読んだり、書いたり、編んだり 

10月に読んだ本

10月に読んだ(読み終わった)本のリスト:
○西原理恵子『はれた日は学校をやすんで』双葉社
○清水義範『作文ダイキライ 清水義範のほめほめ作文道場』学研M文庫
○平松剛『光の教会 安藤忠雄の現場』建築資料研究社
○赤瀬川原平『我輩は施主である』読売新聞社
○干刈あがた『しずかにわたすこがねのゆびわ』福武書店
○萩尾望都『ローマへの道』小学館文庫
○田口ランディ『コンセント』幻冬舎
○干刈あがた『窓の下の天の川』新潮社
○東 洋『子どもの能力と教育評価[第2版]』東京大学出版会
○丸山直樹『ドクター・サーブ 中村哲の15年』石風社
○藤森照信『天下無双の建築学入門』ちくま新書
○鷲田清一『<弱さ>のちから ホスピタブルな光景』講談社
○吉本ばなな『FRUITS BASKET』福武書店
○檀ふみ『ありがとうございません』幻冬舎文庫
○名取弘文『おもしろ学校Qチャンネル 名取弘文対話編』有斐閣
○名取弘文編『教室から世界へ飛びたとう おもしろ学校特別授業』筑摩書房
○頼藤和寛『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記』文春新書
○篠田節子『女たちのジハード』集英社文庫
○鷲田清一『哲学クリニック』朝日新聞社

ハタラク女性(II)

 なかみは「哲学クリニック」。気になったのは、途中の「友だち科」のところと、最後の「家族科」のところとで、「コンビニ」についての書きようがえらい違うこと。

 友だち科ではこんな風:
▽日常生活を支えているからといって、日常生活の場である地域に密着しているかというと、コンビニは、地域からふーっと浮遊している。どこに行ってもおなじだし、いつでも開いているし。・・・「ここの地域や店では、どんなものが売れるか」と品揃えとか戦略とか、肝心なところは本部が仕切るから、地域にあるように見えて、ほんとは全然別のところにある中枢と結びついているんですね。(91ページ)
 家族科ではこんな風:
▽いまコンビニが完備してきて、貯金をおろしたり、税金を払ったり、いろいろな公共的なこともできるようになって、コミュニティセンターみたいになりつつありますね。コンビニの出前がもっと盛んになれば、昔の御用聞きの役割が復活すると思うんです。(181-182ページ)

 どっちやねんと詰め寄る話でもないし、私の実感としては、どっちの話もあるような気がする。けなす方に重心おいたら前者に近く、ええとこあらへんかという方に重心おいたら後者に近くなるような気がする。・・・ってことにしとこ。このクリニックへやってきた患者さんからのツッコミもないようやし。

 今日は図書館へも寄って、本を返して、別の本を借りる。今日借りたのは、田澤拓也『空と山のあいだ 岩木山遭難・大館鳳鳴高生の五日間』(TBSブリタニカ、1999年)、津野海太郎『本はどのように消えてゆくのか』(晶文社、1996年)、坪内祐三『シブい本』(文藝春秋、1997年)、上野千鶴子『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日新聞社、2000年)の4冊。読んでみたいなと思っていた本が書架にあった。さらに2冊をリクエストする。

ハタラク女性(I)

 昨日の晩は、頼藤和寛の『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記』のあと、さらに篠田節子の『女たちのジハード』を結局さいごまで読んでしまった。さいごのトマトの水煮やらワイン煮やらピューレの話がおいしそうでおいしそうで・・・。『女たちのジハード』は、ハタラク女性の話でもあるし、彼女たちをとおして見えてくるハタラク男性の話であったり、親の世代の話であったりもする。主役たちはちょっと歳いってるけど、ビルドゥングスロマン(成長小説、っていうのか?)でもある。自分と歳が近いせいか、主役5人のなかでもいちばん年増の康子がおもしろく、彼女がいろんな面で変わっていく姿が印象にのこった。

 で、今日もハタラク女性である。仕事帰りに立ち寄った本屋で、鷲田清一の『哲学クリニック』(朝日新聞社、2001年)を見かけて、買ってかえる。背表紙も奥付も「哲学クリニック」と書いてあるだけだが、表紙ではその文字の上に「働く女性のための」と入っている。お勤めして数年たったハタラク女性、あたりをねらった本か(お勤めして数年といえば、私もそうである)。どちらかといえばこの本に目がいったのは、妹1号の「べつに自分がいなくても」と「やめようかなー」が気になっているから、だ。読んだら妹1号にまわしたろ、とも思って買った。

