした。売り場のトレイにはシュークリームをパイでどうのこうのと書いてあって、それがどういうことかいまひとつ分かっていなかったが、食べる段になってよく見ると、シュークリームが座布団状のパイの上に載ったような格好になっている。そのパイのさくさく感もよかったが、なによりも中のカスタードクリームがうまかった。カスタードクリームが倍量入っていてもいいなあと思うおいしさであった。

 本読み風呂のお供は泉麻人の『30代 女たちの日記』(中公文庫、1996年)である。日記形式の短編集かと思っていたら、ややノンフィクションで、泉麻人が30代女性13人に「取材」して、それぞれの女性の生活のディテイルをいかしつつ、泉麻人が日記風にまとめたものだった。取材と執筆が1992年ごろ、バブルがはじけるかはじけないかという頃で、あのころの浮わついたようなイイカゲンな派手派手しさが(と感じるのはステレオタイプか)30代女性の日々にもやもやっとまとわりついている。風呂を出てからも読みつづけて、読み終わる。10年前の30代という世代の感覚のうち、いまの自分の付近の年代につながっているものがあるような気がする。

チョイ干し・シュークリーム(I)

 今日は朝からほぼ一日中「リバース」作業を行う。ホコリのつもった本運びを毎日のようにやっているせいか、指先がばりばりになってきた。昼休みに薬用ハンドクリームをかしてもらってちょっと塗ってみた。めちゃくちゃに重いモノを運ぶことはなかったものの、夕方作業を終わりにした頃には1週間の疲れを感じ、よれよれっとした。今日もよく働いてくれたアルバイターを最寄り駅まで送りオオカミしてから帰宅。

 今日の晩は、妹1号が父ちゃんちで晩ご飯を食べたあとに寄るカモということになっていた。くたびれていたこともあり、甘いものが食べたくて、妹が来るならと帰ってからもう一度近所のケーキ屋までケーキを買いに出た。妹へは「いいもの用意して待ってるよん」とメールまで出してから、いそいそと。
 10分ほどの道のりをせっせと歩いてたどりついたら、めあてのケーキ屋が休みだった。<B>ガーン。</B>このへんにほかにケーキ屋は、なにかお菓子屋は、ああこのへんにどこかほかに・・・と頭のなかをかけめぐり、しかしケーキ屋らしきものは徒歩圏内にないことをやはり確認して、引き返す。それでもなにか甘いものを求めて、途中のパン屋へ入ってみると、「マロンパイ」というのが目についてそれをトレイに1つとってみたところで、ふっと視線が動いた先にシューパイというのが並んでいた。目はそこへぐぐぐと釘付けになる。ああマロンパイを返してシューを3つか、いやトレイにとってしまったし、妹も来るカモで、来ないカモしれんし、しかもそこはレジの前で店の人が2人も立っている。そしてマロンパイと、パイシューを2つと、究極のあんパンと、なんとかいうパン(見た目はメロンパン風だがオレンジの香りがするらしい)とを買う。

 晩ご飯は、いただきもの(先日中学生の前で話をした見返り)の「チョイ干し」なる魚の干物(今日の昼間、冷凍で届いた)のうち、さよりとイカ。これをちょいと焼いて、かぼすをたらたらっと絞ったら、ご飯がすすむすすむ。さらに千枚漬けとみぶな漬け(オクさまが「チョイ干し」にあわせた献立にしようと買ってきた)に味噌汁。シンプルというかある意味手抜きな献立だが、魚と漬け物のうまさに、2人して驚くほど短時間で食べてしまった。ご飯が足りん。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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