ついうかうかと五十年

 洗濯日和にて、同居人が朝からお洗濯。朝晩の室内はうすらさむくなってきた。同居人がテーブル、椅子、ベッドの生活が(洋式の生活が)望ましいということになって、コタツは妹にやってしまったし、それ以外の暖をとるものをまだ出していないので、とりあえずワインのんでぼよ~んとしながら本を読む。
 今日は図書館へ本の返却に行こうとおもっていたが、リハビリ帰りの同居人といっしょに、今日も帰りにお見舞いにいき、その後空腹のあまり外食・買い物コースで帰ってきた。頼藤和寛の『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記』の続きを読む。終章は著者がだいぶ弱ってきたのか、前半のようなしぶとい明るさがやや減る。終章の冒頭には入院する直前にできたヘボ句だとこう書いてある。
▽梅雨入りや ついうかうかと五十年(159ページ)

 死によって区切られる、有限な生の話が印象に残る。
▽「死」は人間界におけるブラックホールのようなものでなければならない。すなわち、すべてがそこへ吸い込まれていくが、そこからは何ものも帰ってこないような「どこか」あるいは「なにか」である。そうであるからこそ「死」は、われわれにとって、そこで思惟・価値・慰めが途絶える断崖絶壁としての意味をもつ。自分が存在しなくなることを恐れるあまり死後の存続を信じるならば、「死」は単にくぐり抜けるための安っぽい暖簾のようなものでしかなくなる。もしそうであれば、どんなに心やすらかでいられることだろう。しかし、それでは話がうますぎるのだ。(189-190ページ)

 母ちゃんが死んだ五九という歳は、はやい、若いと思っていたが、この著者は五十代の前半で逝った。

あっちこっち(II)

 晩ご飯をすませてから、明日が返却期限の図書館から借りた本を読む。頼藤和寛『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記』(文春新書、2001年)で、同居人が入院していたときに出たのを知っていた。でもほんの少し手を出すのがためらわれた。新刊の広告に、著者が亡くなったことが重ねて刷られていた。まだ診断がついていない頃だった。
 この本がかなりおもしろい。例えば、全身麻酔したら、そのあとちょっとアホになるんちゃうか、てなことが書いてある。著者が冒頭で見栄をきっているとおり、従来あったような闘病記の類にはしたくない、そのとおりの出来だ。読んでいて笑ってしまうほどおもしろい。「これがおもしろいって思えるのは、退院してきたからかなあ」と同居人に言ってみる。
 この本とあっちこっちで、一昨日の晩から久々に読み始めた篠田節子の『女たちのジハード』(集英社文庫、2001年)。風呂用にはもちろん借りた本ではなく自分の本である。これは土曜に古本屋で買った一冊。母ちゃんが出てすぐの頃に買っていたのを、たしか正月休みで帰ったときに読んだ。私は直木賞とか芥川賞をとった作品というのは、せいぜい「1年くらいしたら図書館でも借りられるやろ」と思うくらいで、賞をとったのを読みたいとか読んでおこうとは思ったことがなかった。この本も、あれもこれも読みつくした実家での正月のあいだに、ふと読み始めたらおもしろくて全部読んでしまった、というわけだった。また読みたいなという印象が残った。文庫になったら買おうかなとも思っていたら、けっこう大部な文庫本になって値段も文庫本にしては高かった。それをこないだ安くで買ったのだ。装丁が干刈あがたの『しずかにわたすこがねのゆびわ』みたいだ、とちょっと思う。

あっちこっち(I)

 知り合いから入院した、手術したと電話がかかってきた。しかも先週私といっしょにお茶のんでおやつ食べたあとお腹が痛くなって、という。(へんなもん飲ませてしまったか)と一瞬不安になるが、腹痛からある病気が発覚し、急ぎ入院し、手術を受けた、ということだった。ようやく自分で電話がかけられるようになったので、と連絡をくれたのだ。かいつまんで様子をきく。入院こそしなかったが、私も数年前に小さい手術をうけて、そのあとは一人で何日か寝ていた。一人住まいで入院となったら不便もあるやろなーと、同居人の入院時を思い出したりする。病院の場所をきくと、職場の帰りに寄れるところである。本棚から本を何冊か抜いて、帰りに病院へ寄ってみた。日が暮れてからふだん使わない道を走るのはなかなかややこしくて、クルマをとめて人に訊ね、道路地図を何度もにらんでようやく病院へたどりつく。入院したときの痛みも術後のつらさも一段落したようで、おだやかだったので、ひとごとながら安心する。病院からの帰り道は、適当に走っていたら慣れない暗い道がずっと続いて、これはすこし不安になった。
 

小学校6年生

 ナトセンのもう1冊の本、名取弘文編『教室から世界へ飛びたとう おもしろ学校特別授業』を読み終わる。折しも、ひさしぶりに小学校6年生のときに担任だった先生からメールが届く。特別授業には日向康も出てきた。この人が田中正造のことを書いた『果てなき旅』を十年くらい前に読んだ。たしか大学の二年か三年くらいのときだった。図書館で借りたあとに自分でも買ったはずだが、手元にないので誰かにあげてしまったらしい。誰かにあげたような気がする。日向康から田中正造の話をきいた小学校六年生が、「田中正造にオクさんはいたんですか?」と訊いている。田中正造にはオクさんがいた。子どもはいなかったらしい。その子どもがどんなつもりで訊いたのかは分からないのだが、こんな何べんも捕まったりぶち込まれたりする人のオクさんやったら大変やろなーということかもしれない。私はどちらかというと田中正造の動きにずっと気をとられていて、そんなのは全く考えたこともなかった。
 ナトセンのところでの特別授業を受けたのは、私と同い年の、私が小学校6年生だったときに、神奈川のほうで6年生だった子たちだ。6年生のときに、こういう授業を受けていたら?私はなにを考え、どんな質問をしただろう。どんな感想文を書いただろう。広河さんの話は、すぐに感想文を書けない。それは今でもそうだ。広河さんの言う、想像力の深い、あたたかい心をもったパレスチナの子ども、そのことが印象にのこった。

ナトセン

 前々からナトセンのことは気になっていた。ヘンなことをやりまくって「おもしろ学校理事長」と名乗ったりしていて、本職?は小学校のセンセイ。図書館の蔵書検索などしていたら、干刈あがたとの対話がこの本に入っているというので借りてきたナトセンの本。名取弘文『おもしろ学校Qチャンネル 名取弘文対話編』(有斐閣、1987年)は干刈あがたほか、9人との対話が入った本。桂枝雀から、貝原浩、石川さゆり・・という人選は、ナトセンが「この人の話を聞きたい!」ということらしい。それは対話の相手のひとり、池田浩士が語っているこんなことと同じ感じかな、と。
▽自分にとっての関心というのは、自分がもしそれが重要だと思うんだったらそれを一緒に考える人をいかに見つけるかということが本当に重要な問題になってくると思うんですよね。(199ページ)

 このQチャンネルと一緒に借りてきたもう1冊のナトセンの本『教室から世界へ飛びたとう おもしろ学校特別授業』(筑摩書房、1987年)のほうも、途中まで読んでみる。本が出た時期が同じだからか、ダブった話もあるのだが、こちらのメインは、学校のソトのヨソの人を連れてきての「特別授業」の記録で、途中まで読んだのはナトセンによる、収録授業についての解説風の部分。
 広河隆一を連れてきて、パレスチナの授業をしてもらう。ナトセンは子どもらがいつもみたいにわーわーと感想やら何やらを言わないのが気になる。出てくるのは「かわいそうだった」「子どもがかわいそう」くらい。だからといって「感想」を無理強いすることもできないから、そのまま日々の授業がつづいていく。広河さんの授業から1ヶ月ほどして、パレスチナの現状を伝える広河さんからの手紙を受けとった子どもたちが、返事を書こうと言い出した。それをみていて、ナトセンは気づく。
▽この子たちが、授業の直後に感想を口にしなかったのは、感想文を書かなかったのは、関心がなかったからではなく、あまりに重い問いゆえに、どう受けとめればいいのか分からなかったのです。フィリピンのことを考え、パレスチナのことを思い、自分たちがどう生きるのかを問い、気持ちを整理するのに一ヶ月の時間が必要だったのです。(68ページ)

 ここで授業を受けている6年生が、私と同い年だということに気づく。昭和56年の6年生。

男に勘違いされる

 昨日古本屋で買った5冊の本のうちの1冊、檀ふみの『ありがとうございません』(幻冬舎文庫、2001年)を昨夜のうちに読んでしまった。私にとって檀ふみといえば連想ゲームである。NHKのあの長く長く続いた番組を私は物心つくかつかないかのうちから見ていたそうで、父ちゃんによると「あの(番組の始まりの)音楽で、手をばたばたさせて喜んでいた」らしい。紅組と白組にわかれて、それぞれ5人の回答者が、各チームのリーダーの出すヒントから連想して答えを探していくというゲーム。檀ふみは利口な回答者だった、と記憶する。
 檀ふみは俳優でもあって、中学生のときだったか高校生のときだったか、「二十四の瞳」の先生役をしている檀ふみを見たことがある。タイトルはおぼえていないが、高校の図書室で檀ふみのエッセイ集を借りたこともある(ほろよいかげん?だったか。ナントカかげん、というタイトルだった気がする)。
 『ありがとうございません』の表紙は、檀ふみそっくりのイラスト(南伸坊画)で、もうけっこういい歳なのかもしれないけれど、やはりこの顔だ、という年齢不詳風の顔で檀ふみが笑んでいる図である。
 さらさらと読めて、おもしろく、これを読みながら私は「腹巻きと養命酒」だと思ったのである。どうしてこのことを思いつかなかったのだろうか。
 この本を読んでいて、檀ふみは名の音の共通性だけでなく、「男に勘違いされる」という似たところがあることを知る。 ローマ字表記にしたときのDANが、勘違いされるそうである。DANはUSAなどでポピュラーな男性名で、そのためか予約したホテルへ行ってみると「ミスター・ダン・フミ」になっていることがままあるそうで、名のせいではないのだが「男に勘違いされる」ことの多かった私としては、(檀ふみもそうなのか!)とにやにやしながら読んでしまった。

小さな後悔(II)

 「ブックマーク」の本体がほとんどできたあたりから、封筒に入れてふた作業にかかる。軽く二つ折りにして封筒に入れて、封筒のふたを折って、そこをセロハンテープでピーッばりっスースーと貼っていく。本体を折ってしまった父ちゃんは、私が二つ折りにして封筒へぽい二つ折りにして封筒へぽいとやっている作業をしばらくながめていてから、「ブックマーク」本体を二つ折りにしはじめる。手分けしたほうがらくなので、私はそれをぽいぽいと封筒へ入れていく。封筒へ入れるのがすんだところで、ふたを折ってセロハンテープでピーッばりっスースーとやっていく。父ちゃんはまたそれをながめていて、本体が入った封筒のふたを折りはじめた。セロハンテープのカッター台をはさんで、私と同居人とがピーッばりっピーッばりっと順々にテープを切って貼っていく。
 おばちゃんたちと一緒に作業するときはおしゃべりに花が咲くところ、今日の男手頼りの作業時間中、ひたすら紙の音とピーッばりっというテープの音がするばかりで、黙々と作業はすすんだ。そして父ちゃんちで晩ご飯を食べて帰ってきた。帰りには古本屋で本を5冊買った。
 
 「ブックマーク」にはかつて編集の片割れであった母ちゃんに敬意を表して、過去に書かれたものを掘り出して載せるページと、やはり編集の片割れ(いまは一人編集だが)である私の文章を載せるページとを設けることになっている。この自分のぶんの原稿を書くのが、時と場合によってかなり苦しい。こんかいは、書いて印刷して作ってしまったあとに小さな後悔が走っている。こんかい書いたものは、自分であまりおもしろいと思えなかった。何を書こうかほとんど浮かばなかったところを、無理からひねりだしたような文章であった。もう印刷して「ブックマーク」は完成して、投函してしまったあとに、コレがあったではないか!と自分で思いついたネタ。この話やでこの話、どうしてこれを一昨日は思いつかなかったのだろうか。次号までにどうしてもネタが浮かばなかったときには、これを書こう。「腹巻きと養命酒」。

小さな後悔(I)

 「ブックマーク」53号の作成と発送を終えた。いつも発送作業を手伝ってもらっているおばちゃんたちの都合がつかず、同居人をともなって、作業場の父ちゃんちへ行く。宛名シールと切手を貼る作業を頼んで、私は版下をもって近くの公民館へ印刷にむかう。以前は時間とお金の節約のためにA3用紙に両面コピーして裁断して、とやっていたが、印刷機を使うようになって印刷が格段に速くなり、かつA4用紙にそのまま印刷するので裁断による歪みがなくなり、美しく作れるようになった。難点は、うっかり版下に鉛筆書きをつかうと(表紙のしおりの絵など)うまくうつらないことである。

 印刷した紙束をもってかえって、そこから組んで折って、封筒に入れてふた、という作業になる。宛名と切手を張り終えていた同居人と手分けして、まず組んで折ってからやっていると、散歩から帰ってきた父ちゃんがしばらく眺めていたあと、「折ればいいんやな」と折りはじめた。ふだんおばちゃんたちに手伝ってもらうときには、作業のあいだずっと散歩に逃げてしまうような父ちゃんが、今日はめずらしく手を出した。

よれよれ

 疲労のピークを通り越しそうになって、頭がぐにゅぐにゅするような頭痛が出てきて、これはまずいと帰った。7時半頃帰宅。とにかく眠くてよれよれにだるい。帰ってとりあえず寝て、それから晩ご飯。今日は「牡蛎の土手鍋」とビール。食べるとだいぶ回復する。味噌で土手つくったんかときくと、土手鍋の素を使ったとのこと。なかなかいけた。ひとやすみしてから「ブックマーク」の表紙の絵をかく。

 お風呂でこないだ妹から戻ってきた干刈あがたの『ワンルーム』(福武文庫、1988年)を途中まで読む。ひとつのビルのいくつかの部屋に入っている人たちの話。ちょっと古い本のせいか、古本屋のにおいがする。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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